なぜ属性ベースのマーケティングは行き詰まる?医師が必要な瞬間に届けるオプティチャネルへの転換|MDMD2026 Summerレポート

製薬企業では、複数のチャネルを組み合わせた「オムニチャネル」での情報提供が定着しています。一方で、「届けたい情報が医師に届かない」「会員サイトの利用率が伸びない」といった課題を抱える企業も少なくありません。
2026年6月開催の「Medinew Digital Marketing Day(MDMD)2026 Summer」では、株式会社メディクト 代表取締役 下山直紀氏と、株式会社電通デジタル ファーマCXコンサルティング事業部 ディレクター 登坂統彦氏が登壇。顧客CXを起点に、医師が本当に必要とするタイミングで情報を届けるための考え方と、データドリブンな運用のあり方について解説しました。
オムニチャネルの普及が生んだ新たな課題
近年、製薬企業ではデジタルチャネルを活用した情報提供が急速に拡大しています。Web講演会や医師向け会員サイト、メールマガジンなどは、医師の情報収集手段として一定の価値を持ち続けている一方、多くの企業が同様の施策を展開した結果、「情報過多」という新たな課題が顕在化しています。
メディクトが実施した医師向け調査によると、医師一人あたりの会員登録制サイトへの登録数は年々減少傾向にあることや、会員登録自体を行っていないと回答する医師が3割弱にのぼることが分かっています。また、製薬企業からのメールマガジンに対しては、約半数の医師が1日に3通以下しか開封していないことも明らかになっており、日々受け取る情報を選別しながら閲覧している医師の実態が示されました。

下山氏は、こうした状況の中では「情報をたくさん届けること」が競争力になるのではなく、医師にとってストレスのないCXの提供が重要であると強調しました。
「届けたい情報」ではなく、「知りたい情報」を届けられているか
電通デジタルの登坂氏は、現在のオムニチャネル施策が抱える課題について、「企業が届けたいタイミング」と「医師が必要とするタイミング」の不一致を指摘しました。働き方改革や診療の多忙化に伴い、医師が情報収集に割ける時間は限られています。そのため、どれほど価値のある情報でも、必要なタイミングで届かなければノイズとして認識されてしまう懸念があります。
また、マーケティングKPIとして開封率やPVなどのデジタル指標を重視し過ぎると、「なぜその情報が必要だったのか」「その後どのような意思決定につながったのか」といった本質的な価値を見失う危険性があると危惧しています。

重要なのは、「どのチャネルを使うか」ではなく、「医師の診療ジャーニーにおいて、どのタイミングで、どの情報が必要なのか」を起点に設計することだと登坂氏は強調しました。
属性だけでは見えない 医師の「本当のニーズ」を捉えるには
登坂氏は、属性ベースのマーケティングが行き詰まる要因として、従来型アプローチによる問題を3つ挙げています。
1つ目は「属性データの限界」です。従来、製薬企業では施設規模や専門領域、年齢などの属性をもとに医師を分類したターゲティングが一般的でした。しかし、施設規模や領域が同じであっても、診療現場で直面する課題や知りたい情報は医師によって異なります。
2つ目は、Tier分類などの属性によって作り上げられたターゲット像が、実際には存在しない「ファントム・ターゲット」に陥る可能性です。実在しないターゲットへの施策展開は、リソースの浪費を招きます。
3つ目は、文脈の不一致です。医師が現在対処しようとしている文脈から外れた情報を届けても、単なるノイズになってしまうという問題です。そのノイズは治療を妨げる情報として排除される可能性も高くなります。

患者ジャーニーと診療ジャーニーを重ね合わせる
では、医師が本当に必要とするタイミングで情報を届けるには、どうすればよいのでしょうか。
登坂氏はその解として、「患者ジャーニー」と「医師の診療ジャーニー」を重ね合わせる視点について提示しました。
患者は症状の出現から受診、検査、診断、治療開始、経過観察といったプロセスをたどります。一方、医師にも、それぞれの場面で情報収集や診断、治療方針の決定など、意思決定のプロセスがあります。この2つのジャーニーを重ねることで、医師が「どのタイミングで、どのような情報を必要としているか」が見えてくるといいます。
例えば、診断前には鑑別診断に役立つ情報が必要とされ、治療開始後には副作用対策や長期管理に関する情報へのニーズが高まります。こうした診療シグナルをいち早く検知し、医師が治療に悩む前の段階をとらえることが重要となります。
つまり、「誰に届けるか」だけではなく、「いつ届けるか」を設計することが、これからのマーケティングには欠かせないと同氏は語ります。
開封率・PVなど表面的なKPIから脱却し「行動変容」の測定へ
こうした考え方に合わせて、成果指標も変えていく必要があります。
登坂氏は、PVやメール開封率などのデジタル指標は重要である一方、それだけでは施策の価値を十分に評価できないと指摘しました。「医師がなぜその情報を見たのか」「その後どのような意思決定につながったのか」といった行動や思考の変化をとらえることが、本来目指すべき評価だといいます。
講演では、その考え方を可視化する手法として「FEVER CURVE」も紹介されました。これは、医師にとって重要度が高いにもかかわらず満足度が低い、つまり「困っている」領域を数値化する手法です。

数式から算出された数値(機会スコア)は、医師の重要度と満足度のギャップを表しており、ギャップが大きい領域ほど潜在ニーズが高く、情報提供によって大きな価値を生み出せる可能性を示します。このニーズを把握した上で、一律に情報を配信するのではなく、「今、この情報を必要としている医師」へピンポイントに届けることが重要だと説明しました。
その先にあるのが、究極の個別化である「SEGMENT OF ONE」という考え方です。
一人ひとりの状況やニーズに応じてコミュニケーションを最適化する究極の個別化の実現には、CRMやMAツールなどのデータ基盤を活用しながら、顧客理解を深めていくことが重要になります。

オムニチャネルの次に求められる「オプティチャネル」
セッションの最後に下山氏は、オウンドメディアやCRM、MA、講演会参加履歴など、企業が保有するさまざまなログデータについて、それらの「データを集めること」自体が目的化しているケースが少なくないことを指摘しました。
重要なのは、データを活用して医師を理解し、その理解をもとに、一人ひとりに最適な体験を提供することです。そのためには、これまで十分にデータ化されてこなかったリアルな接点も含め、顧客理解につながるデータを一元的に活用していくことが重要になると述べました。
今回のセッションで繰り返し語られたのは、「チャネルを増やすこと」がオムニチャネルではない、ということ。情報量が増え続ける現在、競争力を左右するのは、「どれだけ多く届けたか」ではなく、「医師が必要とするタイミングで、必要な情報を届けられるか」です。
登坂氏は、この考え方を「オプティチャネル」という言葉で紹介しました。チャネルを最適に組み合わせるだけではなく、医師の診療プロセスや意思決定の文脈に合わせて、最適なタイミングで情報を届けるという発想です。
オムニチャネルが成熟期を迎えた今、次のステージとして、「顧客CX」を起点とした情報提供へと発想を転換できるか。今回のセッションは、そのヒントを示す内容となりました。
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