データ主導による医師ターゲティングの精度向上 ファイザーが実現できた理由

データ主導による医師ターゲティングの精度向上 ファイザーが実現できた理由

製薬業界の市場環境が急速に変化する中、データを駆使したマーケティングの重要性が高まっています。ファイザーは、市場データだけでなく論文や学会発表に基づく医師個人データを活用。従来よりも早期に、ターゲットとなる医師の特定を可能とし、販売承認後の速やかな製品の展開につなげています。そのプロセスやデータ活用の鍵となるポイントについて、ファイザー株式会社グローバルブランド/感染症マーケティング部の安ヵ川純氏に話を聞きました。

COVID-19禍で進む製薬企業のマーケティング・営業戦略の見直し

従来、製薬企業は、ディテール活動を中心としたMR起点のマーケティングに注力してきました。しかし、COVID-19感染拡大による訪問制限や、医療従事者の情報ニーズの変化などを背景に、従来的な手法に限界が生じつつあります。

こうした課題に先行して改革に取り組むファイザーは、新薬の発売に向けたマーケティングに、AIによるデータ分析を活用。情報提供を優先的に行うべき施設や医師の特定を行い、発売承認後の速やかな製品展開を実現しています。

データを活用した医師ターゲティングのメリット

通常、製薬企業は新薬ローンチにあたって、1~2年前からプロモーション戦略策定にあたる必要があります。しかし、製造販売承認前のMRによる医師への情報収集活動は、場合によっては、不適切な行為とみなされ新薬の承認そのものに影響が及ぶリスクがあります。AIを用いたデータ分析は、顧客との直接的なコミュニケーションが発生しないことで、そういったリスクを回避できるのが大きなメリットです。

また、承認前の早い段階で処方可能性の高い医師を特定できる利点もあります。
 
「従来、製薬企業が販売承認前に把握できていたのは、ターゲットとなる施設のレベルまでで、処方を行う医師の特定はMRが新薬の製造販売承認後に行ってきました。しかし、AIを活用したデータ分析を導入することで従来よりも労力や時間をかけず、より効率的な形で、新薬の承認前から処方可能性の高い医師の特定が可能となりました。承認取得後、新薬の情報を速やかに必要とする医師に届ける体制の構築に役立っています」。

「市場性」と「専門性」の両面からデータを分析

新たなターゲティング手法を導入した取り組みとして、希少疾病領域の新薬ローンチの事例があります。ファイザーがこれまで参入していない疾患領域の新薬ということもあり、社内には知見や関連情報がほぼないに等しい状況でした。さらに、施設ごとに取り扱う症例数には大きな差があり、年間で10~20症例を扱う施設もあれば、年間1、2症例しか扱わない施設もあるような中で、市場の特性に応じたプロモーションプランを練る必要がありました。

当然、症例数の多い施設から優先的に取り組まなければならない一方、希少疾病であるうえに予後改善に直結する薬剤のため、症例数の少ない施設も捕捉し、必要とする全ての患者さんに新薬を届けなければなりません。

そのためには、市場性だけでなく専門性を踏まえてセグメントを見極める必要があり、以下4つのデータを用いて分析を進めました。

  • 顧客属性:年齢・役職、診療科、専門・資格、施設情報
  • 市場データ:売上や診療データ、DPC公開データ、厚生労働省のオープンデータなど
  • 治療実態(Doctor Mindscape※1
  • 医師の学会発表情報/論文発表情報(学会情報データベース/論文情報データベース※2

※1 株式会社インテージヘルスケア提供サービス ※2 株式会社医薬情報ネット提供サービス

特に、処方ポテンシャルの高い医師の特定の際は、Doctor Mindscapeなどに、学会発表情報や論文発表情報を組み合わせることが役に立ったと振り返ります。

「一般的な生活習慣病等の慢性疾患のような患者数の多い疾患領域であれば、論文情報だけでも対象となる優先度の高い専門医師の多くをカバーすることが可能と考えます。しかし、希少疾病の場合は、論文を書く医師自体が少なく、論文情報のみでは捕捉できる対象が限られます。そういった中で、論文情報だけでなく、それ以外の学術的な活動まで広げて把握できる学会情報が分析に有用でした。特に企業セミナーやポスター発表など、抄録集に記載されている情報すべてを活用できるという点が捕捉率を高めることに繋がりました」。

データ分析は「取捨選択」と「検証」を意識する

データを活用したターゲティングは、その目的に応じて、必要なデータを選択することから始まります。対象施設を特定する際、多くの場合では市場データがその中心的な役割を担うはずです。ただし、そのデータが現状を反映したものかどうかは注意する必要があると、安ヵ川氏は指摘します。

古いデータが混ざっていたり、対象とする施設が適切に反映されていなかったりすると、ターゲティングの精度が下がります。製品の特性によっては、特定の治療環境や患者層を必要とする場合もあります。そういった点を踏まえ、市場データを精査することが重要です。

一方、医師のターゲティングでは、「専門の学会への参加状況やその学会の会員であるかどうか」、また「学会発表や論文発表などの学術活動の有無」によって、対象とする疾患に関わる医師かどうかを判定できます。ただし、治療方針など医師の志向性をデータから抽出することは難しく、最終的には実臨床の現状、例えば製造販売承認後にMRがヒアリングから得た情報など、を踏まえる必要があります。

また、データに基づいた医師ターゲティングを行う際は、データの検証を必ず一連のプロセスに組み込む必要があります。データのみで導き出したリストは完全ではないため、「MRによる医師へのヒアリングなど定性的な情報を踏まえ、信頼性や妥当性を検証することとセットでデータ分析をすべきです」と語ります。

製薬企業に求められる次世代のマーケティングとは

データに基づいたターゲティングは、新たな疾患領域に進出する際だけでなく、より効率的な営業体制の確立やプロモーション体制を構築する上で今や必須の手法です。

「対象医師を特定するターゲティングの精度は向上しています。今後は、『WHO(=誰に)』だけでなく、医師が好むチャネルや求める情報の志向性といった『WHAT(=何を)』や『HOW(=どのように)』を特定し課題を明確にできれば、一層、戦略やアクションプランを立てやすくなるはずです」。

さらにCOVID-19を経た今、医師個々のニーズにあわせた情報提供の仕組みを整える重要性は増していると安ヵ川氏は続けます。

「医師の間では、デジタルチャネル主体に情報収集する層と、MRを介した従来的な情報収集を好む層との二分化が加速しています。直近では医療専門のWebサイトへのアクセス数は以前より落ち着きつつあります。マーケターはCOVID-19流行時のようにデジタルチャネル一択ではなく、情報の内容に応じたチャネルの使い分けの高度化や、個々のニーズに合わせたオムニチャネル化に注力する時期に来ています」。

業務の効率化に留まらず、必要な情報を必要なタイミングで適切に届けるために、データの活用がますます重要になっています。