【書評】『ザ・ニューロマーケティング』から考えるコミュニケーション設計|編集部が選ぶ!製薬マーケティングに効く一冊 #01

【書評】『ザ・ニューロマーケティング』から考えるコミュニケーション設計|編集部が選ぶ!製薬マーケティングに効く一冊 #01

「マーケティングはセンスではなく、『測れる才能』である——それを可能にするのが、本書のテーマであるニューロマーケティングです」。

Medinew編集部による新シリーズ「編集部が選ぶ!製薬マーケティングに効く一冊」では、製薬マーケターの実務に役立つおすすめ本を紹介します。第1回は、遠藤貴則氏著『ザ・ニューロマーケティング』。脳科学や行動科学の理論や研究をもとに、人が「選ぶ理由」を読み解いた一冊です。

今回の一冊

書影_ザ・ニューロマーケティング

『ザ・ニューロマーケティング 最新の科学が暴いた消費者の「買いたい」を行動につなげるビジネス戦略』
著者:遠藤貴則、監修:小山 竜央
2025年11月12日発行
発行:株式会社KADOKAWA

著者について

著者の遠藤貴則氏は、かつて米国の国家資格を持つ医療関係者として薬物依存治療に携わっていました。治療成績を向上させ、専門家として高く評価されていた一方、治療を終えたはずの患者が再び戻ってくる現実にも直面します。その経験をきっかけに生まれた「質の高いサービスさえ提供すれば人は合理的に選択する」という前提への疑問から、ニューロマーケティング探究へと関心が広がっていきます。

ニューロマーケティングとは

本書の核となるテーマである「ニューロマーケティング」について、本書では以下のように定義されています。

ニューロマーケティングとは、神経科学心理学行動経済学といった科学の知見と、従来のマーケティング戦略を融合して、人間の脳や無意識レベルの反応を理解し、ビジネスに活用しようというアプローチです。


アンケートやインタビューといった従来のマーケティングリサーチでは捉えきれなかった消費者の感情直感潜在的な欲求を、ニューロマーケティングにより可視化し、より的確なマーケティング戦略が設計できるようになることを目的とします。

本書が提示する主要なフレームワークと理論 

本書は全21章にわたり、以下のような理論をビジネスへ応用するステップについて、研究や企業事例を交えながら解説しています(一部を紹介)。

  • 人間の意思決定システムとバイアス

人間には、直感的・感情的な「システム1」と、論理的・熟考的な「システム2」という2つの思考モードがあり、意思決定は多くの場合、システム1による瞬時の反応に強く影響されます(ダニエル・カールマン「システム1とシステム2の思考モデル」)。また、意思決定を歪める主要な15種類のバイアスについても紹介されています。


  • 感情的価値とブランドデザイン

そのブランドを使うと、どのような「感情的体験」が得られるのかという要素が、購入やファン化を左右する重要な鍵になっているとし、感情的価値を生み出すブランドデザインのポイントを解説しています。「なんとなく好き」という感情的反応が、神経レベルで計測可能な効果として現れていることが、複数の研究から明らかにされています。例えば、単なる事実の羅列よりも、物語(ストーリー)を伴う情報の方が記憶に定着しやすく、共感を生むことが説明されています。


  • ナッジによる行動誘導

ナッジ理論は、選択の自由を保ちつつ、環境設計を変えることで望ましい行動へと誘導する手法です。Amazonの「あと2個で送料無料」といったメッセージの見せ方を変えるフレーミング効果など、ナッジ手法のバリエーションが実例付きで解説されています。

前提が変わると、何が変わるか

本書が提示する意思決定のメカニズムをふまえると、医療関係者や患者・一般向けコミュニケーションの設計で役に立ついくつかの視点が考えられます。

読み手に考えさせないコンテンツにする

本書で紹介されていた2015年のMicrosoftの調査によると、人間の平均的な集中力は約8秒で金魚よりも短いとされており、集中力が持続しにくいにもかかわらず、私たちは日々膨大な情報にさらされているといいます。

そのような環境では、情報量が多いだけで脳は処理を後回しにし、理解に時間がかかるメッセージは選択肢から外れてしまう可能性があります。

正確さだけではなく、理解されるか。
網羅性の前に、認知負荷は低いか。

複雑な製品特性や疾患情報を扱う製薬企業のコミュニケーションは、どうしても情報密度が高くなりがちです。そうした情報を届ける立場だからこそ、この「脳の処理限界」という視点は意識しておきたいポイントです。

記憶と感情を考慮したブランド設計を考える

本書では、「記憶に残るブランドストーリー」や「感情に訴えるデザイン」といったテーマが扱われています。人は論理情報だけでなく、感情を伴った体験のほうが記憶に定着しやすいこと、また無意識のレベルで形成された印象が意思決定に影響を与えることが示されています。

システム1とシステム2の思考モデルを考えると、処方の場面で必ずしもすべての選択肢が平等に比較検討されるとは限りません。自社ブランドがいざという時に思い出される状態をつくれているか。製薬マーケティングにおいても、「記憶」と「感情」という観点からブランドのあり方を捉え直す必要がありそうです。

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行動変容を促す「選択の環境設計」という発想

ナッジの章では英国の乳がん検診通知の事例が紹介されており、具体的には受診通知で「多くの方がこの検診を受けています」という社会規範を示すメッセージや、「受診しないと将来のコストが増えます」という損失回避の視点を取り入れたところ、受診率向上が確認されたといいます。

このように、例えば疾患啓発のコミュニケーションにおいても「正しい情報を伝える」ことに加えて、「どの視点で語るか」「どんな社会的文脈を添えるか」によって受け止められ方は変わる可能性があります。情報提供の内容や頻度を増やすよりも、意味づけを整える。その発想は実務に応用できる示唆のひとつといえそうです。

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人間の意思決定プロセスを理解し、戦略の精度を高める

本書が繰り返し示しているのは、意思決定の裏側には無意識やバイアスが常に影響しているという事実です。情報があふれる環境の中でどう理解されるか、どんな形で記憶に残るか。そうした視点で設計を考えると、同じエビデンスでも届き方は変わってくるのかもしれません。

マーケティングに携わる方にとって、これまでの前提を改めて見直すきっかけや、そのヒントが多く含まれている一冊だと感じました。