HaaSとは?製薬企業に広まる新しい価値提供のかたち
各業界でDXが進む中、製薬業界ももちろんその例外ではありません。その背景の中、従来からの役割である医薬品の開発を超えた幅広いヘルスケアサービスを展開する一部製薬企業の動きが見られています。
この記事では、製薬企業のDXを考える上での一つのキーワードである、HaaSについて解説します。
医薬品以外の価値を提供する製薬企業の新たな挑戦
Medinewでは、医療機器・治療アプリ開発など、医薬品以外での価値提供に踏み出す製薬企業が増えていることをお伝えしてきました。
そのような中、第一三共や塩野義製薬など大手製薬企業を中心に、医薬品のみを提供していた従来の創薬型製薬企業から、新たなプラットフォームを構築しヘルスケアサービスを提供する「ヘルスケアプロバイダー」にビジネスのあり方自体をシフトする企業の動向が見られています。
▼中期経営計画で医薬品以外の価値提供に関するビジョンを打ち出している企業の一例
製薬企業名 | 概要 |
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第一三共 |
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塩野義製薬 |
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住友ファーマ |
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田辺三菱製薬 |
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アステラス製薬 |
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これらの企業では、Patient Journeyのうち「治療」フェーズのみに焦点を当て医薬品のみの提供を行っていた従来の「創薬型」ビジネスから、「予防」や「診断」など他フェーズにも寄り添った幅広いヘルスケアサービスでPatient Journey全体をカバーする価値提供を行うことが目指されています。
上表にも登場するように、そのような企業のことを、HaaS企業と言います。
さまざまなヘルスケアサービスを提供する「HaaS」
HaaSとは「Healthcare as a Service」の略称であり、IEEE(Institute of Electrical and Electronic Engineers)が、2014年にヘルスケア産業におけるXaaSの形としてこのHaaSの考え方を発出しました11)。
HaaSに類似した単語に「SaaS」「MaaS」「PaaS」といったものが挙げられますが、それらに共通する「aaS」とは、いずれも「as a Service」の略称です。これらは、クラウド技術を用いてインターネット環境で利用できるサービスを意味します。こういった「aaS」全般を、総称で「XaaS」(X as a Service:ザース)と呼びます。
<代表的なXaaSの例>
- SaaS:Software as a Service。ソフトウェアをインストールせず、クラウド経由で利用できるサービス。メールソフトやブログサービス、Web会議システムなどがあります。
- MaaS:Mobility as a Service。クラウドを通じて統合された交通サービス。スマホでのチケット予約やリアルタイムな乗り換え情報提供などがあります。
- PaaS:Platform as a Service。アプリケーションを実行するために必要なプラットフォームがクラウド化されたサービス。サーバーやOSといった基盤がクラウド化され、その上でシステム開発を行うことができます。
HaaS企業は、従来の製薬・創薬の枠を超えて、データや技術を活用することにより幅広いヘルスケアサービスを提供する企業と定義できるでしょう。治療だけでなく、予防や診断、QOLの向上といった幅広いLife Journeyを支えるのが、HaaSの実現を目指す製薬企業のあり方となっています。
HaaSが注目されている背景
なぜ今HaaSが製薬業界で大きな注目を集めているのでしょうか。
IT技術の進展により、さまざまな業界でDX/データの利活用が推進されるようになりました。医療や製薬の現場でも、患者データのより精密な計測・分析や、新たなヘルスケアサービスの開発など、今までとは違う潮流が生まれています。
同時に、患者中心主義(Patient Centricity)の医療のあり方も広まりを見せています。患者中心主義とは、患者一人ひとりの視点に立ち、それぞれのLife Journeyを最優先にして医療を提供することを指します。このような医療のあり方を実現するためにも、患者データの収集と詳細な分析や、サービス内容の個別最適化は欠かせないものとなっています。
また、IT技術の進展の影響は企業側だけでなく、患者側にも及びます。インターネットを通じて医療情報にアクセスしやすくなり、受ける治療や服用する薬、取り入れるヘルスケアを選ぶ消費者の視点は、よりシビアなものになっていると言えます。
このような背景の結果として、製薬企業は単なる「医薬品提供者」からビジネスのあり方を見直し、包括的なソリューションを提供する「ヘルスケアプラットフォーマー」へと進化を遂げつつあると言えるでしょう。
医薬品による治療を超えたヘルスケアサービスが求められている
製薬業界におけるデジタルヘルスへの取り組みは、より包括的なHaaSという概念へと発展しつつあることを解説しました。この変革は、製薬企業に大きな挑戦をもたらすと同時に、新たな価値創造の機会を提供しています。
日本製薬工業協会は、デジタルヘルスを活用することで包括的なヘルスケアサービスを提供でき、より患者への貢献が可能となること、そしてこれからの製薬企業は医薬品による治療を超えてヘルスケアサービスを展開していくことが期待されることについて言及しています12)。
データセキュリティの問題や組織文化の変革など、HaaSを実現するために克服すべき問題は少なくありません。また、すべての製薬企業がHaaSに適しているわけではなく、企業規模や取り扱う疾患領域によって、その取り組み方は異なるでしょう。
それでも、患者中心の医療という大きな潮流の中で、HaaSは製薬企業が新たな価値を創造し、社会に貢献する重要な手段となる可能性があります。すでにデジタルヘルス産業には先行企業が存在しますが、製薬企業の強みは、医薬品の開発で培った専門的な知識や医療機関、患者との関係性にあるといえます。パートナー企業と協業することで、さらに製薬企業におけるサービス展開の可能性は広がってくるかもしれません。
これからの製薬業界には、より一層のデジタル化とサービスの多様化が見られるようになるのではないでしょうか。
<出典> ※URL最終閲覧日2024. 8.27
1)第一三共, 2021. 4. 5, 第5期中期経営計画(2021年度 – 2025年度), https://www.daiichisankyo.co.jp/files/investors/library/materials/2021/20210405_5th_MTP_J.pdf
2)第一三共, 第一三共株式会社 HaaS(ヘルスケア・アズ・ア・サービス), https://www.daiichisankyo.co.jp/about_us/dx/haas/
3)塩野義製薬, 2023. 6. 1, 中期経営計画「SHIONOGI Transformation Strategy 2030(STS2030)」, https://www.shionogi.com/content/dam/shionogi/jp/investors/ir-library/presentation-materials/fy2023/STS%20Revision_final2.pdf
4)塩野義製薬, 中期経営計画 STS2030 Revision(2023~2030年度), https://www.shionogi.com/jp/ja/company/strategy/sts2030.html
5)住友ファーマ, 2023. 4. 28, 中期経営計画2027, https://www.sumitomo-pharma.co.jp/ir/assets/pdf/ir20230428.pdf
6)住友ファーマ, Sumitomo Pharma フロンティア事業, https://www.sumitomo-pharma.co.jp/rd/frontier/
7)田辺三菱製薬, 2021. 3. 3, 中期経営計画21-25, https://www.mt-pharma.co.jp/news/assets/pdf/presen210303.pdf
8)田辺三菱製薬, 2021. 3. 3, MISSION、VISION 30、中期経営計画21-25の策定 -病と向き合うすべての人に、希望ある選択肢を。-, https://www.mt-pharma.co.jp/news/2021/MTPC210303.html
9)アステラス製薬, 2021. 5.26, 経営計画2021, https://www.astellas.com/en/system/files/210526_astellas_csp2021_external_jp2_1.pdf
10)アステラス製薬, 事業紹介, https://www.astellas.com/jp/about/our-business
11)医薬産業政策研究所, デジタルヘルスの進展から未来の医薬品産業を考える 「データ駆動型ヘルスケア」の一員として, https://www.jpma.or.jp/opir/news/058/02.html
12)日本製薬工業協会, デジタルヘルスの現状と課題 -製薬企業が取り組むにあたって-, https://www.jpma.or.jp/information/evaluation/symposium/rs40ob0000001506-att/04_JPMA_0208_SaMD.pdf