製薬マーケターが知っておきたい、PSPの開発を10ステップで解説
Patient Support Program(以下PSP)は、患者支援プログラムのことを指し、治療の成果や服薬遵守率を向上させて患者さんのQOL(生活の質)を改善することを目的としています。近年、多くの製薬企業で提供されるようになってきており、治療の継続率向上のみならず、医療従事者/患者さん/製薬企業の結びつきの強化、ブランド認知への貢献など、その重要性が増しています。
今日はPSPに関する簡単な概略と、PSPの組み立てから実装について、その実際をご紹介していきたいと思います。
PSPとは
ここ数年で多くの製薬企業が導入し、普及してきたサービスの1つにPSPが挙げられます。導入が進んだきっかけとなったのは、2019年に患者支援プログラムの実施を検討している事業者が、グレーゾーン解消制度を使い照会したことでした。医療機関・主治医から紹介され同意を得られた特定の医療用医薬品を処方されている患者さんに対し、看護師免許保持者が電話などにより社会保障制度や日常生活の注意点などの情報提供、服薬状況の確認のサービスを検討している事業者の照会に対し、厚生労働省は「同サービスは医療行為に当たらない」と回答しています。
また、スマートフォンやデジタルアプリケーションの普及により、製薬企業が患者さんに提供できるサービスの幅が広がったことも、PSPの導入が増加した背景として考えられます。
一例を挙げると、
- 服薬遵守をサポートするデジタルアプリケーションの提供
- 専任看護師さんによるコールセンターサポートサービス
- 治療効果および状態モニタリングのできる医療機器デバイスとの連携サービス
などがあります。
具体的なPSPの事例を挙げると、以下の通りです。
■武田薬品工業 TOMO
武田薬品の患者サポートプログラム TOMO
概要:武田薬品の発売する以下の薬剤に対してのPSP
血友病 治療薬 アドベイト®・アディノベイト®
遺伝性血管性浮腫(HAE) 治療薬 フィラジル®タクザイロ®
ファブリー病 治療薬 リプレガル®
短腸症候群 治療薬 レベスティブ®
潰瘍性大腸炎・クローン病 治療薬 エンタイビオ®
特徴:
①疾患に関する教育資料・支援情報
②治療補助物品の注文・自宅への配送
③診察スケジュールの管理(オンライン)
④症状の記録・共有(オンライン)
⑤治療の継続状況の記録
⑥専任パートナーによる支援
■イーライリリー ベージニオPSP
患者さんサポートプログラム リリーお薬相談窓口について
概要:乳がん患者さんのためのPSP
ベージニオを服用されている患者さん及びご家族の皆さんが、乳がん治療を安心して続けていただけるように支援するサポートプログラム
特徴:
①専任スタッフによるLINEチャットや電話で9-21時の間で相談が可能
②アプリの提供を通じて、日々の服薬管理や副作用対策に関する情報収集が可能
③患者さん向け資材の提供
■イーライリリー オルミエントPSP
患者さんサポートプログラム「いつでもそばに」とは | 関節リウマチの治療薬オルミエント 治療を始めるあなたへ
概要:関節リウマチ患者さんのためのPSP
特徴:
①LINEを通じて、製薬会社からの情報が入手可能。日々の症状のメモが可能。
②9-21の間の電話相談サービスの提供
このほかにも、現在では多くの企業がさまざまな薬剤のPSPを立ち上げています。
PSPのメリットとデメリット
多くの製薬企業で導入しているPSPですが、メリットが多い一方デメリットもあります。
PSPのメリット
まず、メリットとしては以下の4点が挙げられます。
(メリット)
- 患者さんの治療に対する不安や関心に寄り添える
- 服薬遵守のサポートツールになりえる
- 仕様によっては患者さんの服薬状況や状態把握が可能になる
- 他社製品との差別化になりえる
PSPは、1〜4のメリットによって患者さんの治療アウトカム向上に寄与することができます。また他社製品がPSPを提供していない場合、もしくは提供していたとしてもあまり力を入れていない場合には、サービスという面で差別化を行える可能性も有しています。
しかし、最近は多くの製薬企業がPSPを導入するようになってきているので、以前と比べると差別化の要素を見出すことが難しくなってきている印象です。
ただ、後述するPSPの組み立て方を実践することによって、真の差別化要素を見出し、医師や患者さんから支持を得られるPSPを提供できれば、競合に対する優位性を確保することにも繋がります。
PSPのデメリット
PSPのデメリットとしては、以下の4点が挙げられます。
- 開発コスト/オペレーションコストが莫大
- 半年~1年程度の開発期間を要する
- 人的リソースが必要
- ROI (Return of Investment:費用対効果)が評価しにくい
お金、時間、人的リソースの問題が付きまとうのが、PSPの宿命です。これまでいくつかのPSPの立ち上げに携わってきましたが、立ち上げにはお金と時間がかかり、また立ち上げた後にもオペレーションコストがかかってきます。
治療アウトカム向上の可視化がうまく進まない場合、もしくはPSPの利用が広まらない場合には、費用対効果を疑問視する社内の声が増えていくでしょう。立ち上げたら自動的にうまくいくわけではないのが、PSPです。立ち上げ後、現場でどのように利用してもらうのか、PSPとしてのプロモーション活動を展開する必要があります。毎年の費用を捻出するために、費用対効果をどのように説明していくのか?立ち上げの段階から、その視点を持つことも重要です。
さまざまなステークホルダーが関わるPSP
PSPのサービスは、基本的には外部のベンダーさんと協力しながら作り上げていきます。
ケースバイケースですが「戦略作成とプロジェクトマネジメントを担う企業」と「アプリ開発企業」など、提携ベンダーさんが複数になるケースもあります。
社内でPSPの開発のリードを担うのは、マーケティング部門であったり、メディカルアフェアーズ部門であったり、会社の方針によって異なります。
PSPの開発を行うにあたっては、社内のステークホルダーを巻き込むことに加え、社外のステークホルダー(医師や提携ベンダー)とも協業する必要性があります。多くの関係者を巻き込みながら、PSPという一つのサービスを作り上げていくことも、PSPの仕事の面白い一面でもあります。
PSP組み立てから実装までの10のステップ
ここからは、実際のPSPの組み立てから実装について10のステップで解説をしていきます。
①スケジュールの把握と予算の確保
まずPSPの開発には時間とお金がかかります。
開発期間は半年~1年程度を要します。予算規模は開発するサービス・依頼するベンダーに依存しますが、数百万円で納まることはないでしょう。
「いつPSPを立ち上げたいと考えているのか」からの逆算でスケジュールを組み立てていきます。
②PSPの目的を明らかにする
そもそもなぜ、PSPが必要になるのでしょうか。
PSPがない状態とある状態で、どのような違いや変化が期待できるのでしょうか。
そこにギャップがあり、PSPで解決できるのであれば、PSPの開発を進めていくことに価値があると思います。
陥りがちなのは「PSPを開発すること自体が目的になっている」ケースです。
この場合、PSPを立ち上げた時に最大瞬間風速が出るものの、その後失速してしまうでしょう。
つまり立ち上げたPSPの利用が広がっていかないことを意味します。
このような事態を防ぐために、以下のことをチームで良く議論することが必要です。
- PSPによって解決したい患者さんの課題はなんなのか?
- いまの現状もしくは将来、患者さんが困りそうなことはどのようなことか?
- 患者さんに真に必要なサービスとは?
初期の段階でこういった議論をまず社内で行うことで、目指すべき方向性が固まっていきます。
③外部ベンダーを含めたプロジェクトメンバーの選定
目指すべき方向性がある程度固まってきたら、次に行うのはプロジェクト体制の構築です。PSPの開発には社内外で多くのステークホルダーが関係します。例えば、以下の通りです。
(社内)
- マーケティング
- メディカルアフェアーズ
- コマーシャルエクセレンス
- ITチーム
- 法務
- コンプライアンス
- 営業チーム
(社外)
- 戦略作成とプロジェクトマネジメントを担う企業
- アプリ開発企業
- ホームページ作成企業
- 監修医
非常に多くの関係者が関わってくるため、
プロジェクトチャーターを作成し、関係するメンバーを可視化するのがおすすめです。
外部ベンダーの選定には、通常コンペを行います。RFP(Request For Proposal:提案依頼書)を作成し、外部ベンダーからの提案を受けます。
RFPにはPSP導入の背景、PSPで解決したい課題、提案が必要なスコープ/業務内容をまとめます。
RFPの書き方については、インターネットで簡単に調べることができます。例えば、以下のサイトなどが参考になるでしょう。
RFP(提案依頼書)とは?テンプレートや作成の流れを専門家が解説 | ツギノジダイ
社内のプロジェクトメンバーで提案のプレゼンテーションを聴講し、比較を行った上で、1社に決定します。
④患者さんの困りごとを把握し、PSPの目指すべき方向性を固める
PSPで解決したい課題について議論する際、患者さんが困りそうなことや困っていることをこれまでの経験や想像から社内で議論することが多いと思います。
ただその社内だけの情報に基づいて、PSPの設計を行うと、顧客(患者さん)のニーズにそぐわないPSPが開発されてしまうリスクが伴います。
そのため、適切なPSP開発のためには、例えこれまでの経験から十分に知見のある治療領域であったとしても、「PSP開発のため」の患者さんへの市場調査を行うことを推奨します。
その時の調査に適している市場調査手法が「エスノグラフィー調査*」と呼ばれる手法です。
これは定性調査の一種になりますが、患者さんの生活に密着し、その行動を観察する調査手法になります。エスノグラフィー調査とインタビュー調査をセットで行うことによって、患者さんが真に困っていることや望んでいることをより把握しやすくなります。
*エスノグラフィー調査:患者さんの生活に密着し、普段の環境や行動を観察・記録する調査手法。もともとは人類文化学等の学術分野発祥の手法であり、マーケティングにおいては対象者の潜在ニーズの把握に活用されている。
⑤競合製品のPSPを分析する
競合する製品があり、その製品がPSPを提供している場合には、そのPSPの分析も欠かさずに行いましょう。
なぜなら同じようなサービスを提供するだけでは差別化を行うことができないためです。
自社のサービスに優位性を作るためにも、競合製品がどのようなPSPのサービスを提供しているかは細かく分析をするようにしてください。
- UI/UX(ユーザーインターフェース/ユーザーエクスペリエンス)に優れたサービスであるか?
- 競合製品のPSPでより改善できる点はないか?
- 競合製品のPSPが提供していない患者さんサポートはないか?
- 実際に他社のPSPを使っている患者さんの評価は?
これらの視点で分析し、より良いサービスの創出に繋げていくことが重要です。
⑥PSPのプロトタイプ作成に向けて、プロジェクトをマネジメントする
①〜⑤のプロセスを通じて、PSPのコンセプト、解決すべき課題、提供するサービスの骨組みが出来上がってきます。
あとは、PSPのプロトタイプ作成に向けて、プロジェクトの進捗管理をしていきます。
外部業者にプロジェクトマネジメント(会議設定、議事録作成、資料の作り込みやブラッシュアップ)を担ってもらい、定例の会議の中でプロジェクトの進捗管理を行っていくやり方が一般的です。
ポイントは進捗管理や進行を外部業者にまる投げするのはご法度だということです。オーナーシップを持ち、プロジェクトをマネジメントする姿勢が重要になります。
個人的には社内と社外のCo-Lead体制(社内をリードする担当者と社外をリードする担当者を2人設置する)を敷いて、全体会議とサブグループ会議を運営していくことで、大小さまざまな事案の調整がスムーズに進む印象を持っています。
⑦プロトタイプの受容度テストを行う。
プロトタイプが完成したら必ず受容度の確認を行ってください。
最近のPSPにはITのテクノロジーが導入されるケースが多いです。
例)
- 新規のアプリの開発
- LINEとの連携
- AIチャットボットの導入
これらのテクノロジーを導入する際には、患者さんの受容度テストを行うことが一般的です。プロトタイプを実際に患者さんに利用してもらい、フィードバックをもらいます。その際、患者さんのニーズに併せて仕様を細かく変更する必要性に直面します。
仕様の変更に対応するため、この手の開発ではアジャイル開発手法を取り入れることが望ましいとされています。アジャイル開発とは、イテレーション(短期間の工程)を重ねて、プロジェクトを進めていくソフトフェア開発の手法の一つになります。顧客インタビュー→修正→顧客インタビュー→修正→顧客インタビュー→修正という風に、短期間の工程において細かい点をその都度修正していく開発方法です。
ただし、アジャイル開発といっても、自由に仕様変更ができるわけではなく、ある程度プロジェクトが進行してくると変更が難しい箇所が出てきます。
そのため、仕様変更がいつどのタイミングまでなら可能なのかをきちんと把握して、プロジェクトを前に進めていくことが重要になります。
⑧PSPを立ち上げた後は、社内営業を継続する
立ち上げただけでは広まらないのがPSPです。PSPを適切に、社内外にプロモーションしていくことが必要です。月ごとの目標ユーザー数をKGI(Key Goal Indicator)と設定し、それを増やしていくためのKPI(Key Perfomance Indicator)を決めていきます。KPIはMRからの医師への紹介件数や患者さんが直接Web広告にアクセスした回数などを指標とします。状況に応じて適切なKPIを設定していきます。
ポイントは、社内に対する営業を継続していくことです。PSPが患者さん、医療従事者、そしてMRにとって有用なツールであることを周知させる必要があります。
社外で広めていくためには、まず社内にPSPの重要性や有用性を認知させる必要があります。現場のMRの方の協力が得られていないPSPは、失敗に終わることが多い印象です。
⑨改善を繰り返す
PSPを立ち上げた後も、さまざまな要望や意見が現場から出てくることが通常です。医療従事者から出てくることもありますし、コールセンターに患者さんから直接意見が入ることもあります。また現場のMRからもフィードバックが必ず出てきます。それらの意見を聞き逃さずに、記録に留めておくことが大切です。
よく見かける光景として、PSPをローンチしたら、その後は運営や改善の提案を業者に任せっきりにしてしまうケースです。この姿勢では、PSPが良いサービスになっていくのに時間がかかってしまいます。
最初から完璧なPSPはありません。そのことをよく認識しておく必要があります。社内外から出てきた意見に真摯に耳を傾けて、記録し、改善していくことによって、真に患者さんから評価されるPSPとなっていきます。
⑩成果を定期的に報告し、将来の予算を確保する
「PSPにこんなにお金がかかっているけど、意味があるのか?」という趣旨の意見を時々耳にします。特に利用ユーザー数が少なかったり、ユーザー数の増加が停滞している時に、このような意見が出てくるようです。
PSPは、決して安くないオペレーションコストがかかります。コールセンターにナースを常駐させていたり、24時間の受付を可能にしているような場合には、さらに費用が膨らむでしょう。PSPには費用対効果が求められることを念頭に置いた上で、PSPの組み立てを行うことも一つの重要なポイントです。
成果を可視化するための工夫はさまざま考えられます。
例)
- PHR(Personal Health Record)を兼ね備えた仕様にすることで、エビデンス創出に繋がるような仕様設計とする。
- 服薬遵守率をトラックできる仕様設計とする。
- 患者さんの治療意欲が向上したことを複数の医師から聴取し、レポートとしてまとめる。
成果を定期的に報告できるような仕様や取り組みを行うことによって、PSPの重要性を社内で高めていく活動が必要です。
そのことが最終的には将来の予算確保に繋がっていきます。
患者さんに貢献できるPSPを開発しよう
PSPの開発に携わったことのある方であれば、1つか2つは納得のいくポイントがあったのではないかと想像します。
患者さんは治療の前、治療中、治療後、とそれぞれのステージで、さまざまな悩みごとや困りごとに直面します。その困りごとに寄り添い、解決のサポートを行うことができるサポートプログラムがPSPです。
今回は、PSPの立ち上げ未経験の方や現在立ち上げに向けて準備中の方に向けて、PSPの組み立てから実装までを順を追って解説しました。開発に携わる方には、ぜひ患者さんに貢献できるPSPを開発・改善していただきたいと思っています。
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