#2 「審査の限界」は実在しない?AIがもたらすボトルネック解消|AI時代のコンテンツマネジメント法

製薬企業では、コンテンツ量の増加とチャネルの多様化により、制作・審査・運用の各プロセスが複雑化しています。その結果、スピードや柔軟性が求められる一方で、MLR(メディカル、法務、薬事)レビューを中心とした従来の運用が限界を迎えつつあるのも事実です。
本記事では、日本の製薬企業が直面するコンテンツ変革の課題と可能性を整理しながら、人工知能(AI)がコンテンツ制作の効率化だけでなく、コンテンツライフサイクル全体の在り方をどのように変えうるのかについて、Veevaの共通見解を提示します。
(Veeva Japan株式会社 プリンシパルビジネスコンサルタント クリス・ティリー × アステラス製薬株式会社 オムニチャネル戦略・オペレーション担当ディレクター 加藤 圭 氏)
日本の製薬企業の審査プロセスの限界
製薬企業は、複数のチャネルを通じて医療関係者(HCP)に適切な情報提供を行うるために、膨大な量の資材を作成しています。コンテンツの需要の増大に伴い、MLR(メディカル、法務、薬事)レビューのアノテーションは年間50万件を超えていますが、MLRレビュー担当者の人数は横ばいにとどまっています。

世界の製薬業界ではコンテンツ制作に年間数十億ドル規模の予算が費やされていますが、日本においては市場独自の制約や課題により、コンテンツ1件あたりの制作単価がグローバル平均を上回る傾向にあります。1)
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日本の製薬コンテンツ制作の課題と可能性
Veevaは、アステラス製薬株式会社のオムニチャネル戦略・オペレーション担当ディレクターである加藤 圭氏に、日本の製薬企業がコンテンツの制作・運用プロセスの改善において直面している課題について見解を伺いました。
加藤氏:日本の製薬業界の環境は劇的に変化していると感じています。
臨床的な差別化の維持が難しくなり、ポートフォリオが複雑化する中で、各社が顧客体験(CX)で競争する傾向は強まっています。ケアパスウェイ全体で医療関係者、患者、ステークホルダーをいかに効果的にサポートするかが、製品自体と同じくらい重要です。
こうした環境では、コンテンツは単なるプロモーションの成果物ではなく、ステークホルダー全体にCXを提供するための構成要素の一つとして考える必要があるでしょう。
しかしそのためには、目下、主に3つの大きな課題があると考えています。
①コンテンツ運用方法が再利用やパーソナライズに対応していない
多くのチームが依然として直線的かつコンプライアンス重視の方法でコンテンツを制作・運用しており、パーソナライズや柔軟な対応の余地がほとんどありません。
例えば、異なるチャネルや対象者に向けてコンテンツのモジュール(部品)を再利用し適合させるシステムがないために、プロモーション資材用とWebサイトの記事用に同じコンテンツをそれぞれ作成しているケースなどです。
②CX起点のコンテンツ拡張に組織・ガバナンスが追いついていない
プロモーション資材の枠を超えて、CX主導でコンテンツを拡大するには、新しいガバナンスモデル、追加のスキル、そしてマーケティング、メディカル、審査を含むチーム全体での意識改革が必要です。
例えば、コンプライアンス要件により、メディカルチームとコマーシャルチームが別々のコンテンツ審査・承認プラットフォームとワークフローを使用しなければならない場合、コンテンツの調整がより複雑になり、承認が遅くなる可能性があります。
③コンテンツ増加により審査工程が限界を迎えている
サイロ化したシステムと手作業のプロセスでは、コンテンツ量が増加するにつれて効率が低下します。これは特にMLRレビュー担当者の負担が大きくなりすぎている場合に顕著です。
一方、大きな機会もあると考えています。日本はデジタル受容性が高く、豊富な自社データがあり、現場チームは新しいアプローチを試みる意欲が高いことが多いです。
当社のモジュラーコンテンツのパイロット試験でも、コンプライアンスが確保され、メリットが明白であれば、チームは現代的なワークフローを迅速に学習し、採用できることが分かりました。
このことから、日本の製薬企業には、チャネルや対象者ごとに個別に制作するコンテンツ運用から、各コンテンツをモジュール化し、医療関係者・患者・社内向けに組み替えて動的に使用する運用へと移行できる余地があると考えます。
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日本の製薬業界の審査の厳しさは解釈のニュアンスによる
加藤氏:グローバルと比較して、日本では地域特有のワークフロー、独自のシステム統合、そして規制の慎重な解釈がよく見られます。
イギリスや北欧のプロモーションコードに携わった経験から言うと、「日本の規制は特に厳しい」という業界の一般認識は、ほとんどが解釈のニュアンスとリスク許容度の問題であり、実際のルールに起因するものではないと私は考えています。この実態に即すと、実は日本はパイロット市場として有利だともいえます。
日本の製薬企業での規制が、実際には解釈とリスク許容度の問題だと理解しているチームは、MLRレビュー担当者との関係構築と方針調整ができれば、承認をより効率的に進めることができるでしょう。さらに、部門横断で強固に連携できれば、一部のグローバル地域よりも素早くモジュール化やAI主導のアプローチを実装し、テストできるといえます。
審査プロセスにAIを活用する
コンテンツの量と多様性が増す中で、迅速かつコンプライアンスを順守した提供を実現するには、従来のMLRレビューの手法だけでは対応が難しくなりつつあります。この課題に対し、AIを活用したアプローチが、プロセス全体を前進させる打ち手として注目できるとVeevaは考えます。
デジタル化の次の変革への期待
長年にわたり、コマーシャル部門は手作業と紙ベースのシステムを使っていました。その一方で、コンテンツ制作部門はデジタルのソリューションに移行し、ワークフローを合理化し、協働を進め、プロモーション資材制作の新しい方法を生み出しました。そして組織全体でデジタルコンテンツの活用が始まり、業界のデジタル化が進みました。
現在、次の変革として、一部の製薬企業でAIのテスト運用が始まっており、効率、スピード、品質管理、レビュー担当者の満足度の向上が期待されています。Veeva独自のデータからは、大手ライフサイエンス企業の80%以上がコンテンツ作成と審査プロセス、タグ付け、品質チェックへのAI利用を模索していることが分かっています。
加藤氏は、MLRレビューに対するAIへの期待を以下のように述べます。
加藤氏:AIは人間の判断を代替するのではなく、強化するべきです。科学的な監視とコンプライアンスを維持しながら、レビュー担当者を以下のような反復的なタスクから解放することができます。
- 訴求内容、参照、一貫性、規定の記載事項の自動チェック
- 潜在的なリスクのハイライト表示や代替表現の提案
- 既に承認・検証済みのコンテンツやモジュールを検出し、審査を加速
AI活用の目標は、レビュー担当者を管理業務から解放し、一貫性、公平性、そしてメディカル、法務、薬事上の判断にきちんと集中できるようにすることです。
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MLR特化型AIエージェントが審査の位置付けを変える
コンテンツ制作部門が、的確かつコンプライアンスを順守した資材を作成するためには、高度なスキルを持つMLRレビュー担当者の専門知識が必要です。しかし、レビュー担当者はコンテンツ制作サイクルの後半になって関与するのが現状であり、そのために負担が大きくなっています。コンテンツ作成により積極的に関与し、可視性を確保しなければ、レビュー担当者はボトルネックと見なされ、冗長なレビューに時間を費やし続けることになるでしょう。
そうした課題をAIが打破し、MLRレビューを変革できるのではないかという期待が高まっています。
ただし、審査の最終判断は引き続き人間が行うことが前提です。日本製薬工業協会のコンプライアンス規定は、特に監査やコンプライアンスのエビデンス文書化といったプロセスにおいて、人間の介入を求めています。2)
日本国内向けコンテンツのプレレビューを実施するAIエージェントの導入は、コンテンツ制作・運用を見直す取り組みの一つとなります。
AIを活用した新たなアプローチでは、人間による審査の前にコンテンツをMLR要件を満たした状態に整えます。品質、スピード、信頼性を重視し、以下のような点をチェックすることで、MLRプレレビューの効率化を図ることができます。
- 編集ルール:誤字脱字や不自然な文法表現、禁止されている表現を特定
- ブランドガイドライン、国内の規制: 著作権、商標、プライバシーに関する表記や画像の使用ルールを確認
- チャネルルール:購読解除オプション、QRコード、サイズ、アクセシビリティなどが、各チャネルの要件を満たしているかを確認
こうしたAIによるMLRレビューの強化は、大きな競争優位性をもたらす可能性があります。レビュー担当者は、コンテンツ作成においてより積極的な役割を果たし、サイクル終盤での手戻りを減らすための時間を確保できます。AIに支援されたMLRチームは、以下の成果を提供できます。
- レビューの迅速化:サイクルタイムを最大75%※短縮
- 品質とコンプライアンスの向上:レビュー担当者の注意をハイリスクなコンテンツに集中
- レビュー担当者の体験向上:反復的な管理・手作業のタスクを削減
- 対面会議の削減:対面会議の必要性を減らし、長期的には排除
※Veeva独自データより算出
ただし、AIモデルは、学術用語や薬機法などの規制関連の用語を高精度に認識し、コンテンツの検証中にメディカルあるいはプロモーション上のニュアンスを損なわないことが求められます。厳格な地域環境でレビュー担当者を効果的に支援するためには、ローカライズされた規制文書、コンプライアンス履歴、組織固有の要件について特別にトレーニングされたAIが必要となるでしょう。
このようなMLRレビューへのAI活用は、審査工程を効率化し、製薬コンテンツ制作における審査の立ち位置を変える一手となり得ます。さらに次回は、こうしたAI活用がコンテンツ運用全体にどのような変化をもたらすのか、また現場のプロセス変革をどのように進めていけばよいのかについて、加藤氏の見解も交えながら、さらに掘り下げていきます。
<出典>※URL最終閲覧日2026.02.13
1)SNS Insider, 2025.07, Healthcare Digital Content Creation Market 2032 (https://www.snsinsider.com/reports/healthcare-digital-content-creation-market-7661)
2)日本製薬工業協会データサイエンス部会, 2023.05, 2022年度タスクフォース 1-1「データマネジメントにおける AI の活用」, データマネジメントにおけるArtificial Intelligenceの活用~これから始めるAI (https://www.jpma.or.jp/information/evaluation/results/allotment/g75una00000024me-att/DS_202305_2022TF1_1_AI_DM.pdf)
■ゲスト寄稿者
加藤 圭 氏
アステラス製薬株式会社 オムニチャネル戦略・オペレーション担当ディレクター
アステラス製薬株式会社、グローバルオムニチャネル戦略・オペレーション組織に所属し、日本事業においてDirectorを務める。日本と欧州を拠点に、オンコロジーや神経・精神疾患領域を中心としたグローバルおよび日本市場のブランド戦略、オムニチャネル変革を10年以上にわたりリードしてきた。グローバルおよび主要マーケットにおいて、ブランド戦略と連動した顧客体験設計、データ・AIを活用したエンゲージメントを推進。グローバルとローカル双方の視点を活かし、メディカルとコマーシャルを横断した顧客エンゲージメント構築に取り組んでいる。
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