患者中心医療と収益最大化は両立するか?鍵を握る「治療継続」のためのPSP|MDMD2026 Summerレポート

患者中心医療の実現と製薬ブランドの成長を、いかに両立させるのでしょうか。2026年6月開催の「Medinew Digital Marketing Day(MDMD)2026 Summer」では、株式会社おいしい健康 代表取締役CEO 野尻哲也氏が登壇し、患者の日常へ伴走する「Patient Success」の考え方をもとに、治療継続(Persistence)を高める取り組みが患者アウトカムと事業成長の双方に寄与する仕組みを紹介しました。
患者価値の向上と製薬企業の事業成長を「治療継続」でつなぐ
製薬マーケティングにおいて、患者価値の向上と事業成長は両立し得るのでしょうか。ミクスonlineが2025年に製薬企業の社員を対象に行った調査では、「患者価値の向上は長期的な売上の向上につながる」と考える社員が約8割にのぼる一方、短期的な売上につながると答えた人は2割未満でした1)。患者価値の重要性は理解しているものの、日々のKPIがある中で両立が難しいという現場の実感がこの数字に表れており、患者貢献と売上を両立するロジックをどう設計するか課題があると野尻氏は指摘しました。
製品売上を構成する3つの要素
両立の糸口として、野尻氏は製品の収益構造を整理しました。製品の総売上は、「薬価」×「処方患者数」×「一人あたりの治療継続期間(LTV)」により定義されます。従来のマーケティングやプロモーションでは、「処方患者数」、つまり新規患者の獲得に注力してきました。患者ベースを広げてシェアを高めることは王道の活動である一方、製品が一定程度浸透すると新規獲得コストが上がってしまうという課題が出てくると野尻氏は述べます。
見落とされてきた「治療継続」というレバレッジ
そこで着目すべきもう1つのパラメータが、「治療継続期間」です。これは、患者側の要因が大きく企業が介入しにくい領域である一方、改善できれば患者全体に効果が及ぶためレバレッジが効き、非線形的な成長を描けると野尻氏は説明します。
処方済みの患者や既存の医師へのアプローチであるため営業効率も高く、何より患者が治療を続けて健康を維持することは、製薬企業と医療機関が共有する本質的なゴールでもあります。

治療継続の改善がもたらす収益インパクト
治療継続の改善が売上に与える影響は、定量的に試算できると野尻氏はいいます。年間薬価の合計が100万円、新規患者が1万人という前提で、継続率を70%から80%へ改善した場合、10年目の単年度売上は介入前後で約120億円、率にして37.8%もの差が生まれ、累計では約600億円の違いになるとのシミュレーションが示されました。この数式に自社製品の数値を当てはめれば、どこでどう介入すべきかを導き出せるといいます。

また野尻氏は、もともとの継続率が高い薬剤ほど、継続率を上げたときのインパクトが大きくなると解説します。薬価抑制下における試算では、薬価が年率3%低下した場合、10年後に当初の74%まで下がる想定になりますが、それに対し継続率を70%から80%へ高めれば、10年後の単年度でその下落分を補える可能性があると述べました。
こうした理由から、製品ライフサイクルを10年程度でとらえるならば、3年目あたりを目安に新規獲得中心の戦略から治療継続支援の戦略へ軸足を移すことで、全体の売上の最大化が図れると野尻氏は提案します。

食を接点に患者の日常へ伴走する
おいしい健康は、学会と連携しながら患者の栄養管理を支援し、日常生活への伴走を通じた個別化予防・医療に取り組んでいます。中心となるのはAI栄養管理アプリ「おいしい健康」で、糖尿病やCKD、がんなど80の病態に対応。病名を入力するとガイドラインに沿った献立やレシピ、家族の人数に合わせた買い物リストが提案される仕組みです。このアプリは、月間で約200万人が利用しています。
野尻氏は、デジタルヘルスの最大の課題が「継続」にあると指摘しました。一般的なヘルスケアアプリの利用継続率は1カ月で数%から良くても1年後で2割前後にとどまるという報告がある一方、同社のアプリは1年後も約半数の利用者が継続しているといいます。食事が毎日の接点であり、家族も巻き込める点が高い継続率につながっていると野尻氏。この基盤のもとで25件以上の共同臨床研究や9本の学術論文など、エビデンスに基づく取り組みを重ねてきました。

製品フェーズと疾患領域に応じたPatient Successの設計
同社では、この患者パネルとデータ基盤を活用し、製薬企業向けのPatient Success Program(PSP)も展開しています。
一般的に「PSP」は「Patient Support Program」のことを指しますが、野尻氏は同社のPSPを患者のSupport(支援)ではなくSuccess(成功)のためのプログラムだと位置づけます。
同社のPSPは、患者パネル、栄養士による人的な伴走、データとAIを組み合わせた解析力が強みだといいます。200万人規模の患者データから患者の課題を読み解き、製品のフェーズに合わせて支援策を設計・実行し、効果を測って改善するプログラムです。

製品のローンチ直後は、患者データの解析をもとに疾患の認知を広げ、早期発見や受診につなげます。講演では、心疾患の栄養相談データを生成AIで解析したところ、退院直後の空白期間に患者が強い不安を抱えていることが見えてきた例が紹介されました。患者は自分の状態を言語化しづらく、診察では症状や検査値の話に終始しがちですが、生活上のペインを主治医に相談するよう後押しすると、約8割が話してみたいと反応したとのことでした。
また、治療が始まった後の継続期には、離脱を防ぐ伴走が中心になります。例えば同社では、IBD患者は症状の有無よりも相談相手の有無がQOLを左右するという解析結果をもとに、オンラインコミュニティを提供しています。このように患者データから見えたインサイトを起点に、フェーズと疾患に合った施策を組み立てていくのがPatient Successの考え方です。
疾患領域によって患者ニーズや臨床課題は異なるため、領域によってアプローチは変わります。野尻氏は、疾患領域ごとのガイドライン、臨床知見、ニーズの特徴に基づき、患者価値を設計することの重要性についても説明しました。
AI伴走を仕組み化するSaaS型PSP
講演の後半では、SaaS型のPSPアプリが紹介されました。管理栄養士がトレーニングした栄養ロボット「ピタコン」が患者に伴走する仕組みです。
AIは診療の効率化や精度向上に寄与しますが、一方で診療の効率化により患者が医療機関で過ごす時間はむしろ短くなり、相対的に日常生活の時間の重要性が増していきます。野尻氏は、人が伴走するとコストがかさむこの日常生活の領域で、AIを活用したPSPアプリは質の高い伴走を実現し得ると語ります。治療中断の要因の多くは患者側にあるため、AIが伴走することで製品や疾患にまつわる課題を解決できれば、中断リスクを抑え治療継続につなげられると考えられます。
このSaaS型PSPは、おいしい健康アプリが持つ臨床研究基盤を活用。主治医の紹介を受けた患者が研究コードを登録すると、消化器がんの術後の栄養支援や、肥満症のリバウンド防止と筋量維持といった疾患別プログラムが立ち上がる仕組みです。カスタマイズが不要であればすぐにPSPを導入でき、アプリを独自開発する場合より大幅にコストを抑えて始められるうえ、撤退時にはおいしい健康が伴走を引き継いで患者のソフトランディングを支援できる点も特徴だといいます。

患者中心医療が次世代の事業成長につながる
本講演では、患者への貢献と製薬企業の収益が対立するものではなく、「治療継続」という共通のゴールによって両立し得ることが示されました。最後に野尻氏は、「患者には日常生活を送る上でのさまざまな問題があり、そこをサポートすることは最終的なアウトカムにも製薬企業の収益にも十分に貢献し得るといえる。患者中心の医療こそが、次世代の事業成長につながるという成功モデルを生んでいきたい」と述べ、講演を締めくくりました。
<出典>※URL最終閲覧日2026.07.01
1)ミクスonline,ミクス調査 8割が「患者価値向上は長期的売上に」 患者貢献と売上は対立でなく補完関係 外資系で強く(https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=79101 )
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