届かない相手と理由から考える、疾患啓発でのインフルエンサー活用と最新事例

届かない相手と理由から考える、疾患啓発でのインフルエンサー活用と最新事例

お笑い芸人が「腎臓」に扮して漫才をし、子育てインフルエンサーが治療当事者の親として登壇する。製薬企業の疾患啓発では、こうした多様な人物起用の事例が生まれています。本記事では、インフルエンサーの定義や製薬業界ならではの注意点を押さえたうえで、インフルエンサー起用を啓発課題から逆算する考え方を、2025〜2026年の最新事例とともに紹介します。

インフルエンサーとは?一般的な定義と本記事での範囲

インフルエンサーとは、特定の分野やコミュニティで発信力・影響力を持つ人物を指します。共同通信のニュース用語解説では、「交流サイト(SNS)で人々の意見や消費行動に大きな影響力を持つ人。芸能人や著名人に限らず、多くのフォロワーを持つ一般人も含む。」と説明されています1)


「インフルエンサー=SNS発のクリエイター」と狭く捉えられることもありますが、影響力のある人物という意味では共通です。本記事では、芸能人・著名人を含む広義のインフルエンサーとして取り上げます。

製薬業界でのインフルエンサーマーケティングとその注意点

インフルエンサーマーケティングとは、インフルエンサーによる情報発信を通じて、商品やサービスの認知拡大や販売促進を目指すマーケティング手法です。企業が自ら発信するより、生活者が親近感や信頼を寄せる人物の言葉の方が受け入れられやすく、その影響力を借りる点に特徴があります。


一方、医薬品等適正広告基準では、医療用医薬品について医薬関係者以外の一般の方に向けた広告を認めていません2)。また薬機法第66条は「何人も」を主語に虚偽・誇大広告を禁じており3)、この禁止は依頼した企業だけでなく発信者自身にも及びます。

製薬業界でのインフルエンサー起用は「疾患啓発」が中心

したがって製薬業界において、一般の方に向けたインフルエンサーマーケティングは、製品を語らない疾患啓発が中心となります。


なお、医師など医療関係者に向けては、KOL(キーオピニオンリーダー)への講演依頼をはじめ、影響力ある人物を介した情報提供が従来から行われています。


本記事が扱うのは、それとは規制環境の異なる、一般の方を対象とした発信です。

疾患啓発なら安全?広告該当性と安全管理の備え

疾患啓発であっても、以下のような規定や備えは、押さえておきたいポイントです。


・広告である旨の明示:2023年10月施行のステルスマーケティング規制(景品表示法)により、この明示が前提になりました。規制の名宛人は広告主である企業であり、投稿にPRの明示がなければ問われるのは企業側です4)


・広告該当性の判断:誘引性・特定性・認知性の3要件で判断され、表現全体の構成や文脈にも及びます5)。治療選択肢が限られる領域でも疾患啓発は可能ですが、特定製品の想起につながりやすいため、誘引性が立たない表現設計がより重要となります。


・起用した人物の発言の限界:出演者が特定の医薬品の効能効果などに言及・暗示する行為や、品位を損なう広告2)、医師などが保証したと誤解されるおそれのある表現は禁止されています3)


・安全管理と倫理:GVP省令は製造販売業者に安全管理情報の収集を義務づけており、その情報源は医療関係者からの情報に限定されていません6)。SNSや当事者を起用する施策で有害事象の情報に接した場合の社内フローを、事前に確認しておく必要があります。患者体験談は製品効果の暗示にならない構成が大前提で、謝礼と発言の独立性、本人の同意、疾患を抱える方への配慮も望まれます。

課題から読み解く、人物起用と施策の最新事例

では実際に、人物起用にあたりどのように考えればよいのでしょうか。疾患啓発での起用の選択肢となるのは、①疾患を公表した著名人、②当事者ではないものの啓発の顔となる著名人・タレント、③SNS発のクリエイター、④医師などの専門家、⑤疾患の当事者・家族、といった属性で、本記事ではこれらを広く「インフルエンサー」として扱います。


起点にしたいのは規模や知名度ではなく、介入したい啓発の課題や患者の課題に対して、「誰の言葉なら効果的に届くかどうか」です。2025〜2026年の最新事例を課題別に見ていきます。


啓発の課題

打ち手(起用人物)の例

最新事例

1

疾患が語りづらく、入り口が狭い

お笑い芸人などエンタメ人材

  • 日本ベーリンガーインゲルハイム×ぺこぱ7)

2

特定の世代が自分ごと化していない

世代を象徴する俳優・アンバサダー

  • 日本イーライリリー×風吹ジュン氏8)
  • MSD×風間俊介氏9)

3

患者本人だけでなく、家族にも届けたい

SNSインフルエンサー×当事者×専門家

  • ノボノルディスクファーマ×木下ゆーき氏11)

4

心理的ハードルで受診・治療がためらわれる

当事者の声(公表した著名人や患者会と連携した体験談)

  • ギリアド・サイエンシズ×梅宮アンナ氏12)
  • 大塚製薬×患者団体13, 14)

1. 語りづらい疾患の入口を広げる。ぺこぱが「腎臓」になった理由(日本ベーリンガーインゲルハイム)

慢性腎臓病(CKD)は推計約2,000万人の患者がいるとされながら、初期には自覚症状がほとんどなく、日常で話題になる機会の少ない疾患です。日本ベーリンガーインゲルハイムは2026年3月、世界腎臓デーに合わせた啓発キャンペーンで、お笑いコンビのぺこぱを起用しました7)。2人が「腎臓」に扮した東京メトロ・東急線のトレインジャックと、Spotify・Podcastで配信する「腎臓漫才」を展開。キャッチコピーは「黙ってられない、腎臓の新常識。」です。


喋らない「沈黙の臓器」が、黙っていられず喋り出すという設定です。疾患特性を笑いに変換しユーモアで心理的な抵抗を下げ、自覚のない層を検査や受診に橋渡しする狙いが見えます。エンタメ起用には「疾患を軽く見せてしまわないか」という懸念がつきものですが、芸人が「腎臓の声を代弁する」という立て付けが、その懸念を回避している例といえます。

2. 特定世代の「自分ごと」に。世代を象徴する俳優・アンバサダー(日本イーライリリー/MSD)

リスクが特定世代に集中する疾患では、その世代が「自分の話」と受け止めてくれるかどうかが大切です。日本イーライリリーは2026年4月、俳優の風吹ジュン氏をアンバサダーに起用したアルツハイマー病の啓発活動を発表しました8)。テレビCM「花と髪」篇ほかでは、風吹氏が日常の「もの忘れ」を当事者役として演じ、後半ではアンバサダーとして専門医への受診を促す二役の構成です。4月25日からは体験型イベント「年のせいじゃない“もの忘れ”展」を全国50箇所で開催しました。


MSDも2025年10月から、俳優の風間俊介氏を起用したHPV関連がん・疾患の啓発キャンペーンを展開しています9)。学校を舞台に風間氏が先生役として生徒に語りかけるテレビCMを軸に、2026年5月には専門医との対談記事も公開しました10)。届ける相手は、これから接種や検診を考える世代と、その保護者の両方です。


いずれの事例も、その世代になじみ深い俳優が語りかけることで、遠かった疾患との距離を縮めています。

3. 保護者に届ける。インフルエンサー×当事者×専門家のコミュニティ型(ノボ ノルディスク ファーマ)

小児の疾患では、保護者が主な啓発対象となります。ノボ ノルディスク ファーマは2026年7月31日、成長ホルモン治療を受ける小学生とその家族などを対象にしたイベント「親子で考える『未来』のじかん」を開催しました11)


登壇したのは、SNS総フォロワー200万人超の子育てインフルエンサーで、自身も成長ホルモン治療中の子を持つ木下ゆーき氏のほか、小児科医や患者家族などです。イベントはセミナーや親子交流会、LEGO®のワークショップで構成されました。


注目したいのは、子育てインフルエンサーである木下氏のフォロワー層が疾患情報を届けたい保護者層と重なる点です。加えて木下氏自身が治療中の子を持つ親でもあります。だからこそ発信は実体験に根ざしたものになり、同じ場に立つ小児科医が情報の正確さを支えます。イベントを入り口に家族同士がつながる継続的なコミュニティ支援へと発展させやすい形でもあります。

4. 治療への一歩は当事者の声が後押しする(ギリアド・サイエンシズ/大塚製薬)

心理的なハードルや疾患への偏見が受診や治療の一歩をためらわせる場面では、当事者の声が力を持ちます。ギリアド・サイエンシズは2026年5月、患者会などのコンソーシアム「アッピーチ」と共催する乳がんのSDM(医療者と患者がともに治療を決めるプロセス)啓発キャンペーンで、タレント・モデルの梅宮アンナ氏をアンバサダーに起用しました12)。梅宮氏は2024年に乳がんと診断されたことを公表しており、キャンペーンでは、梅宮氏と主治医による対談動画やショート動画、特設ウェブサイトの制作、学会内での講演などが予定されています。


著名人ではない当事者の声を、企業が場を整えて届ける形もあります。大塚製薬は2020年から当事者団体と共催で精神疾患の市民公開講座を続けており、2026年5月の第13回(テーマはうつ病)でも、専門医の講演に加えて当事者・家族の体験談とQ&Aを組み込み、動画も公開しています13, 14)


いずれも語り手は、その疾患を抱えて生きてきた本人です。「自分もそうだった」という実感のこもった体験談は、聞き手のためらいを和らげてくれます。ただしその前提として製品効果の暗示にならない構成と、語り手の安全やプライバシーへの配慮が欠かせません。大塚の講座が13回続いているように、当事者が安心して語れる場を保ち続けることが、そのまま信頼の土台になっています。

「人物の力」を、患者を動かす疾患啓発に生かす

本記事で紹介した事例に共通するのは、人物起用が単なる話題づくりではなく、患者が受診や治療に向かう道のりのどこで立ち止まっているかに対する打ち手として設計されていることです。疾患が語りづらいのか、特定の世代に届いていないのか、といった課題の見立てが変われば、選ぶべき人物も施策の形も変わります。まずは自社の疾患領域で、患者がどこで立ち止まっているのかを知ること。それが人物起用や施策を考える上での出発点になります。



<出典>※URL最終閲覧日2026.08.21

1)コトバンク, 共同通信社, インフルエンサー「共同通信ニュース用語解説」(https://kotobank.jp/word/%E3%81%84%E3%82%93%E3%81%B5%E3%82%8B%E3%81%88%E3%82%93%E3%81%95%E3%83%BC-3143763

2)厚生労働省,1980.10.09,医薬品等適正広告基準について(薬発第1339号、平成29年薬生発0929第4号により改正)(https://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/koukokukisei/dl/index_c.pdf

3)e-Gov法令検索, 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和三十五年法律第百四十五号)

https://laws.e-gov.go.jp/law/335AC0000000145#Mp-At_66

4)消費者庁,令和5年10月1日からステルスマーケティングは景品表示法違反となります。(https://www.caa.go.jp/policies/policy/representation/fair_labeling/stealth_marketing/

5)厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課長,2017.09.29,医薬品等適正広告基準の解説及び留意事項等について(薬生監麻発0929第5号)(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11120000-Iyakushokuhinkyoku/0000179263.pdf

6)e-Gov法令検索, 医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器及び再生医療等製品の製造販売後安全管理の基準に関する省令(平成16年厚生労働省令第135号)

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=416M60000100135

7)PR TIMES, 2026.3.23, ベーリンガーインゲルハイム、「世界腎臓デー」に合わせ、新たな国民病「慢性腎臓病(CKD)」啓発キャンペーンを開始 お笑いコンビ「ぺこぱ」が“沈黙の臓器・腎臓”になって叫ぶ!?(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000410.000002981.html

8)日本イーライリリー, 2026.04.13, その"もの忘れ"、アルツハイマー病かも 日本イーライリリー、アルツハイマー病に関する啓発活動を全国展開(https://mediaroom.lilly.com/PDFFiles/2026/26-09_com.jp.pdf

9)MSD, 2025.10.27, 俳優 風間俊介さんを起用 HPV関連がん・疾患啓発の新キャンペーン『HPV、それは僕らの未来に関係すること。』10月27日(月)よりテレビ・オンラインで開始

https://www.msd.co.jp/news/product-news-20251027/

10)MSD, 2026.05.27, ~男子にも女子にも関係するウイルス「HPV」 ~俳優 風間俊介さんと岩田敏医師が語る『子どもたちの未来のために』対談記事を公開(https://www.msd.co.jp/news/product-news-20260527/

11)PR TIMES, 2026.08.03, 親子で考える「未来」のじかん ~遊んで学ぶ、夏の成長セミナー~ を開催(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000164.000006756.html

12)共同通信PRワイヤー, 2026.05.13, ギリアドとアッピーチによる乳がん患者さん向け啓発キャンペーン「SDM ~医療者と決める、自分らしい乳がん治療~」のアンバサダーに梅宮アンナさんが就任

https://kyodonewsprwire.jp/release/202605128855

13)PR TIMES,2026.04.14,【5/17開催 市民公開講座】うつ病の最新知見について学ぶ(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000185.000048278.html

14)大塚製薬,健康・疾患啓発活動(https://www.otsuka.co.jp/sustainability/health/campaigns-and-initiatives/



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