#3 エンゲージメントを加速するAIと連携基盤|データ連携で導く真の顧客価値

前回は、顧客理解を深め、エンゲージメントをさらに高めていくための取り組みについて述べてきました。その取り組みを推進していくうえで不可欠となるのが、各種プラットフォームの連携です。今回は、そうした連携の意義と、その上でAIがもたらす本質的な価値について解説します。
(Veeva Japan株式会社 コマーシャルストラテジー バイス・プレジデント 山下篤志)
データとソフトウェアの連携によって最大化されるエンゲージメント
これまで述べてきた通り、データの資産化やタグの構造化によって顧客の解像度を高めることは非常に重要です。しかし、それらの価値を実際のエンゲージメント活動に結びつけ、さらにその効率と精度を高めていくには、ソフトウェアとデータの連携が不可欠です。
具体的には、以下のような各種プラットフォームの連携が求められます。
- コンテンツを管理するプラットフォーム
- 顧客データや活動データを管理するプラットフォーム
- エンゲージメントの実行を担うプラットフォーム
これらが個別に存在し、データが分断されたままの状態では、顧客を中心に据えた統合的なマーケティング活動を展開することは極めて困難です。仮に可能であっても、変化の早い現場に対応するスピードと柔軟性を確保することは難しくなります。

もちろん、これらのツールやプラットフォームはモジュール単位でも価値を発揮するべきですが、相互に連携させることで、より大きな戦略的価値を創出できます。
MAの本質はマーケティングの統合運用ハブ
例えば、MA(マーケティング・オートメーション)について考えてみましょう。
しばしば「パーソナライズされたメッセージを配信する自動メールツール」と考えられがちですが、本来MAは、マーケティング・エコシステム全体を統合・運用するための中核的プラットフォームです。
- エンゲージメント計画の立案
- コンテンツ配信の実行
- 各チャネルでの反応や行動の分析・可視化
これらの一連のマーケティング活動を、データと連携しながら一気通貫で実現するのがMAの本質です。したがって、MAは「データやCRM/CDP※から切り離された独立ツール」ではなく、リアルタイムにWhat(どのコンテンツを)・How(どのチャネルで)を最適化するハブとして活用されるべきです。
※CRM(Customer Relationship Management)/CDP(Customer Data Platform)
これにより、製薬企業が推進するオムニチャネル戦略の中核としても、MAは大きな価値を果たすことができます。
さらに重要なのは、連携が必要なのはソフトウェアとデータだけではないという点です。実際のエンゲージメント活動を支えるには、次の4つが一体となって動かなければなりません。
- ソフトウェア(プラットフォーム)
- データ(顧客・行動・反応)
- プロセス
- 組織(人)
これらが有機的に連携してこそ、顧客の現在地から目的地までをスムーズにナビゲートできます。つまり、エンゲージメントとは個別の部門活動ではなく、全社的な統合活動として機能するべきなのです。

AIによってもたらされるべき本来の価値
ここまで、マーケティング活動における「データ」「ソフトウェア」「プロセス」「人」の連携の重要性を見てきましたが、実際の現場では、設計や運用に関わるリソースの制約が大きな課題となっています。新たに発生するデータへの対応や、施策の最適化など、すべてを人力だけで実行していくのは現実的ではありません。
こうした中で、AIの果たすべき役割は日々拡大しています。コンテンツ管理、データ管理、チャネル管理などを支えるアプリケーションは今後も必要不可欠であり、完全にAIがそれに取って代わることはありません。しかし、マーケティング・エコシステム全体において、AIがもたらすインパクトは非常に大きいといえるでしょう。
忘れてはいけないのは、「AIがすべてを自動化・解決してくれる」という幻想を抱かず、既存のアプリケーションや人の判断と連動し、どのプロセスでAIを活用すべきかを見極める視点です。
AIの活用が効果を発揮する具体的な領域として、以下が挙げられます。
1. コンテンツレビュープロセスの支援
例えば、コンテンツの品質レビューでは、以下の観点などでAIを活用でき、レビュー時間の短縮や品質の標準化を図ることが可能です。
- 初期チェックの自動化
- 言語・用語の整合性確認
- 重複表現の指摘
一方で、コンテンツに盛り込むべき「情報の中身」や、「その情報が本当に必要かどうか」といった判断は、依然として人の戦略的視点に依存します。
2. コンテンツ・サプライチェーンでのインサイト抽出
生成された膨大な施策データの中から、次の一手となるインサイトを抽出するプロセスには、AIが大きな役割を果たします。「どのような顧客層に、どのタイミングで、どのメッセージが効果的だったか」などを迅速に分析し、次の施策にフィードバックすることが可能です。
3. フリーテキストや音声データからのインサイト抽出
情報提供ガイドラインへの配慮から、フィールドでのフリーテキストの入力を制限している企業は少なくありません。その結果、貴重なインサイトがデータ化されずに終わるというジレンマが発生しています。こうしたインサイトを可視化することは、前回述べた「結果(Result)」 の記録精度を高めるうえでも有効です。
この課題に対しても、AIを活用したチェック・インサイト抽出の導入や、音声入力や文字起こしアプリとの連携により、効率的かつガイドラインに準拠した情報収集の可能性が広がります。
4. タグ設定や現在値の割り出しなど、プロセスの自動化
タグ付けの自動補助、顧客の現在地(理解度・関心度・位置づけ)の推定、顧客ジャーニーに沿った次の推奨アクションの提示など、マーケティングプロセスの各所にAIが活用可能です。
特に、マルチチャネル環境下におけるROIの算出は、従来の手法では困難を極めていました。複数チャネルを横断した接触履歴、反応、行動結果を正確に統合・分析するためには、AIによるパターン検出や因果関係の推定が有効です。
実際に、AIを活用してマルチチャネル施策の効果分析を高度化しはじめている製薬企業も出てきており、今後、AIは「施策の効率化ツール」から「意思決定の補佐役」へと進化していくと考えられます。
AIは決して人や既存システムの代替ではなく、人とシステムの“つなぎ目”で力を発揮する存在です。
- 効率化すべき部分を自動化し、
- データからの示唆を抽出し、
- 属人性を補いながら意思決定を支援する
このような活用方針を明確に持つことで、AIは顧客中心のマーケティングを全社でナビゲートする力強いエンジンとなるはずです。
終わりに
3回にわたり、「顧客を知る」ことと「顧客に応える」ことの重要性を中心に、実際に考慮すべき点をいくつかご紹介させていただきました。
AIの進化は目覚ましく、医療関係者をはじめデジタル化とAIの活用が進む中で、製薬企業の顧客エンゲージメント活動やマーケティング・エコシステムにおいて、AIを活用しないという選択肢はもはや存在しません。ただし、目的が「顧客を知る」ことと「顧客に応える」ことにあることは念頭においておく必要があります。
この目的を達成するためには、データを資産として整備し、ソフトウェアと連携させ、「点」ではなく「線」としてつながった活動へと転換することです。それにより、製薬企業のマーケティングは単なる情報提供の枠を超え、医療関係者や患者さんへの真の価値提供へと進化していきます。
AIはこれらのプロセスと連携することでこそ、その本領を発揮します。AIの導入にあたっては、組織全体でのChange Management(変革管理)が不可欠であることを理解していただきたいと思います。
顧客起点で、自社のマーケティングプロセス・プラットフォーム・データのあるべき姿を見つめ直し、顧客に最高の価値を提供する。私たちは、その先にいる患者さんの人生にもより良い貢献をしていくために、ソリューションの提供を含め、今後もナレッジを共有してまいります。
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