誰もが“読める・使える”サイトに。製薬企業のWebアクセシビリティ入門

患者さんや生活者に向けて医薬品情報を発信する製薬企業にとって、Webアクセシビリティの対応は「情報が正しく届くかどうか」を左右する重要な視点の一つです。
近年では、障害者差別解消法の改正により民間企業にも合理的配慮の提供が義務化されるなど、Webアクセシビリティを取り巻く環境は大きく変化しています。また、SDGsやESG経営の文脈でも、誰もが情報にアクセスできる設計が企業姿勢の一部として問われるようになってきました。
本記事では、製薬企業のWebサイト運用を想定しながら、Webアクセシビリティの基本的な考え方や国際基準、実務上押さえておきたい対応ポイントを整理します。
Webアクセシビリティとは?なぜ製薬企業にWebアクセシビリティ対応が求められるのか
Webアクセシビリティとは、年齢や障害の有無、利用環境にかかわらず、全ての人がWeb上の情報やサービスを支障なく利用できる状態を指します。
製薬企業のWebサイトは、患者さんやその家族にとって、治療や薬に関する情報を得るための重要な接点の一つです。
日本製薬工業協会が実施した「患者さん及びご家族の医薬品情報の入手に関する実態調査(速報)」では、薬に関する情報入手経路について、タイトルや内容が同一で、発信元のみが異なる情報(PMDA、学会、病院、製薬企業)を提示したところ、最も多く選ばれたのが「製薬企業のサイト」であったことが示されています。※1
この結果からも、製薬企業によるWebサイトは、患者さんにとって重要な情報源となっていると考えられます。
ところが、こうした信頼を前提としたWebサイトであっても、利用者の環境によって情報の取得や操作が制限されてしまうケースは少なくありません。例えば以下のようなケースが考えられます。
- 文字と背景のコントラストが不十分で読みにくい
- 画像や図表に説明がなく、読み上げソフトでは内容が把握できない
- 動画に補足説明がなく、情報が十分に伝わらない
- PDF資料がスクリーンリーダーに対応していない など
これらの制約は、加齢による視力や聴力の低下、色覚特性、一時的な体調不良やケガ、あるいは騒音の中でのスマートフォン利用など、利用者の状態や利用環境によって誰にでも起こり得ます。
製薬企業のWebサイトに求められているのは、情報を掲載することだけではなく、必要とする人に必要な情報がきちんと届く状態を整えることです。製薬企業がWebアクセシビリティに取り組むことは、特定の利用者への配慮にとどまらず、情報提供の質を担保するための基盤として位置づける必要があります。
製薬企業のWebアクセシビリティへの対応状況
製薬業界でも、Webアクセシビリティへの対応を明確に打ち出す企業は徐々に増えてきました。すでにいくつかの企業はアクセシビリティ方針の公開や、国際ガイドラインに基づいたWebサイト設計を進めており、情報提供の前提条件としてアクセシビリティを位置づけ始めています。
例えば、中外製薬株式会社では、Webアクセシビリティに関する方針を公式サイト上で明示し、ガイドラインに基づいた取り組みを継続的に行っています。
同社の創業100周年サイトは、2025年にデジタルマーケティング研究機構による第13回Webグランプリ「アクセシビリティ賞」でグランプリを受賞していました※2。誰もが利用しやすいWeb体験を目指した設計や配慮が、第三者評価として示された事例です。
また、第一三共株式会社やアステラス製薬株式会社も、それぞれWebアクセシビリティに関する考え方や対応方針をWebサイト上で公開しています。
Webアクセシビリティへの社会的要請と法制度の変化
Webアクセシビリティへの対応は、企業の自主的な取り組みや先進的な事例にとどまらず、近年では社会的要請および制度面からも求められるようになっています。
その象徴的な動きが、障害者差別解消法の改正です。2024年4月の改正施行により、これまで努力義務とされていた「合理的配慮の提供」が、民間企業においても義務化されました※3。
合理的配慮とは、障害のある人から何らかの配慮を求められた際に、過度な負担とならない範囲で必要な対応を行うことです。Webサイトも例外ではなく、情報取得や操作が困難な状態を放置している場合、対応が求められる可能性があります。
また、SDGsやESG経営の観点からも、Webアクセシビリティへの対応は重要性を増しています。
「誰一人取り残さない」というSDGsの基本理念は、情報へのアクセスにおいても同様です。誰が、どのような環境でアクセスしても、必要な情報にたどり着ける設計がなされているかは、製薬企業にとっても、企業の社会的姿勢やガバナンスの一部として評価される要素といえます。
「誰でも使えるWebサイト」のための設計ルール
先ほど述べた通り、Webアクセシビリティは「誰もがWeb上の情報やサービスを利用できる状態」を指します。ただ、実務において重要なのは、その考え方をどのような設計ルールとしてWebサイトに落とし込むかという点です。
Webアクセシビリティの国際基準「WCAG」とPOUR原則
Webアクセシビリティを具体的な設計や実装に落とし込むための共通言語として、国際的に広く参照されているのが「WCAG(Web Content Accessibility Guidelines)」です。
WCAGとは、Webコンテンツを誰もが利用できる状態にするための考え方や要件を体系的に整理したガイドラインであり、国や業界を問わずアクセシビリティ対応の判断軸として用いられています。
WCAGの根幹となっているのが、「POUR原則」と呼ばれる4つ(知覚可能:Perceivable、操作可能:Operable、理解可能:Understandable、堅牢:Robust)の視点です。これは、Webコンテンツが満たすべき要件を、次の図のように4つに整理したものです。

WCAGでは、この原則に基づいて具体的な達成基準が定められており、対応の程度に応じて適合レベルA、AA、AAAの3段階に分類されています。
全ての基準を満たすことを目指す必要はありませんが、実務上は「最低限の対応」とされるレベルAに加え、より多くの利用者に配慮したレベルAAを目標とすることが一般的です。

日本では、このWCAGをもとにした規格として「JIS X 8341-3:2016」が整備されており、官公庁だけでなく民間企業でも、この基準に準拠したWebサイト設計が推奨されています。
製薬企業にとっても、Webアクセシビリティ対応を検討する際の判断軸として、WCAGやJIS規格の考え方を理解しておくことが重要です。
製薬企業がやるべきWebアクセシビリティ対応
Webアクセシビリティへの実務対応では、全てを一度に完璧に実装する必要はありません。重要なのは、優先順位を理解し、リスクの高い項目から段階的に対応していくことです。
WCAGでは、対応すべき内容が「達成基準」として整理されており、絶対に避けるべき項目、最低限対応すべき基本要件、さらに可能であれば取り組みたい標準的な要件と、実務上の優先度の違いが存在します。
ここでは、その中から製薬企業のWebサイト運用において特に影響が大きいポイントを抜粋して紹介します。
絶対にNGな項目【非干渉基準】
第一に押さえておくべきは、利用者の情報取得や操作を直接妨げてしまう項目です。これらはWCAGで「非干渉」に関わる基準として位置づけられ、該当すると、Webサイトの利用そのものに支障をきたす恐れがあります。
①音声の自動再生(WCAG 1.4.2)
ページを開いた直後に音声が自動再生されると、スクリーンリーダーによる読み上げ音と重なり、内容を正しく把握できなくなります。特に医薬品情報のように正確な理解が求められるコンテンツでは、意図しない音声再生は大きな妨げとなります。
②キーボードトラップ(WCAG 2.1.2)
キーボード操作のみでWebサイトを利用している場合、モーダルやポップアップを閉じられない状態は深刻な問題です。操作手段が限定されている利用者にとっては、ページから抜け出せなくなること自体が情報取得の断絶につながります。
③閃光(WCAG 2.3.1)
1秒間に3回以上の強い閃光を含む表現は、光感受性発作を引き起こすリスクがあります。注意喚起や演出の目的であっても、こうした表現は避けるべきです。
④動きの一時停止ができない(WCAG 2.2.2)
自動スクロールやカルーセルなどの動きが停止できない場合、内容を読むこと自体が難しくなります。利用者が自分のペースで情報を取得できるよう、動きを制御できる設計が必要です。
最低限対応したい項目【適合レベルA】
次は、Webアクセシビリティ対応の出発点として必ず押さえておきたい基本項目です。比較的対応しやすく、情報の伝わりやすさを大きく改善できます。
①リンクの目的を明示する(WCAG 2.4.4)
「こちら」「詳細はこちら」といった表現だけでは、リンク先の内容が分かりません。「副作用について詳しくはこちら」など、リンク単体でも意味が伝わる表現にすることで、スクリーンリーダー利用時の理解が向上します。
②画像にaltテキストを設定する(WCAG 1.1.1)
装飾目的ではない画像には、内容を説明する代替テキスト(alt)を設定することが必要です。図表やイラストの意図が言葉で補足されることで、視覚情報に頼らず内容を理解できるようになります。
できれば対応したい標準項目【適合レベルAA】
適合レベルAAは、より多様な利用者への配慮を実現するための標準的な対応レベルとされています。全てを一度に満たす必要はありませんが、可能な範囲での対応が望まれます。
①コントラスト比の確保(WCAG 1.4.3)
テキストと背景のコントラストが不十分だと、文字が読みづらくなります。WCAGでは、通常の文字サイズで4.5:1以上、大きな文字では3:1以上のコントラスト比を確保することが推奨されています。
特に高齢者や視覚特性のある利用者にとって、コントラストは可読性を左右する重要な要素です。
製薬企業におけるWebアクセシビリティ対応のメリット
Webアクセシビリティへの対応は、法令遵守や社会的要請への対応にとどまらず、Webサイト全体の価値を高める取り組みでもあります。
具体的には、次のようなメリットとして考えられます。
- SEO施策との親和性が高い
altテキストの設定、構造化HTML、意味のある見出し構造などは、検索エンジンにも評価されやすい設計です。 - 回遊率・滞在時間の改善につながる
読みやすさや操作性が向上することで、途中離脱を防ぎやすくなります。 - 幅広い利用者に「使われるサイト」になる
高齢者や視覚特性のある人に限らず、スマートフォン利用時や一時的な制約下でも使いやすい設計になります。
- 企業ブランディングや社会的信頼性の向上につながる
誰に対しても情報を届けようとする姿勢は、企業としての評価にもつながります。
- 法令・ガイドライン対応によるリスク低減
障害者差別解消法などへの対応を進めておくことで、将来的な運用リスクを抑えられます。
これらのメリットは、特定の利用者層だけを意識した結果ではなく、Webサイト全体の品質を高めた結果として得られるものです。Webアクセシビリティは、製薬企業のWeb制作の一過程にとどまらず、継続的なサイト運用や企業価値を支える基盤となる取り組みといえます。
信頼される製薬企業サイトに欠かせない、Webアクセシビリティの視点
製薬企業のWebサイトは、薬や治療に関する正確な情報を届ける存在として、患者さんやその家族から一定の信頼を前提に参照されます。信頼できる情報源であるからこそ、情報が「使えない」「見えない」状態であったときの失望や影響は小さくないといえます。
Webアクセシビリティへの対応は、特定の利用者への配慮にとどまるものではなく、必要な情報が必要な人にきちんと届く状態を整えるための基盤です。文字が読める、操作できる、内容が理解できるといった当たり前の体験を担保することが、結果として情報の誤解や取りこぼしを防ぎ、適切な理解や行動につながります。
医薬品や治療に関する情報が正しく届くことは、疾患啓発や治療継続の観点からも非常に重要です。
Webアクセシビリティは、Web制作上の一要素ではなく、製薬企業の情報提供の質や姿勢そのものを支える視点として捉える必要があるといえるでしょう。
※1 日本製薬工業協会, 患者さん及びご家族の医薬品情報の入手に関する実態調査―速報―, https://www.jpma.or.jp/information/evaluation/results/allotment/q83i5d0000001sda-att/PV_202407_PtSurvey-1.pdf ,2024.7.8
※2 中外製薬株式会社, 「中外製薬 創業100周年サイト」が第13回 Webグランプリにてアクセシビリティ賞グランプリを受賞, https://www.chugai-pharm.co.jp/info/58/, 2025.12.1
※3 内閣府, 改正障害者差別解消法が施行されました, https://www.cao.go.jp/press/new_wave/20240520.html ,2024.5.20
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