ブランドプランを現場で動かす。「行動の質」のKPI設定法|MDMD2025 Autumnレポート

製薬マーケティングでは、本社の戦略が現場(MR)の行動として定着しない、という課題は珍しくありません。活動量や売上といった従来の指標だけでは、現場でどのような対話が行われているかという「質」を測ることができないためです。
2025年10月に開催された「Medinew Digital Marketing Day(MDMD)2025 Autumn」でのリープ株式会社 荒木恵氏の講演をもとに、戦略実行のブラックボックスを解消する「行動の質」の可視化について解説します。
戦略が現場で動かない最大の要因は、実行のブラックボックス化
多くの製薬企業において、マーケティング部門が精緻なブランドプランを策定しても、それが現場(MR)の行動として十分に再現されず、期待した成果につながらないという課題は後を絶ちません。
荒木氏は、その最大の要因として、戦略実行のプロセスが「ブラックボックス化」している点を指摘します。
活動量だけでは見えない「実行の中身」
一般的に、ブランドプランの進捗管理にはKPI(重要業績評価指標)が用いられます。多くの企業で採用されているのは、売上やシェアといった「成果指標」、あるいは面談数や説明会回数といった「活動量の指標」です 。
しかし荒木氏は、これらの指標だけでは「どのような行動が成果を生んでいるのか」という「実行の中身」が見えてこないと言います。
面談の中で顧客に合わせてどのような対話が行われたかという「質」の部分は、個々のMRの力量や解釈に委ねられがちです。その結果、本社が意図したSTP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)が、現場で再現可能な行動設計にまで落とし込まれているかが分からず、戦略実行のプロセスがブラックボックス化してしまいます。このように、具体的な行動の質が曖昧な状態では、成功事例(Goodケース)を組織全体に展開していくことも難しくなります。
戦略を現場で再現し、動かしていくためには、この「見えなくなっている実行の部分」をいかに可視化し、具体的な行動として定義していくかが重要だと荒木氏は話します。
「行動の質」を数値化し、ビジネスゴールにつなげる
リープが行った調査によると、医師が処方変更や採用といった前向きな反応を示した面談には、共通する成功要因があることが分かりました。
分析の結果、医師の反応に最も大きなインパクトを与えていたのは「戦略実行度」でした。つまり、「目の前の医師に対して、ブランドプランで定められた戦略的な意図に沿ったアプローチができているかどうかが、成果を分ける最大の要因」と荒木氏は指摘します。
さらに、この戦略実行を後押しし、効果を増幅させる要素が「ディテーリング(DTL)スキル」だといいます。

戦略行動の3つの分類
では、測定すべき「戦略的な行動」とは具体的に何を指すのでしょうか。荒木氏は、多くのブランド戦略において推奨される行動は、大きく以下の3つの戦術カテゴリーに分類できると解説します。
- ニーズ想起の戦術:潜在的な課題や患者像を医師に気づかせるための行動
- 製品メッセージの戦術:競合優位性や製品の魅力を正しく伝達するための行動
- コミットメントの戦術:具体的な処方合意や次回のアクションを取り付けるための行動

これらの戦術を調査していくと、製薬企業の多くは2パターンに分けられると荒木氏。一つは、本社主導によるコール戦術が細かく定義されているパターン(上図「製品A」)。もう一つは、本社側ではSTPに沿ったブランドプランを立てるものの、具体的な動きは現場に任せるパターン(上図「製品B」)です。具体的な行動が定義されている方が、MRの行動は集約されやすい傾向にあります。
このように戦略の主要キーポイントの実行状況を調査すると、処方の合意に「正の影響」を与える重要な項目もあれば、「負の影響」を与える要素となってしまっている項目も存在することが可視化できます。
コール戦術実行度のエリア差の正体
リープの調査によると、本社主導による同じコール戦術を行う「製品A」であっても、エリアによる戦略実行度の差が生じると言います。
下図の通り、製品メッセージの訴求では上位営業所・下位営業所でそこまで差はないものの、候補症例の特定など、ニーズ想起に関してはエリアによるギャップがあるのです。

同じ戦略であるにも関わらず実行度に差が出た要因としては、「マネージャー(上司)の指導力のバイアス」にあると荒木氏は指摘します。上司自身が得意とする領域や、「こうあるべき」と解釈しているポイントが指導の際に強調されることで、部下であるMRの行動にも偏りが生じるのです。

事例:製薬企業における「行動の質」のKPI設定
HPI(Human Performance Improvement)の考え方に基づくと、ビジネスゴールを達成するためには、それを実現するパフォーマンスゴールが必要です。このパフォーマンスゴールを「質的KPI」として定義・測定することで、初めて「戦略が実行されているか」を客観的に管理(Check)し、改善(Action)するPDCAサイクルが回り始めます。
しかし、多くの製薬企業では、その戦略実行のパフォーマンスの質を測るKPIが設定されていません。

KPI設定のための調査フロー
講演では、行動の質のKPIを改善したある製薬企業の事例が紹介されました。
競争が激しいスペシャリティ領域の製品を扱う製薬企業X社では、アクション数(量)にはエリア間で大きな差がないにもかかわらず、実績には開きが出始めているという課題を抱えていました。
そこで、戦略の浸透度と実行度をデータで把握するために、以下の4段階にわたる調査を実施。その結果をもとに、本社の戦略意図を現場で再現可能な行動にブレイクダウンできるよう、「行動の質」のキーファクターを抽出し、それを測定するKPIの設定をサポートしました。

調査から見えた「現場の納得感」と「スキル課題」
調査の結果、X社では非常に示唆に富むデータが得られました。
例えば、あるエリアでは「戦略理解テスト」の点数は高いものの、実際の面談では特定のメッセージ訴求に偏り、ニーズ想起がおろそかになっている実態が浮き彫りになりました。また、マネージャーの指導内容と部下の実行内容には強い相関があり、上司のバイアスが現場の行動を決定づけていることも可視化されました。
特筆すべきは、この調査結果に対する現場の反応です。「この行動をとっている面談は、医師から前向きな反応を得られている」という事実が自社のデータとして示されたことで、現場のMRたちは「なぜこの戦略が必要なのか」を腹落ちし、高い納得感を持って改善に取り組めるようになったといいます。上からの押し付けではなく、事実に基づいたフィードバックこそが、組織を動かす鍵となったのです。
トレーニングへの落とし込み
さらに、質的KPIが明確になることによるメリットとして、トレーニング(育成)と戦略実行の連動が挙げられます。調査によって抽出された質的データから「Goodケース」を教材化し、ワークショップなどで共有することで、抽象的な戦略を具体的なイメージとして組織全体に横展開できます。

「実行の解像度」を高め、現場の納得感と成果をつなぐ
「戦略が現場で動かない」という課題の真因は、実行プロセスのブラックボックス化にありました。ビジネスゴール達成のために求められるのは、現場の「行動の質」をKPI化し、成果につながる具体的な行動を可視化することです。
データに基づいて実行の解像度を高めることこそが、現場の納得感を生み出し、組織全体のパフォーマンスを底上げする一助となるでしょう。




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