抗インフルエンザ薬の予防投与の実態は?処方データから見る使用判断とマーケ施策への視点

抗インフルエンザ薬は、発症後の治療のみならず、濃厚接触者などに対し発症や重症化の予防を目的とした処方も行われます。処方目的という切り口でデータを捉えることは、施設特性や地域特性など処方の背景理解を深め、より精緻な市場把握につながります。しかし、処方データ上では「治療目的」か「予防目的」かは明示されないため、予防投与の処方実態は把握が難しい領域でした。
本記事では、電子お薬手帳「harmoおくすり手帳」のオセルタミビル処方データを例として予防投与を含む処方パターンを推定し、その処方実態を可視化しました。抗インフルエンザ薬の市場理解や、今後のマーケティング施策立案のヒントにお役立てください。
(harmo株式会社 事業開発本部 ビジネスコンサルティング部 部長 佐野洋介)
処方データ上で予防投与を判別する分析条件
抗インフルエンザ薬であるオセルタミビルは、その処方が「治療目的」か「予防目的」のどちらかは処方データ上では明示されません。しかし、処方内容を見ることで、その投与目的を推定できます。
オセルタミビルは添付文書上、治療投与と予防投与で用法及び用量が以下のように異なります。
- 治療投与:成人は1回75mgを1日2回、5日間経口投与
- 予防投与:成人は1回75mgを1日1回、7~10日間経口投与
処方データ上でも「1日1回」「7日以上」の違いが確認できるため、本分析でも投与頻度と日数を手がかりとして処方目的を推定しました。
具体的には、対象を75mg製剤(成人・体重37.5kg以上想定)に絞った上で、以下のルールベースによる判定を採用しています。
- 治療投与:1日2回×5日
- 予防投与:1日1回×7日以上
- 判定保留:上記以外
全ての処方を精緻に分類するのではなく、確度の高い処方を安定して拾うことを重視した設計とすることで、分析の主要な傾向が捉えやすくなります。
上記の分析の結果、もし治療投与にも予防投与にも当てはまらない判定保留が多い場合は、例えば次のような条件を追加して精度を上げます。
- 分割処方:7日以上を複数回に分けた可能性
- 受診間隔:同月内の再診、追加処方
- 剤形:ドライシロップなど小児用
- 入院・退院:院内処方/院外処方の切り替え など
重要なのは「予防投与を高精度で拾うこと」だけではなく、「拾った予防投与のデータが、ターゲットとする施設選定やマーケティングのメッセージ設計に効くこと」です。全数を分類しようとすると誤判定が混ざり、営業現場の納得感の低下につながることもあるため、精度と実装のバランスを取りながら育てる設計が大切です。
簡易解析で見えた予防投与の分布
まずは、約20万人規模のデータから抽出したオセルタミビル処方(n=1,618)の集計結果を用いて、簡易分析を行います。処方データから治療・予防の分布を確認したところ、以下のような結果が得られました。
全体:予防投与は約2.0%
処方の内訳は以下の通りです。
- 治療投与:1,573人(約97.22%)
- 予防投与:33人(約2.04%)
- 判定保留:12人(約0.74%)
予防投与の割合は約2%と少数派であることが分かります。しかし、少数であるからこそ「どのような患者層・医療機関で処方が発生しているのか」といった処方現場の特徴が読み取りやすい場合があります。
診療科・施設タイプ別:予防投与は複数の診療科・施設タイプに散在
診療科・施設タイプ別の内訳は、下表の通りでした。
予防投与の人数 | 予防投与の割合(%) | |
|---|---|---|
診療所 | 24 | 1.7 |
内科系 | 11 | 2.2 |
小児科 | 10 | 1.4 |
耳鼻咽喉科 | 3 | 1.6 |
病院 | 5 | 3.9 |
その他 | 4 | 5.8 |
※予防投与の割合は、各施設タイプ・診療科におけるオセルタミビル総処方数に対する予防投与の人数で算出
この結果からは、「予防投与が特定の診療科に閉じず、複数の診療科・施設タイプに散在している」といえそうです。このことから、予防投与は「診療科の違い」よりも「患者背景(曝露環境、家庭構成、リスク)」で発生しやすい可能性が考えられます。
年齢別:治療投与は小児、予防投与は30~49歳に多い
年齢別に処方の内訳を見ると、治療投与は小児層に集中し、10歳未満が715名と最多でした。
治療投与の人数 | 予防投与の人数 | 各年代の処方者数に対する予防投与の割合(%) | |
|---|---|---|---|
10歳未満 | 715 | 1 | 0.1 |
10代 | 294 | 6 | 2.0 |
20代 | 75 | 1 | 1.3 |
30代 | 101 | 8 | 7.3 |
40代 | 143 | 11 | 7.1 |
50代 | 128 | 3 | 2.3 |
60代 | 73 | 1 | 1.3 |
70代 | 31 | 1 | 3.1 |
80歳以上 | 13 | 1 | 7.1 |
一方、予防投与(n=33)は成人層に多く、40代が33.3%、30代が24.2%と、30~49歳で半数以上を占めていました。

予防投与は、家庭内感染や就労への影響などを背景に、発症による生活上の支障が大きい患者層に対して検討されているようでした。予防投与が感染拡大や発症の回避といった医学的側面のみならず、罹患に伴う生活上の不利益や社会的損失を避けるという観点も意思決定に影響している可能性がうかがえます。予防投与は33例と少数であり、解釈には留意が必要ですが、この点は予防投与の価値をどのように整理し伝えるかを検討する上でも重要な手がかりになりそうです。
分析結果をマーケティング施策に落とし込むための視点
今回の分析から、予防目的の抗インフルエンザ薬処方は多数派ではないものの、診療科を限定せず、複数の医療機関・施設タイプで、成人層を中心に処方されていることが分かりました。
例えば、処方量の多い施設や診療科だけを見て施策を考えると、予防目的の使われ方の本質が見えにくくなる可能性があるかもしれません。
以下では、今回の分析結果を踏まえ、マーケティング施策を検討する際の視点を整理します。
診療科単位ではなく「判断が起きやすい状況」に目を向ける
予防投与が特定の診療科に集中していなかった点は、予防投与が診療科固有の判断というよりも、患者背景や置かれた状況に応じて検討されている可能性を示唆します。
例えば以下のような文脈では、診療科に関わらず予防投与が判断される余地があります。
- 家族内や職場などで感染拡大が懸念される状況
- 基礎疾患を有し、発症時のリスクが高い患者
- 施設内での感染波及が問題となりやすい環境
マーケティング施策を考える際にも、診療科に注目するよりも、どのような状況で予防投与が検討され得るのかという視点を持つことが大切です。
また、「処方数が多い施設」と「予防投与が成立しやすい施設」は一致しない場合があります。この違いを踏まえることで、MRの適切な訪問先設計につながります。
処方目的の違いで伝える価値が異なることを前提に考える
医療現場での治療投与の価値は「発症後の早期対応」や「症状悪化の抑制」といった観点が重視されやすい一方、予防投与の価値は「感染拡大の抑制」や「発症による影響を未然に防ぐ判断」に置かれます。
治療と予防を同一の文脈で語るのではなく、目的の違いを前提に情報提供の切り口を整理することが、施策設計を考える上での一つの示唆になります。
本番解析(2,500万人)でできること
今回は約20万人を対象とした簡易解析を行いましたが、本番解析では、約2,500万人に対象を広げて解析を行えます。今回の簡易解析と比較して約125倍のデータ量となり、診療科・施設・地域などの粒度を上げた検証が可能です。
それにより、以下のように、マーケティング戦略における意思決定に直結するデータを掘り下げられます。
- 施設別の予防投与割合を算出し、重点施設の優先順位を明確化
- 地域別・時期別(流行期)での用途の変動を把握
- 併用薬、同月内の受診回数などを組み合わせ、患者像を具体化
- 予防投与が生まれやすい施設群を抽出し、MR訪問先をリスト化
処方データの分析で見えてくる製品の使われ方と次の一手
処方量だけでは分からなかった、抗インフルエンザ薬の使われ方やその背景は、処方データを丁寧に見ていくことで推測できるようになります。
電子カルテデータなどのリアルワールドデータを活用し、医療現場でどのような判断が行われているのかを明らかにしていくことは、市場理解を深めるうえで大きな意味を持ちます。
その理解を踏まえることで、誰に・どのような情報を届けるべきかといったマーケティング施策の考え方も、少しずつ変わっていくことが期待されます。











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