#1 厳しい経営環境でもぶれない薬剤選択の軸。医師3人に聞いた現場のリアル|医師の本音を聞く2026

診療報酬改定や物価高騰、人件費など、医療機関を取り巻く経営環境は厳しさを増しています。こうした変化は、日々の薬剤選択にも影響するのでしょうか。今回の座談会では、民間総合病院、公立総合病院、クリニックに勤務する3名の医師が語った「現場のリアル」を、全3回でお届けします。第1回は、経営の現状と、薬剤選択で何を優先しているのかを聞きました。見えてきたのは、経営環境が変わっても揺らがない「選択の軸」と、その周辺で進む運用の工夫です。
参加医師
A医師:50代/神経内科・老年内科/民間総合病院勤務。600床規模の神経内科総合医療センター兼、慢性多機能病院に脳神経内科医・老年内科医として勤務。主な所属学会は日本内科学会、日本神経内科学会、日本老年医学会など。製薬企業からの依頼で講演や勉強会を行っている。
B医師:40代/呼吸器内科/公立総合病院勤務。500床規模の総合病院に呼吸器内科医として勤務。主な所属学会は日本呼吸器学会、日本内科学会、日本肺癌学会、日本アレルギー学会、日本結核・非結核性抗酸菌症学会など。製薬企業本社からの依頼で主に本社での社内セミナーを行っている。
C医師:40代/代謝内分泌内科/クリニック勤務。400床超の総合病院での勤務を経て、現在はクリニックで糖尿病・内分泌内科医として勤務。主な所属学会は日本内科学会、日本糖尿病学会、日本内分泌学会。
コスト意識は病院・クリニックともに浸透。ただし戦略的な検証はこれから
司会:2026年の診療報酬改定で本体が3.09%のプラス改定になりました。しかし、昨今の物価高騰や光熱費・資材費の上昇によって病院のコストが上昇し、全国の医療機関の経営状況はいまだに厳しい状況が続いていると言われています。現在の病院・クリニック経営について、現場の先生方はどの程度「厳しさ」を感じていますか。また、収益やコストなどの経営情報は、医師にどのように共有されていますか。
A医師:うちの病院は黒字ですね。ですが、グループ全体では赤字の病院もあり、しかも増えています。患者も減っていますね。病院グループ全体の月1回の会議でそれぞれの病院の収益の分析結果を出していて、患者1人当たりの平均コスト、ベッドの稼働率といった形で共有されています。
B医師:公立病院でも最近はコスト意識が厳しくなりました。医局の照明を一部のみ点灯するなど、光熱費といった細かなコスト削減まで求められるようになりました。しかしながら、それらの施策が本当に利益につながったのかという検証が十分ではありません。病院として戦略的に経営しているわけではないですね。経営側は売上を中心に、診療科ごとではなく病院全体の数字だけで見ている印象です。売上が上がっても実際に利益が出ているかが検証されないままなので、具体的に何のコストを減らすべきかといった議論がなされていないですね。
C医師:クリニックでは毎月、患者数や売上などについて、前年比、前月比などの情報が共有されます。物品の選び方や空調などについても、コストを意識するようになりました。
司会:経営状況やコストへの意識は、病院でもクリニックでも浸透しつつあるのですね。
賃上げは実行される一方、現場では原資を捻出する削減・増収策が進む
司会:「人件費を捻出するための増収やコスト削減」について、経営層から指示や通達はありますか?
A医師:正職員の賃金について透明性のある情報共有が行われています。病院の経営管理部が正職員の賃金アップを打ち出していて、その金額が明示されています。ただ賃金が上がってもそれ以上に物価が上がっているため、生活は厳しいという声が職員からは多く聞かれますね。
B医師:指示や通達にとどまらず、思い切った削減がすでに行われました。人件費を抑えるため、うちの病院では非常勤医師の8〜9割が契約終了となりました。一方で、常勤職員の賃金は、公立病院として規定に沿ってきちんと引き上げられています。
C医師:現在クリニックでは土日診療を進めていて、収益確保に努めています。ベースアップ分はスタッフに還元する方針で、土日に勤務するスタッフへの支援に充てられています。ただ、やはり土日に休みたいスタッフもいますから、経営側が示す収益目標と現場スタッフの意識の間には温度差がありますね。
薬剤選択の出発点は患者への価値。同等の選択肢では運用面も判断材料に
司会:薬剤を選択するとき、医療機関の経営や薬価、患者の治療上のメリット、通院負担、医療スタッフの業務上の負担を、どのように考えていますか。
A医師:私が診ている疾患は希少疾患が多いので、治療の際は新薬を第一選択で処方する一方、それ以外の薬剤はなるべく後発医薬品を使う方針があります。処方時に電子カルテ上で後発医薬品が表示される仕組みになっているので、基本的にそこから薬剤を選ぶことになります。
また、入院患者の点滴は6時、14時、22時のように時間を集約し、看護師の動線がばらばらにならないよう工夫しています。薬剤の剤型としては、点滴よりも皮下注射や自己注射の方が、スタッフの手間が少なくて済みます。とはいえ、治療上必要であれば、手間がかかる薬剤でも当然使うことはあります。
B医師:スタッフの業務負担で薬剤を決めることは、正直ほとんどありません。考慮するとすれば、患者の通院負担の方ですね。といっても、有効性や副作用の面で絶対的な差がない選択肢が複数ある場合の話です。
私は呼吸器科で肺がん患者を診ていますので、化学療法で点滴をすることが多いです。例えば、薬剤によっては2週間に1回の通院と4週間に1回の通院であれば、外来混雑や待ち時間も考え、4週間間隔の方が使いやすい場合があります。とはいえ、基本的に肺がん治療だとガイドラインに準じていますね。
C医師:現場の負担は、薬剤を選ぶ上で結構大事だなと思っています。私は糖尿病の患者を多く診ているので、外来の限られた時間と人員の中で、スタッフに負担がかからないものを選ぶ必要があります。看護師が時間を取られると、外来が回らなくなりますから。そのため、時間短縮を目的に指導せんを活用しています。その指導せんは自分で作るものもありますし、製薬企業から提供してもらうものもあります。
司会:薬剤選択の出発点はあくまでも患者にとっての治療上の価値で、そのうえで、通院頻度や待ち時間、スタッフの業務負担といった運用面の価値も判断材料になっているのですね。
ガイドラインを土台に、連携先や退院後まで見据えた処方の工夫で治療をつなぐ
司会:在宅復帰や後方連携が重視される中で、退院後の患者の管理や治療継続について、難しさを感じること、逆に以前よりも楽になったと感じることはありますか?薬剤選択への影響も含めて教えてください。
A医師:今は訪問診療が増えた印象で、自身の診療は楽になっています。大都市の病院だからか、訪問診療医との連携がすごくやりやすいです。薬剤の処方設計によって、治療を継続しやすくすることもできます。高齢者が増える中で連携は不可欠ですが、今のところ大きな問題はありませんね。
B医師:転院時に、転院先の採用薬剤に合わせて薬剤を変更することはよくあります。患者の診療全体を考慮すると薬剤の変更はやむを得ないですね。また、薬剤だけでなく、在宅酸素療法の管理をクリニックや訪問診療の先生に依頼することもあります。十数年前に同じ地域で勤務していた頃は訪問診療の先生は1名しかいませんでしたが、今は本当に増えましたね。
C医師:うちのクリニックは場所柄、患者層が比較的若く、80〜90代の方は少ないので、施設での管理や訪問看護師との情報共有を考慮する場面は正直多くありません。ただ、病院に勤務していた頃は、介護を受けている方や認知症のある方など、自己管理が難しい患者を多く診てきました。そのため、ご家族や患者への負担を軽減できる処方設計をしています。具体的には、低血糖をきたしにくいか、薬剤の安全性はどうか、服薬回数や錠剤数を減らせるかといった観点を意識し、そのために合剤を選択する、患者に食前の服薬をやめるように説明するなど、患者だけでなくご家族や訪問看護師などの負担にも配慮しています。
司会:新薬や治療選択肢が増える中で、ガイドラインに沿った治療と、現場の業務効率化をどのように両立していますか。
B医師:新薬の登場やガイドライン改訂のスピードが速い中でも、基本的にはガイドラインに則った診断・治療を徹底しています。逆に言うと、そこから逸脱するような治療は積極的には行いませんし、患者にも勧めないですね。
A医師:神経疾患を専門としているため新薬を第一選択として使う一方、後発医薬品の活用や点滴時間の集約、定期処方、病棟薬剤師との連携によって業務効率化を図っています。
司会:ガイドラインに沿った臨床的な妥当性が薬剤選択の土台にあり、その土台を崩さずに、運用の工夫によって効率化を図っていることがわかりました。ありがとうございました。
ぶれない軸は「患者にとっての価値」
第1回で見えてきたのは、医療機関の経営環境が厳しくなっている一方で、医師が薬価や施設の採算を起点に薬剤を選んでいるわけではないということです。患者の通院負担、医療スタッフの業務負担、治療の有効性・安全性、ガイドライン、そして医療現場の運用まで、複数の要素を組み合わせて判断しています。
経営の厳しさが増し、コスト意識が現場に浸透しても、薬剤選択の軸はぶれていませんでした。3名の医師に共通していたのは、患者にとっての治療上の価値とガイドライン準拠の姿勢です。そのうえで、治療上同等の選択肢であれば、通院頻度やスタッフの業務負担、剤形の扱いやすさといった運用面も判断材料になります。厳しい経営環境への対応は、こうした運用の工夫に表れているといえそうです。
次回は、患者の経済的負担、新薬の価値、そして医師がMR・製薬企業に何を求めているのかを掘り下げます。
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