コンプライアンス部門を伴走役に変える、戦略的ガバナンスの実践|弁護士×製薬企業 セミナーレポート

コンプライアンス部門を伴走役に変える、戦略的ガバナンスの実践|弁護士×製薬企業 セミナーレポート

規制対応が求められる製薬業界において、コンプライアンス部門はマーケティング活動を支える重要な存在である一方、施策推進の「ブレーキ役」と捉えられる場面も少なくありません。2026年4月開催の5社共催セミナーでは、弁護士法人GRiT Partners法律事務所代表弁護士/内閣府バイオエコノミー戦略有識者 吉澤尚氏と、サノフィ株式会社 エシックス・ビジネスインテグリティ部 部門長 内田大介氏が対談。コンプライアンス部門を「伴走役」へと変えていくための考え方や実務上のポイントが示されました。

※A.T. カーニー株式会社、株式会社JMDC、株式会社Medii、株式会社医薬情報ネット(Medinew)、株式会社ミクス

講師情報

弁護士法人GRiT Partners法律事務所代表弁護士/内閣府バイオエコノミー戦略有識者 吉澤 尚 氏

弁護士法人GRiT Partners法律事務所 所長。弁護士、弁理士、CFE、ITストラテジストなどの資格を保有。経済産業省の準則策定委員や内閣府バイオ戦略有識者、Biockアドバイザーなどを歴任。

Stanford UniversityやMITで知的財産やAI分野を学び、東京大学大学院薬学研究科 医薬品評価科学講座や、東京医科歯科大学 医療イノベーション人材養成講座ではプログラム委員を務める。デジタルヘルス領域を中心にスタートアップや製薬企業のDXプログラム支援に携わるほか、Life Science Incubation Councilを設立し、国内外のエコシステム連携に取り組んでいる。

※現 東京科学大学


サノフィ株式会社 エシックス・ビジネスインテグリティ部 部門長 内田 大介 氏

国家公務員(警察庁)から米国MBA留学後、ヘルスケア業界の外資系医療機器メーカーに転職。リスクマネジメント、危機管理、信頼性保証、コマーシャルコンプライアンスに従事。その後、当該業界におけるコマーシャルコンプライアンスに魅力を感じ、外資系医療機器、製薬企業にて日本、東アジアのコンプライアンス責任者を務める一方、業界団体において企業倫理・ガバナンスを担当する部門の責任者として業界全体の倫理・コンプライアンス意識の向上にも貢献。2020年より現職。

従来の事後レビュー型による課題と、求められる連携の変化

製薬業界では、DXやAI活用の広がりに伴い、施策や外部連携のあり方が多様化しています。こうした変化の中で、コンプライアンス部門との連携体制が、施策の実行スピードや承認プロセスに影響する場面が増えています。

吉澤氏は、従来の「できあがった企画を後からレビューし、必要に応じて止める」という事後レビュー型のコンプライアンス部門の関わり方がまだ多くの組織で見られると指摘。しかしこの進め方では、企画が固まった後にリスクが指摘されるため、大幅な修正や差し戻しが発生しやすくなります。結果として、施策全体のスピード低下につながりやすくなります。


日本企業における新規事業決定プロセスの課題
2026.4.16 (株)Medii 『ゲートキーパーからナビゲーターへ - リスク管理をイノベーションの駆動力に変える、戦略的ガバナンス』講演資料より抜粋(吉澤 尚 氏作成)



内田氏も外資系企業での経験を踏まえ、同様の課題に言及。コンプライアンス部門が「事前に承認する窓口」として機能している場合、事業部門側も「通す(=事前承認を得る)ために相談する」という意識になりがちで、本来は早い段階で共有すべき情報も後回しになりやすい傾向にあるといいます。

今回のセミナーでは、コンプライアンス部門の役割を、こうした「ゲートキーパー(門番)」から、事業をともに前進させる「ナビゲーター(ビジネスパートナー)」へと転換していく必要性について議論されました。

ブルー・レッド・ブラック - 事象ごとのリスクを色で分ける3ゾーン分類

リスクとどう向き合うかを考える上で吉澤氏が提示したのが、事業活動の各種事象を以下3つのゾーンで捉える考え方です。

  • ブルーゾーン:法令違反や信用上のリスクが低く、積極的にイノベーションを進めてよい領域
  • レッドゾーン:リスクは存在するものの、適切な管理体制を敷くことで前進できる領域
  • ブラックゾーン:重大な法令違反や企業存続に関わる問題に直結するため、踏み込んではならない領域


吉澤氏は「全てを白か黒かで判断するのではなく、レッドゾーンをいかに管理しながら進めるかが、コンプライアンス部門の役割を考える上で重要」であると話しました。マーケティング担当者にとっても、施策を「危ないから止める」「安全だから進める」の二択で見るのではなく、どこに調整の余地があるのかを見極める視点が欠かせません。

これに対し内田氏は、サノフィでも同様の概念である「Thoughtful Risk Taking(TRT):取りうるリスクかどうかを慎重かつ戦略的に見極める考え方」を導入していると説明しました。案件がどのゾーンに位置するかを、相談者がコンプライアンス部門と一緒に仕分ける取組みを進めており、その後のリソース配分を考える上でも大切なプロセスになっているといいます。

施策のリスク判断を難しくする2つの落とし穴

リスク判断をしていくにあたり、方向の異なる2種類の落とし穴が存在することを両氏は指摘しました。

1つは、問題のない事象まで危険と見なして止めてしまうこと(False Positive, 保守的過ぎる判断)で、もう1つは、本来は慎重に見るべきリスクを見逃したまま進めてしまうこと(False Negative, 楽観的過ぎる判断)です。前者は機会損失につながり、後者は事故発生を招きかねないため、コンプライアンス部門の真の役割はこれらの適切なバランスを見極めることであるとも言えます。


リスク判断における2つの誤り
2026.4.16 (株)Medii 『ゲートキーパーからナビゲーターへ - リスク管理をイノベーションの駆動力に変える、戦略的ガバナンス』講演資料より抜粋(吉澤 尚 氏作成)



保守的過ぎる判断について、内田氏は大きな組織ほど経験の蓄積や事前承認プロセスの重さから止める判断に傾きやすい傾向があると指摘。また吉澤氏は、コンプライアンス部門が最終段階でチェックに入ると、十分な検討時間が取れないため手元にある情報のみで判断するしかなく、保守的過ぎる判断に傾きやすくなることを補足しました。

コンプライアンス部門は厳しければよいわけでも、柔軟であればよいわけでもありません。一方で、施策が止まりやすくなる背景にはこうした判断構造があることを、マーケティング担当者側も理解しておくことがより良い連携のあり方を考える上で重要です。

企画初期からの関与が変える、コンプライアンス部門との連携

施策の手戻りを防ぎ、判断の質を高める上で両氏が強調したのが、コンプライアンス部門が関与を始めるタイミングを、企画初期へと前倒しすることでした。企画の構想段階からコンプライアンス部門が関わることで、リスクの性質をより早く把握し、施策の設計段階で調整しやすくなるからです。

吉澤氏は「早い段階で相談があれば、レッドゾーンに近い案でも進め方を見直すことで代替案を提示できる」と述べ、企画初期から対話を重ねることで、施策の実現可能性を広げられるとの見解を示しました。

また、両氏はルールそのものだけではなく、ルールが決められた背景を共有することの重要性にも触れました。背景まで理解していれば、現場でも考えながら動きやすくなります。


リスクベースアプローチによるルールの浸透
2026.4.16 (株)Medii 『ゲートキーパーからナビゲーターへ - リスク管理をイノベーションの駆動力に変える、戦略的ガバナンス』講演資料より抜粋(吉澤 尚 氏作成)



あわせて、健全な意思決定には、意思決定者助言者情報共有の対象といった関係者の役割を早い段階で整理しておくことが欠かせません。誰が最終的に意思決定し責任を負うのかを明確にするだけでなく、助言者が実質的な意思決定者になってしまわないことも肝心です。

また、本来は後から情報共有すれば十分な相手まで初期段階から巻き込んでしまうと、確認や調整が増え、結果として施策推進の妨げになる場合もあります。こうした役割分担が曖昧なまま進行すると、判断の遅れや責任所在の不明確さにつながりやすいと指摘しました。

マーケティング部門が意識したいコンプライアンス相談

内田氏は、相談の「タイミング」だけでなく「中身」も重要であることにも言及。施策の目的や対象、気になっている論点をある程度整理した上で相談することで、コンプライアンス部門側も単なる可否判断にとどまらず、進め方の選択肢まで含めて示しやすくなるからです。その上で、「単に可否の判断を求める場ではなく、どうすれば進められるかを一緒に考える場として活用してほしい」と話しました。

また、こうした伴走型の連携を実現するには、日常的なコミュニケーションの積み重ねが、初期段階から相談しやすい関係の土台になります。コンプライアンス部門を最後に確認する相手として遠ざけるのではなく、普段から相談しやすい相手として関係を築いておくことが大切です。

続けて吉澤氏は、サプライチェーンや開示対応など、1つの部門だけでは判断しにくいテーマが増えている近年の現状を説明。マーケティング施策の承認可否だけでなく、社内外の関係者を含めてどう進めるかまで視野に入れた対応が求められているため、コンプライアンス相談を「論点を早めに共有する場」として捉えることが施策の前進に欠かせないポイントであると強調しました。

コンプライアンス部門との早期からの連携で、施策の質とスピードを両立する

デジタル施策や外部連携が広がる中では、単純な「OK/NG」の判断だけでは対応しきれない場面も増えています。だからこそ、コンプライアンス部門を最後の確認先ではなく、施策実現に向けて論点を整理するパートナーとして早期から連携できるかどうかが、施策・事業推進の質やスピードを左右します。

一方で、コンプライアンスのリソースは有限です。だからこそ影響の大きい領域や判断が難しい案件に優先的に関わる体制が重要になります。「ブレーキ役」から「伴走役」への転換は、コンプライアンス部門だけが取り組むテーマではなく、マーケティング部門を含む組織全体で進めることで、施策の質とスピードの両立につながります。




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