【2024年診療報酬改定を先取り】製薬企業のマーケティング担当者が診療報酬改定を読み解くコツ

【2024年診療報酬改定を先取り】製薬企業のマーケティング担当者が診療報酬改定を読み解くコツ

医療のメニュー表と価格表の機能を持つ診療報酬。その改定は病院の経営や医師の処方などに影響するため、薬価改定と同様に、製薬企業の製品売上に大きな影響を及ぼします。特に2024年は介護や障害福祉の報酬改定も行われるトリプル改定の年であることに加え、医師の働き方改革の段階的開始も重なるため、注視されています。
診療報酬改定を理解することは一見ハードルが高く感じられますが、見るべきポイントを踏まえれば効率よく理解できます。一緒に読み解いていきましょう。  

診療報酬は、社会のあり方や政府の方針などと密接に関わる

診療報酬改定の際に、何を読み込めばその内容を理解しやすくなるでしょうか?
個別改定項目(通称「短冊」)はもちろん大事なのですが、これだけを見ていても「この項目は、このように点数が変更されるのか」が分かっても、「この項目は、『なぜ』このように点数が変更されるのか?」という『診療報酬改定の背景』は見えにくいです。  

診療報酬改定の背景を知ることは、主に下記に役立ちます。

  • 直近の改定内容の理解を深める
  • 日本政府が考える「今後の日本の医療が進む方向」を予測する
  • 日本政府の薬剤費抑制策の背景も分かるので、自社製品の売上予測の検討などがやりやすくなる
  • 日本政府や厚生労働省が考える地域医療連携の推進に対して、製薬企業が支援可能なことを検討しやすくなる


このように、診療報酬は社会のあり方や政府の方針などと密接に関わっています。そのため、これら全体を俯瞰して理解することは、自社製品のマーケティングのプランニングや、地域の医療連携の支援といった活動の検討にも役立ちます。診療報酬改定と私たちの製品のマーケティングは、切っても切れない関係にあると言えるでしょう。

診療報酬改定を読む前に把握しておくべきポイント

私たちがまず知っておくべきなのは、以下のポイントです。

  • 日本政府が社会保障全般をどのように方向づけして考えているのか?
  • それが財務省の概算要求にどのように反映されているのか?
  • 中医協の議論がここまでどのように進んできたのか? その議論のポイントは何か?


これらは、「日本の医療の現状と今後」を表しているため、まずはこれらを理解しましょう。

日本政府や厚生労働省の方針・思惑などを把握した上で診療報酬の個別改定項目を読むことで、「この項目が、なぜこのような方向に改定され、点数が変更されるのか?」が理解しやすくなります。

これらの資料に簡単に目を通すだけで、診療報酬改定は単体で動いているものではなく、日本のあるべき医療の姿と現状のギャップを解消するために、国全体が社会保障全般について十分に吟味を重ねた上で作られたものであるということが容易に想像できるでしょう。

病院長や医師(顧客)の理解を深めるために、診療報酬改定までの議論を知る

「日本の医療の現状と今後」は、製薬業界だけでなく、医療業界全体に関わる内容です。当然、前述の3つのポイントは、製薬企業の顧客である医師や病院長にさまざまな影響を及ぼします。

例えば、2024年4月から全面施行される「医師の働き方改革」について、病院長や医師の興味が高まってきています。また、医療のDX(デジタル・トランスフォーメーション)や、地域で連携する医療機関間での電子カルテの共有なども、病院長や医師の関心が高いです。
これら以外にも、中医協ではさまざまな議論がなされ、その種々の検討内容は政府や省庁のさまざまな資料にも盛り込まれてきました(具体的な例は、後述します)。

ですので、私たちの顧客である病院長や医師について、より一層理解を深めるために、それらの必要な情報や資料を入手することから始めてみましょう。 

次に、自社製品のマーケティングにおける外部環境の変化をPEST分析などで整理します。

そして、それらがどのように自社製品の売上に影響を及ぼすのかを検討します。

これらの一連の取り組みによって、自社製品の売上予測の精度を高めたり、具体的な打ち手の検討に活かすことが、製薬業界のマーケティングに携わる私たちがやるべきことです。

今回の診療報酬改定は、製薬業界にどのような影響を及ぼすか?

では、今回の診療報酬改定が製薬業界にどのような影響を及ぼすか、見てみましょう。
まずは製薬業界と関わりが深いと考えられる4つの資料の中から、特に製薬業界と密接な箇所を抜粋します。

厚生労働省資料 診療報酬改定について1)

<主な参考箇所>
1. 診療報酬(PDF 1ページ目
近年の物価上昇への対応 → 医療従事者への待遇の改善実施
入院食のコスト上昇への対応 → 食費標準額の引上げ実施、患者負担に転嫁実施

<ここから想定されること>
現在の物価の上昇は、しばらくの間続く可能性があります。現在の世界経済の中で、物価を引き下げる要因が見当たらないためです。
そうすると、持続的に医療従事者への待遇を改善する必要があります。
そのための費用の捻出が国債からなされるのか、診療報酬の改定率で調整されるのかといった論点が考えられます。
診療報酬の改定率の調整から医療従事者への待遇の費用を捻出するとしたら、その財源はどこからか?が、興味の持たれるところでしょう。

財務省資料 令和6年度予算のポイント2)

<主な参考箇所>
1. 経済(PDF 3ページ目
  『30年ぶりの経済の明るい兆しを経済の好循環につなげるには「物価に負けない
賃上げ」の実現が必要。医療・福祉分野において率先した賃上げ姿勢を示す観点
  から、診療報酬、介護報酬、障害福祉サービス等報酬改定において、現場で働く
  幅広い方々の処遇改善として、令和6年度にベア2.5%(医療従事者の場合定昇分
  を入れれば4.0%)、令和7年度にベア2.0%(同3.5%)を実現するために必要な
  水準を措置。』

2. 社会【こども政策等】(PDF 3ページ目
『財源確保の取組として、改革工程に基づき、メリハリのある診療報酬改定や薬価制度の見直し

3. 公的部門等【医療・介護・障害福祉サービス】(PDF 4ページ目
『医療・福祉分野において率先した賃上げ姿勢を示す観点から(中略)、賃上げ促進税制の強化とあわせ、公的価格のあり方を見直し、処遇改善加算の仕組みを拡充することで、現場で働く方々の処遇改善に構造的につながる仕組みを構築。』

<ここから想定されること>
医療従事者の待遇改善の必要性は前述のとおりですが、筆者が知り合いの医療従事者に伺うと、医療従事者の中には他の業界との比較で見たときに待遇面で他の業界が魅力的に見え、そちらに転職する人が存在するようです。

特に病院薬剤師の場合、調剤薬局の薬剤師やドラッグストアの薬剤師などの方が高待遇で、業務量が病院薬剤師よりも少ないことがあります。そのため、現在の病院の中には、薬剤師不足に陥っている病院が存在します。そのような病院では薬剤師1名あたりの業務が過多になり、薬剤師が疲弊している可能性があります。

こうした状況を打破するために、待遇改善を持続的に取り組んでいくと考えられ、そのための費用の捻出もしばらくの間議論が続くでしょう。

厚生労働省資料 令和6年度診療報酬改定の基本方針の概要3)

<主な参考箇所>
1. 改定に当たっての基本認識(PDF 1ページ目

  • 物価高騰・賃金上昇、経営の状況、人材確保の必要性、患者負担・保険料負担の影響を踏まえた対応
  • 全世代型社会保障の実現や、医療・介護・障害福祉サービスの連携強化、新興感染症等への対応など医療を取り巻く課題への対応
  • 医療DXやイノベーションの推進等による質の高い医療の実現
  • 社会保障制度の安定性・持続可能性の確保、経済・財政との調和


2. 改定の基本的視点と具体的方向性(PDF 1ページ目
(3)安心・安全で質の高い医療の推進

医薬品産業構造の転換も見据えたイノベーションの適切な評価や医薬品の安定供給の確保等

(4)効率化・適正化を通じた医療保険制度の安定性・持続可能性の向上

  • 後発医薬品やバイオ後続品の使用促進、長期収載品の保険給付の在り方の見直し等
  • 費用対効果評価制度の活用
  • 市場実勢価格を踏まえた適正な評価

<ここから想定されること>
従来からの

  • 後発医薬品の使用促進
  • 費用対効果評価
  • 薬価本調査による市場実勢価格を用いた評価

は今後も継続するでしょう。
これらはいずれも薬価を下げる方向に働きやすいと考えられますので、自社製品の売上アップ、シェア獲得の難易度が徐々に高まっていくかもしれません。

また、日本政府や厚生労働省としては、近年の医薬品の安定供給の確保も喫緊の課題として位置付けています。
これらへの対応によって、自社の工場への設備投資額の増加につながるなら、自社の利益や資本をどのように投資するかという難しい意思決定も必要になるでしょう。

一方、近年ドラッグラグ・ロス問題への対応として、従来治療法がなかった疾患への新薬の開発といった製薬企業のイノベーションへの取り組みが評価されるようにもなっています。新薬開発型の製薬企業にとっては、収益を上げる上で有利な状況になるかもしれません。

文部科学省資料 今後の医学教育の在り方に関する検討会(第6回)令和6年1月24日 資料2-1 大学病院改革ガイドライン(案)の概要4)

<主な参考箇所>
大学病院改革ガイドラインの概要

④ 財務・経営改革

医薬品費・診療材料費等に係る支出の削減

<ここから想定されること>
大学病院改革ガイドラインによって、医師の働き方改革に伴い大学病院の経営にもさらなるコストカットが求められるようになります。
また、

  • 診療科等における人員配置の適正化等を通じた業務の平準化
  • 医療計画及び病床の在り方をはじめとした事業規模の適正化

なども大学病院の院長に求められますし、診療では地域の医療機関等との連携を強化するといったことも求められます。これらは地域の中で、その大学病院がどのような立ち位置に立とうとしているのかに関わります。

例えば、大学病院が厳密に3次救急や先進医療に特化する方向を目指すならば、疾患によっては患者さんが大学病院よりも地域医療支援病院に集中するかもしれません。そうなると、施設ごとの自社製品の売上に変化が出たり、MRの販売目標金額も変化が出たり、製薬企業の施設のターゲティングやMRのテリトリーアライメントなどにも影響が及ぶ可能性があります。

診療報酬改定の内容を踏まえた製薬マーケティングは、実効性を高める

現在の製薬企業のマーケティングに対して、筆者の知り合いの医師は時折「臨床の状況を無視した薬の紹介をするMRや本社の人が来ることがある」とおっしゃることがあります。

それらは多くの場合、医師からは「さまざまな論文から自社製品の特性を訴求するために作られた、我田引水なストーリー」だと受け止められています。

このアプローチは、医師に対する私たちの理解不足からきていると見受けられます。これで自社製品のシェアを高めることは、なかなか難易度が高いようにも思われます。

むしろ、自社製品が最新の診療報酬の中で、医療現場に対して、どのような価値を提供できるのか?を吟味する方が、医療者の共感を呼ぶ可能性が極めて高いと考えられます。

特に医療は、地域ごとに患者さんの人口動態や世帯の平均所得、患者さんの生活など状況がさまざまなので、その地域の患者さんにどのような医療と価値を提供できるのかは、その地で医療に携わる医師にとって非常に重要です。
ここを大切に考えている医師が多いので、私たちがそこに寄り添う考え方で自社製品のメッセージングを考えられれば、製品の売上アップやシェア獲得につながる可能性が高まるでしょう。
これが診療報酬改定を読み込み、製薬業界のマーケティングに活かす一番のポイントと言えます。

次回は、2024年の診療報酬改定の個別改定項目に踏み込んで、製品のマーケティングに落とし込み、医師とのディスカッションのポイントになりそうな箇所を見ていきましょう。

参考資料
1) 厚生労働省資料 診療報酬改定について
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001180683.pdf
2) 財務省資料 令和6年度予算のポイント
https://www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/budget/fy2024/seifuan2024/27.pdf
3) 厚生労働省資料 令和6年度診療報酬改定の基本方針の概要
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001177119.pdf
4) 文部科学省資料 今後の医学教育の在り方に関する検討会(第6回)令和6年1月24日 資料2-1 大学病院改革ガイドライン(案)の概要
https://www.mext.go.jp/content/20240123_mxt_igaku-000033668_03.pdf