中外製薬が企業ブランディングに注力する理由とその成果とは ―テレビCM担当者に聞く

中外製薬が企業ブランディングに注力する理由とその成果とは ―テレビCM担当者に聞く

製薬業界では、医療関係者向けのデジタルマーケティングの強化が進む一方、TVなどの一般生活者向けのマス媒体に企業ブランディングを目的としたCMを出稿している企業もあります。製薬企業が、処方に直接関与しない一般生活者向けに施策を打つことには、どのような意味があるのでしょうか。
 
今回は、2014年から継続的にTVCMに取り組んできた中外製薬株式会社の広報IR部 広報&e-Comsグループの佐々木文子氏、蓑島由佳氏に、企業ブランディングに注力している理由と工夫しているポイント、得られた効果についてお聞きしました。

中外製薬の「革新性」を打ち出したTVCM「Innovation Lab」

―現在放映しているTVCMの概要を教えてください。
 
佐々木:2022年から、「Innovation Lab」というTVCMシリーズを制作しており、これまでに「抗体医薬」篇と「AI創薬」篇を放映してきました。2024年12月からは「がんゲノム医療」篇の放映を開始しており、現在は週1回ずつ2番組に出稿しているほか、時期によってはスポット出稿もしています。

中外製薬 企業CM「Innovation Lab/がんゲノム医療」篇 30秒 より引用

―「Innovation Lab」シリーズは、どのようなターゲット層に向けてどのようなメッセージを発信することを目的としているのでしょうか。
 
佐々木:ターゲット層は一般生活者全般です。その中でも、今後事業共創していきたいビジネスパートナーや求職者を特に意識しており、定期の出稿は報道番組に行っています。
 
このシリーズで伝えたいメッセージは、主に2つあります。1つ目が「患者中心」という当社の価値観です。全篇を通して、一見難しいが、一般生活者にも関心が高いトピックを取り上げています。俳優の松坂桃李さんを起用することで、これらのトピックを身近に感じてもらいながら、同時にその領域に接点を持っている企業として当社を認識してもらうことを目指しています。
 
もう1つは当社の「革新性」で、独自の技術やビジネスモデルを武器に先進的な取り組みを行っている「イノベーション企業」であることを印象づけたいと考えています。TVCMにも挿入している企業スローガン「創造で、想像を超える。」には、これまでの常識や枠組みにとらわれず、世の中の人々が待ち望むもの、そして、その期待を超えていくものを継続的に生み出していくことを目指す、当社の姿勢や社員の想いが込められています。

企業認知度の低下に危機感を持ち、TVCMを開始 

―「Innovation Lab」シリーズ以前にも、TVCM施策に取り組んでいたと伺いました。いつ、どのような経緯で開始することになったのですか。
 
佐々木:当社がTVCMに注力するようになったのは2014年からでした。きっかけは、企業認知度の大幅な低下です。かつてOTC医薬品事業を展開していたころは、一般生活者にも広く認知されていましたが、2004年に同事業を譲渡したことで一般生活者とのタッチポイントがなくなり、認知度が急に下がり始めたのです。特に若年層はその傾向が著しく、大学生の約6割が「社名も知らない」と回答したという調査結果もあったほどでした。
 
企業成長に人財の採用は欠かせません。そこで、マス媒体を活用して再び企業認知度を高めるのが最善と考え、TVCMに取り組むようになりました。
 
―その後の具体的な取り組みを教えてください。
 
佐々木:まずは広報や人事、経営企画など、さまざまな部署から社員を集めて当社の強みを見直し、それをTVCMの内容や世界観・イメージに落とし込んでいきました。そして同時に、広報でメディアと関係性を構築して記事出稿に励んだり、人事で採用活動をブラッシュアップしたりと、地道な施策を実行していった結果、企業認知度が徐々に持ち直していきました。
 
そうした成果を踏まえ、2019年には単なる認知度向上のためのCMから、事業理解促進のためのCMへとフェーズを移行しました。
 
当社は「ヘルスケア産業のトップイノベーター」を目指しています。2021年に策定した成長戦略「TOP I 20301)」 でその具体像を定義しているのですが、「世界の患者さんが期待する」「世界の人財とプレーヤーを惹きつける」「世界のロールモデル」という3つの要素が核となっています。つまり、一般生活者にも求職者にもビジネスパートナーにも「ファン」になってもらうために、社名だけでなく事業の中身を知ってもらいたいと考えています
 
「Innovation Lab」シリーズも、そのような方針転換の中で生まれました。事業内容を扱う分、専門的な知識がより必要とされるので、広報が主体となりながらも、研究本部など関連部署に協力を仰いで制作しています。

CMのポイントは、「正確さ」「分かりやすさ」「独自性」のバランス

―「Innovation Lab」シリーズで工夫したポイントは何ですか。
 
佐々木:「正確さ」と「分かりやすさ」「独自性」のバランスです。「正確さ」については、研究部門の監修を受けて画像や映像作りにこだわりました。
 
ただ、いかに正確でも詳細過ぎると一般生活者にとっては分かりにくくなってしまうので、専門外の人でも一目で理解できるようにバランスをとっています。この「分かりやすさ」は特に重視しており、時には市場調査をかけて一般生活者の意見を仰ぐこともあります。
 
さらに「独自の世界観」の見せ方にもこだわっています。中外製薬の持つ「先進性」「革新性」「独自性」などを伝えられるよう、クリエイターの方々と相談しながらコンテンツを洗練させています。
 
―「Innovation Lab」シリーズは、別の媒体でも配信されていますね。
 
佐々木:クロスメディア戦略として、YouTubeやTVerなどのデジタル広告にも活用しています。
 
蓑島:交通広告や屋外広告にもCMを活用しています。例えば、医学関連学会があるときには、会場沿線の交通広告から会場までの道のりにあるデジタルサイネージ広告、会場のブース内の広告、学会パンフレットの広告まで、「Innovation Lab」シリーズのコンテンツを使うことがあります。MRからも「製品紹介とは異なる印象になり、医療関係者の目を引くことができる」と好評で、積極的に使ってもらっています。
 
どのタッチポイントでも統一した印象を与えることで、企業のブランド力も高められていると考えています。

CMが、医療関係者との関係性構築や社員エンゲージメント向上に寄与

―「Innovation Lab」シリーズを含む企業ブランディングで、どのような効果や手応えを得ていますか。
 
佐々木:企業ブランディングの効果測定調査を継続的に行っていますが、同シリーズの放映を開始した2019年と比較すると、2023年には企業認知度とイノベーション想起率が上がったことが分かっています。

企業認知度、イノベーション想起率の変化
中外製薬(株)の提供資料をもとにMedinewにて改変引用

2024年の調査では、TVCMのスポット出稿後に「概要認知」「イノベーション企業想起」「就職意向」の各項目で割合が上昇していることが明らかになりました。事業内容を理解してもらった上でイノベーション企業という印象を持ってもらい、さらに人財採用につなげるという目的について、一定の貢献はあるといえます。

TVCMの効果
中外製薬(株)の提供資料をもとにMedinewにて改変引用

一方、医療関係者については、上記の調査対象に含まれている可能性はあるものの、単独の効果測定は行っていません。そもそも製品紹介のTVCMではなく、処方量への直接的な影響はないと考えられますが、当社のイノベーティブな姿勢や取り組みに共感してもらうことで、良好な関係性にもつながっているようです。
 
蓑島:MRが訪問した際に、医療関係者から「TVCMを見たよ」「松坂桃李さんが出ているね」などと声をかけてもらうこともあるそうで、TVCMが医療関係者との話のきっかけやアイスブレイクになっているようです。「創造で、想像を超える。」というスローガンも、2014年末から10年続けて使用しているので、社内外で定着してきたかなという印象です。
 
最も大きな効果を感じているのは、社員のエンゲージメント向上ですね。毎年の社内調査で「ブランディング施策で最もよかったもの」を聞くと、トップにTVCMが挙がっています。
 
佐々木:ブランディング活動にポジティブな反応を示す社員は、エンゲージメントやモチベーションも高いというクロス分析の結果も出ています。実際、社員からは「家族から『お父さんの会社のTVCMだ』と言ってもらえる」「CMの音楽を聞くと、子どもが踊り出すようになった」など、喜びの声も聞かれます。「Innovation Lab」シリーズで、当社の研究所で撮影したり、社員がエキストラとして参加したりしているのは、このような社員への効果も期待しているからです。
 
―TVというマス媒体ならではの効果といえそうですね。
 
佐々木:その通りです。近年はデジタルマーケティングが台頭してきていますが、社会全体で認知度を上げたり、事業理解を浸透させたりするには、TVがまだ強い影響力を持っているというデータがあります。特に社員は、TVCMを通して外部から積極的な評価を受けることがモチベーションにつながっていると考えています。 

VIやWebサイトを刷新、企業ブランドのさらなる強化を図る

―企業ブランディング戦略における今後の目標を教えてください。
 
佐々木:当社では、2025年に創業100周年を迎えたのを機に、さらなる挑戦とイノベーションの追求に向けた取り組みを始めています。企業ブランディングにおいては、ロゴなどのカラーパレットを刷新すると共に、写真の撮り方やイラストの打ち出し方を統一するなど、VI(ヴィジュアル・アイデンティティ)をアップデートしました。
 
さらに大きな変化は、自社Webサイトのリニューアルです。社員の物語に焦点を当てたコンテンツ「ストーリー」を掲載することで、「人」を通じた企業ブランディングを強化しています。施策のターゲット層は必要に応じてアップデートしていく可能性がありますが、いずれにしても「ヘルスケア産業のトップイノベーター」を目指して企業のブランド力を高めていきたいと考えています。
 
<参考文献>
1)中外製薬株式会社 成長戦略「TOP I 2030」 2021年2月4日
https://www.chugai-pharm.co.jp/profile/strategy/growth_strategy.html(2025年4月30日最終閲覧)
2)中外製薬株式会社 中外製薬、創業100 周年を迎えて 2025年3月10日
https://www.chugai-pharm.co.jp/news/cont_file_dl.php?f=250310_j100thAnniversary.pdf&src=[%0],[%1]&rep=2,1470(2025年4月30日最終閲覧)
3)中外製薬株式会社 Story of Chugai|ストーリー
https://www.chugai-pharm.co.jp/story/