部門横断的なリアルワールドデータ活用における壁の越え方―アストラゼネカの取り組み|ファーマIT&デジタルヘルス エキスポ 2026

部門横断的なリアルワールドデータ活用における壁の越え方―アストラゼネカの取り組み|ファーマIT&デジタルヘルス エキスポ 2026

同じ疾患の患者数なのに、開発本部では約5,000人、マーケット本部では約166,000人と推計している。社内でこれだけ数字が食い違えば、議論は噛み合いません。製薬企業でリアルワールドデータ(RWD)の活用が当たり前になった今、多くの担当者がこの問題に心当たりがあるのではないでしょうか。
 
2026年4月に開催された「ファーマIT&デジタルヘルス エキスポ 2026」では、アストラゼネカ株式会社 メディカル本部 データサイエンス部 部長の堀江義治氏が、メディカルの立場からこの問題にどう向き合うかを語りました。医薬情報ネット 代表取締役社長 笹木雄剛がモデレーターを務めた本講演の要点をレポートします。

メディカル部門が担う「リアルワールドデータ活用のハブ」

データはどこを切り取るかで見え方が変わり、その切り取り方は部門ごとに違います。同じデータを部門横断で使いこなせるかが企業の競争力を左右する中で、その活用を「誰が担うのか」が問われています。
 
堀江氏は本講演で、「メディカル部門がその要になり得る」と語り、アストラゼネカのメディカル本部データサイエンス部が「Japan Data Hub」と呼ぶ基盤を軸に、リアルワールドデータ(RWD)の選定から解析、社内還元までを一元的に担う仕組みについて説明しました。

部門ごとに異なるRWDの使われ方

堀江氏はまず、RWDがどの部門でどう使われているかを整理しました。
 
全社向けには、自社製品がある呼吸器、オンコロジー、循環器、免疫の各疾患について、患者数や処方されている薬剤の動向を毎年集計し、データサイエンス部のホームページに掲載しています。さらに簡易なBIツールを用意し、特定の疾患の患者を男女別に見るとどうなるかなどといった分析を、MRを含む全社員が自分の関心に応じて行えるようにしているといいます。
 
開発本部に対しては、グローバルから指示のある開発戦略の中で、日本人患者のデータをどの試験で入手すべきか、どれだけ必要かといった戦略立案にRWDを活用します。加えて、グローバル試験では日本人患者が含まれる数が少なくなりがちなため、承認後に日本人での安全性を確認する市販後調査にもRWDは重要な役割を果たします。
 
そしてメディカル本部の中核業務が、日本人患者集団を対象とした新たなエビデンスの創出です。病態の把握、現行の医療現場での治療と自社が推奨したい治療との違いの分析、まだ日本人患者においてのアンメットニーズの同定、患者が発症に至るまでの過程を機械学習で予測するペイシェント・ジャーニー調査、実地医療での有効性・安全性評価まで、幅広い役割を担います。

2026.4.21 アストラゼネカ(株),(株)医薬情報ネット「メディカルの立場から考える製薬企業における部門横断データ活用について」講演資料より抜粋
2026.4.21 アストラゼネカ(株),(株)医薬情報ネット「メディカルの立場から考える製薬企業における部門横断データ活用について」講演資料より抜粋

「ハブ」に集約する循環型のデータ利活用

これらの活動は個別に進むのではなく、循環する仕組みとして設計されています。

 

病院や自治体などから得た医療情報をJapan Data Hubに集約し、データサイエンス部が構築したモデルで解析します。その結果を開発戦略の立案やエビデンス創出となる論文、疾患・製品別の調査に反映し、再び患者や医療現場へ還元していくという流れです。

2026.4.21 アストラゼネカ(株),(株)医薬情報ネット「メディカルの立場から考える製薬企業における部門横断データ活用について」講演資料より抜粋
2026.4.21 アストラゼネカ(株),(株)医薬情報ネット「メディカルの立場から考える製薬企業における部門横断データ活用について」講演資料より抜粋

ハブに集約する最大の理由は、データベースを効率的に利用することにあります。利用できるデータベースは、レセプトに基づくものや診療記録に基づくものなど多岐にわたります。これらを各部門が個別に交渉して購入していた従来のやり方では、同じようなデータベースを重複して買ったり、本来の目的に合わないデータを使ったりする事態が起きていました。

 

そこでデータサイエンス部が目的に合ったデータベースを選定し、解析することを全社で管理する体制を整えました。開発やマーケットから要望があれば、メディカル本部で疾患コードや区分などを定義したり、カスタマイズしたりといった対応を実施しています。

 

一方で、日本のRWDには構造的な限界も残っています。匿名加工情報が大半で転帰や死亡の情報が不明確なため追跡が難しい、また、直近の動向をすぐ知りたいというニーズに対しては即時性に欠けます。データベース間の標準化も進んでおらず、解析のたびに異なるプログラムを作成する負担も大きいといいます。堀江氏は、AIやコモンデータモデル(CDM)を用いて一つのプログラムで複数のデータベースを解析できる仕組み作りや、公的データベースの二次利用を可能にする法改正への期待を示しました。

COPD患者数に見る、部門間の数字のズレ

日本人患者数の推定の違いについて堀江氏が具体例として挙げたのが、COPD(慢性閉塞性肺疾患)患者数の集計をめぐる部門間、および外部報告との乖離です。公的なデータだけを見ても、2017年の厚生労働省の報告では病院でCOPDと診断された患者数は約22万人、疫学調査研究のNICEスタディ(2001年発表)では約530万人と大きな開きがあります。

2026.4.21 アストラゼネカ(株),(株)医薬情報ネット「メディカルの立場から考える製薬企業における部門横断データ活用について」講演資料より抜粋
2026.4.21 アストラゼネカ(株),(株)医薬情報ネット「メディカルの立場から考える製薬企業における部門横断データ活用について」講演資料より抜粋

同じことがアストラゼネカの社内でも起きていました。開発本部が臨床試験開始時に用いる数字は約5,000人で、メディカル本部が上市1年前に用いる数字は約61,000人、マーケット本部がローンチ準備で用いる数字は約166,000人で、最大20倍以上の差がありました。

 

開発段階では厳格に確定診断のみを対象とするのに対し、市場規模推計では疑い例を含めた広い定義を用いるため、こうした差異が生まれます。ただ、背景を知らずに数字だけを見ると誤解が生まれます。実際、これを最初に見たグローバルのメンバーからは「なぜマーケティングが166,000人で開発が5,000なのか、20倍も違うじゃないか」という声が上がったといいます。

 

同様の問題は他の疾患領域でも起こり得るため、データ定義を明確に持ち、どの目的でどのように集計したのかを添えて説明できる部門が社内にいる意味は小さくないと堀江氏は訴えました。

アストラゼネカが描くRWD活用の将来像

堀江氏は最後に、目指す将来像を示しました。医療機関の電子カルテ、市町村など自治体の保険支払基金、国のNational Database(NDB)、さらに患者のウェアラブルから得たデータが随時更新され、Japan Data Hubにワンストップで集まります。そのJDHへいつでも、どこからでも、どんなデバイスからでもアクセスでき、解析結果が得られます。そうなれば、病態やアンメットニーズの原因究明、早期発見や有効性・安全性・売上の予測、生活習慣と疾患や医療費の関係の探索が進み、ゆくゆくは健康寿命の延伸やパンデミックへの備えにまでつながっていくという構想です。

2026.4.21 アストラゼネカ(株),(株)医薬情報ネット「メディカルの立場から考える製薬企業における部門横断データ活用について」講演資料より抜粋
2026.4.21 アストラゼネカ(株),(株)医薬情報ネット「メディカルの立場から考える製薬企業における部門横断データ活用について」講演資料より抜粋

製薬企業のRWD活用における本質的な課題は、データそのものよりも、部門ごとに異なる定義と目的をどう束ねるかにあります。目的が違えば患者数が20倍異なることもあります。だからこそ、その差をどう集計したのかを適切な定義とともに説明できる部門が社内に必要です。その役割をどの部門が引き受けるかは企業によって異なり、アストラゼネカではメディカル本部のデータサイエンス部がそれを担っています。堀江氏は「限界はあるが、それを打ち破る形で挑戦を続けている」と話を結びました。