ペイシェントセントリシティとは?基本的な考え方と国内製薬3社の事例に学ぶ実践法

ペイシェントセントリシティとは、製薬業界において患者の経験や価値観を尊重し、医薬品開発や患者に対する情報提供・支援活動に反映するという概念です。日米欧の規制当局が患者参画を後押しし、国内の製薬企業でも実践が広がっています。本記事では、基本的な考え方から、アステラス製薬・第一三共・中外製薬の公開事例、製品戦略や疾患啓発・資材制作に生かすポイントまでを解説します。
- ペイシェントセントリシティの基本的な考え方
- ペイシェントセントリシティの歴史と定義
- ペイシェントセントリックとの違いと類義用語
- 製薬業界でペイシェントセントリシティが広がる背景
- 日米欧の規制当局が進める患者参画
- PROなど患者経験データの活用
- 公開情報から見る製薬企業の取り組み例
- アステラス製薬|組織全体での実践
- 第一三共|PFDDや患者レビューの活用
- 中外製薬|患者団体との協働と情報提供
- 製薬マーケティングで考えたい実務上のポイント
- 製品戦略・疾患啓発|ペイシェントジャーニーで患者課題を捉える
- 資材制作・デジタル施策|患者が迷わない表現と導線を設計する
- 患者向け情報提供で押さえたいガイドラインと留意点
- ペイシェントセントリシティを製薬マーケティングに生かすために
ペイシェントセントリシティの基本的な考え方
「ペイシェントセントリシティ(Patient Centricity)」とは、患者中心主義のこと。医療・製薬業界において患者の声や経験、価値観を尊重し、治療や医薬品開発などの活動に反映する考え方です。企業のコマーシャル部門では患者向け施策を増やすことと同一視されがちですが、本来はより広い概念です。
ペイシェントセントリシティの歴史と定義
ペイシェントセントリシティとは、患者の経験や価値観、生活上の課題などの声を、製薬企業の活動における意思決定の中心に置くという考え方です。
医療現場では前世紀から、患者の主体的なかかわりを前提とする患者中心医療・全人的医療という概念が発達してきました。製薬業界でも2000年代以降、医薬品開発に患者接点や患者経験のデータを組み入れる動きが進行。次いで2010年代からは企業ブランディングやコミュニケーションの観点からもペイシェントセントリシティという概念で注目されるようになりました。
2017年、アストラゼネカ(当時)のGuy Yeoman氏らは、患者・介護者が参加したワークショップを通じて、ペイシェントセントリシティを以下のように定義しています1)。
患者を第一に置き、その人と家族にとって最良の経験とアウトカムを実現するために、敬意と思いやりを持ってオープンかつ継続的に関わること
2019年、日本製薬工業協会(以下、製薬協)は、企業におけるペイシェントセントリシティ活動を「患者から直接またはその家族や患者団体を通じて入手した患者の声を企業活動に活かすこと」と位置づけ、ガイドブックや事例集を公開しました2)。日本の製薬業界においても、患者視点を医薬品開発のプロセスに組み込む動きが具体化しています。
ペイシェントセントリックとの違いと類義用語
ペイシェントセントリシティ(patient centricity)とペイシェントセントリック(patient centric)は、それぞれ英語で「患者中心性」を指す名詞、「患者中心の」という形容詞であり、意味としては同じです。
そのほか、以下のような語も同義だと製薬協のガイドブックでは説明しています2)。
ペイシェントセントリシティ/患者中心 | Patient Centricity |
|---|---|
患者エンゲージメント/患者との協働 | Patient Engagement |
患者参画 | Patient Involvement |
患者・市民参画 | Patient and Public Involvement(PPI) |
なお、製薬協のガイドブックでは、ペイシェントセントリシティとは企業視点の用語であり、患者や患者団体と連携する際には「患者参画」「患者との協働」「患者の声を活かす」といった言葉を用いることが望ましいとされています2)。
製薬業界でペイシェントセントリシティが広がる背景
ペイシェントセントリシティが広がっている背景には、臨床データだけでは患者の実態を捉えきれないという課題意識があります。症状のつらさ、日常生活への影響、治療を続けるうえでの負担などは、臨床データだけでは把握しにくい部分です。こうした患者本人の経験を医薬品開発や評価に反映しようとする動きが、国際的な流れになっています。
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日米欧の規制当局が進める患者参画
患者参画とは、患者や市民の視点を医薬品開発や規制当局の意思決定に反映させる取り組みです。医薬品開発の過程では、こうした患者参画を通じて患者や患者団体の声を把握し、開発や評価に生かす動きが強まっています。近年は日米欧の規制当局や業界団体の資料でも、その重要性が示されています。
米国ではFDA(米国食品医薬品局)が、患者や介護者から得られる情報を体系的に収集し、医薬品開発や規制上の判断に生かす取り組みとしてPatient-Focused Drug Development(PFDD:患者焦点型医薬品開発)を推進。その考え方をまとめたガイダンスシリーズを公表しています3)。
欧州ではEMA(欧州医薬品庁)が最新の取り組みとして、患者経験データ(PED)に関するリフレクションペーパー案を公表、意見募集を行いました4)。日本では、PMDA(医薬品医療機器総合機構)が患者参画ワーキンググループを設置し、患者団体・患者支援団体との意見交換を行っています。PMDAは患者参画ガイダンスで「患者等の声を把握、理解し、業務に活用すること」と定義しており、規制当局側でも患者の声を取り入れる体制を整えつつあることがうかがえます5)。
PROなど患者経験データの活用
患者参画の広がりに伴い、患者本人が感じる症状のつらさや日常生活への影響を把握し、医薬品開発や患者支援に生かす取り組みも進んでいます。
代表的なものに、Patient-Reported Outcome(PRO:患者報告アウトカム)があります。PROは、症状や痛み、日常生活への支障、QOLなどを、医師などの解釈を挟まず患者本人が直接報告する評価項目です。近年は、electronic Patient-Reported Outcome(ePRO:電子患者報告アウトカム)として電子的に収集されることもあります。
PROのように患者の経験や視点を反映した情報は患者経験データ(Patient Experience Data:PED)と呼ばれ、臨床試験だけでは把握しにくい治療実態や患者負担を捉える重要な手がかりになります。
公開情報から見る製薬企業の取り組み例
ここまで見てきた考え方や規制動向を、実際に企業はどのような形で実践しているのでしょうか。ここでは、製薬企業3社の公開情報をもとに、組織文化の醸成、医薬品開発への反映、バリューデリバリーの至適化という3つの観点から取り組み例を紹介します。
アステラス製薬|組織全体での実践
アステラス製薬は、ペイシェントセントリシティを「患者体験、医療ニーズ、ケアの行動要因への深い理解を通して、革新的なヘルスケアソリューションの開発をサポート」するものと位置づけています6)。
特徴的なのは推進体制で、同社はペイシェントセントリシティを5つの専門チームによって運用しています。
その1つであるカルチャー・インテグレーション(C&I)チームは、同社全体でペイシェントセントリシティの文化を世界中の全従業員が日々のあらゆる役割において患者を意識できるよう促進する役割を担っています。具体的な取り組みとして、毎年6月を「Patient Centricity(PC)Month」と定め、患者体験の理解を深めるライブトークや、外部専門家・シニアリーダーの講演などを通じて、従業員が患者視点を学ぶ機会を設けています。患者視点を一部門の活動にとどめず、組織全体に広げようとする例といえます。
第一三共|PFDDや患者レビューの活用
第一三共は、コーポレートスローガン「Passion for Innovation. Compassion for Patients.®」を企業活動の中核に据え、創薬から販売・情報提供までバリューチェーン全体で患者志向の活動を展開しています7)。医薬品開発の領域では、2022年より、患者の声を医薬品開発に反映させるPatient-Focused Drug Development(PFDD)を推進する専門チームを開発部門に設置しました。患者から得た意見をもとに、治験時の院内待機時間や検査スケジュールの変更、除外基準の緩和を行ったほか、同意説明文書の分かりにくい表現の改善を治験関連文書のテンプレートに反映しています。
また、症状やQOLなど患者の主観的な評価を捉えるPROの活用も進めています。患者の声を治験計画や文書の具体的な変更にまでつなげている点が参考になる事例です。
中外製薬|患者団体との協働と情報提供
中外製薬は、ミッションステートメントの価値観に「患者中心」を掲げ、患者を「ともに課題解決を行うパートナー」と位置づけています8)。
これを市販後の活動で具体化する取り組みが、営業・メディカル・安全性からなるValue Delivery部門が製品中心のアプローチを超えて包括的な医療課題の解決に取り組むための行動指針「Chugai Value Delivery Principles」です8)。
同指針は、次の3つを柱としています。1つ目は、実臨床に寄り添ったエビデンス創出です。QOLや経済的有用性といった新たな社会的エビデンスの指標確立を目指しています。2つ目は、一人ひとりの価値に基づくソリューション提供で、個々の症例フォローや、MRを基軸にデジタルを融合した顧客エンゲージメントの革新を掲げています。3つ目は、患者や関係者の視点に立ったエコシステムづくりで、チーム医療や地域医療連携の支援、KOL・学会・患者会との協働を通じた最適治療の普及に取り組むとしています。
これら3つを最適化し、QOLや満足度まで含めた患者一人ひとりのベネフィット最大化を目指す考え方を「Patient Centric Optimization」というキーコンセプトに置いています。ペイシェントセントリシティを営業やメディカルの日常業務に落とし込んでいる例として参考になります。
製薬マーケティングで考えたい実務上のポイント
ペイシェントセントリシティの動きは、規制も企業事例も医薬品開発を中心に進んできました。一方で、中外製薬の行動指針のように、患者視点を市販後の活動に落とし込む動きも出てきています。患者が治療や生活の中で何に困っているのかを捉える視点は、開発部門だけのものではありません。ここからは、製品戦略、疾患啓発、資材制作、患者支援といった製薬マーケティングの業務で、患者視点をどのように反映できるかを解説します。
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製品戦略・疾患啓発|ペイシェントジャーニーで患者課題を捉える
製品戦略や疾患啓発を設計する際は、臨床データや医療者の視点だけでなく、患者の生活実態にも目を向ける必要があります。受診までの迷い、治療継続の負担、日常生活で感じる不安などは、臨床データだけでは把握しにくい部分です。
こうした課題を把握する方法の1つが、症状の自覚から受診、診断、治療継続までの体験を可視化するペイシェントジャーニーです。患者へのインタビューやアンケートなどのデータを患者参画を通じて取得し、レセプト・健診・電子カルテなどのデータと組み合わせることで、治療上・生活上の課題を分析・把握しやすくなります。
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患者の経験に関するデータやPRO(患者報告アウトカム)を製品戦略の検討段階で参照することで、疾患啓発や患者支援の個別施策にも、一貫した患者視点を反映しやすくなります。
資材制作・デジタル施策|患者が迷わない表現と導線を設計する
患者向け資材や疾患啓発サイトでは、専門用語の多い表現や、不安を過度に高める言い回しに注意が必要です。厚生労働省の「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン」では、罹患の可能性や症状を過度に強調して不安を煽ることを禁止事項に挙げています9)。
また、情報の場所や順序がわかりにくい構成では、患者が必要な内容を見落とすおそれがあります。症状、受診、診断、治療、生活上の注意点など、患者がどの段階で何を知りたいのかを踏まえ、必要な情報に迷わずたどり着けるようにコンテンツの順序や導線を設計することが大切です。
患者向け情報提供で押さえたいガイドラインと留意点
ペイシェントセントリシティの実践は、疾患啓発や患者支援、患者団体との協働など、患者との接点を増やすことにつながります。その分、患者向けの情報提供に関する規制やガイドラインが適用される場面も増えるため、コンプライアンスへの理解は患者中心の活動を進めるうえでの前提となります。
まず、患者向けに疾患啓発や支援情報を発信する際は、規制の対象外だと考えないよう注意が必要です。「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン」では、一般人を対象とする疾患啓発も販売情報提供活動に含まれるとしています9)。また、疾患の罹患や疾病の症状を過度に強調し不安を煽ること、一般人向けの疾患啓発において医療用医薬品以外に治療手段がないよう誤認させることも禁止事項に挙げています。患者の不安に寄り添うつもりの表現が、結果的に受診や特定製品への誘導と受け取られることもあるため、疾患や治療に関する情報を正確かつ客観的に示すことが重要です。
患者団体と協働する場合は、製薬協の「患者団体との協働に関するガイドライン」や「企業活動と患者団体の関係の透明性ガイドライン」も確認が必要です。これらのガイドラインでは、患者団体の独立性の尊重、金銭的支援等の透明性確保、活動内容や資金提供に関する事前の書面等での合意などが示されています10)。
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ペイシェントセントリシティを製薬マーケティングに生かすために
ペイシェントセントリシティは、単なる理念にとどまらず、患者の声や経験を企業活動に反映する実務的な考え方へと昇華させることができます。日米欧でFDAやPMDAなどが患者参画を後押しし、国内企業でも、専門チームの設置や治験関連文書への患者の声の反映、営業・メディカル部門の行動指針への落とし込みなど、考え方を具体的な仕組みにする取り組みが広がっています。
マーケティング担当者にとっても、患者がどこで迷い、何に困っているのかを捉えることは、製品戦略の精度を高め、疾患啓発や資材を患者に届くものにするための出発点になります。同時に、患者との接点が増えるほど、販売情報提供活動ガイドラインをはじめとするルールの理解が欠かせません。
まずは自社の担当領域で、患者の声やデータに触れる機会がどこにあるかを見直すことから始めてみましょう。ペイシェントジャーニーの作成でも、既存資材の患者視点での点検でも、小さな取り組みが患者中心のマーケティングの第一歩になります。
<出典>※URL最終閲覧日2026.07.17
1)Yeoman G, Furlong P, Seres M, et al., BMJ Innovations, 2017,Defining patient centricity with patients for patients and caregivers: a collaborative endeavour
(https://innovations.bmj.com/content/3/2/76)
2)日本製薬工業協会,2019.09,製薬企業がPatient Centricityに基づく活動を実施するためのガイドブック(2019年版)
同,2022.03,製薬企業がPatient Centricityに基づく活動を実施するためのガイドブック(2022年版)
3)U.S. Food and Drug Administration,FDA Patient-Focused Drug Development Guidance Series
4)European Medicines Agency,2025.09.29,Patient experience data(PED)reflection paper
(https://www.ema.europa.eu/en/patient-experience-data-ped-reflection-paper)
5)独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA),2021.09.07,患者参画ガイダンス
(https://www.pmda.go.jp/files/000242830.pdf)
6)アステラス製薬株式会社,アステラスのペイシェント・セントリシティ
(https://www.astellas.com/jp/about/patient-centricity)
7)第一三共株式会社,2024,Patient Centricityの取り組み(バリューレポート2024)
8)中外製薬株式会社,Chugai Value Delivery Principles
(https://www.chugai-pharm.co.jp/sustainability/patient/vd_principles.html)
9)厚生労働省医薬・生活衛生局,2018.09.25,医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドラインについて(薬生発0925第1号)
(https://www.mhlw.go.jp/content/000359881.pdf)
10)日本製薬工業協会,2022.05.25,患者団体との協働に関するガイドライン/企業活動と患者団体の関係の透明性ガイドライン
(https://www.jpma.or.jp/basis/patient_tomeisei/aboutguide/kyodo.html)








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