触れて広がるメディア、取りに行くAI。調査で見えた医師の情報収集の新しい構造とは|MDMD2026 Summerレポート

触れて広がるメディア、取りに行くAI。調査で見えた医師の情報収集の新しい構造とは|MDMD2026 Summerレポート

製薬業界におけるマーケティング手法は、対面からデジタルへの移行を経て、「AI時代」という新たなフェーズに突入しています。AIが「答え」を提示する時代において、医療情報メディアの価値はどのように変化するのでしょうか。

2026年6月に開催されたMedinew Digital Marketing Day(MDMD) 2026 Summerでは、株式会社メディカルトリビューン メディカル事業推進部の光藤 太朗氏が登壇。医師と製薬企業双方への独自調査から浮き彫りになった、AIや医療情報メディアの活用実態をめぐる認識のギャップや、AI時代において企業が取るべきオムニプロモーションの新たな方向性を詳説しました。

AIエージェント時代の到来で、医師の情報収集はどう変わるのか

医療現場でも生成AIの活用が広がり、医師の情報環境のあり方にも大きな変化がみられる中、今後はさらに「AIエージェント化」が進行すると予測されています。

AIエージェント化とは、医師が事前に関心のある診療科や疾患、把握しておきたい情報の種類などを設定しておくことで、システムが自動的に診療に役立つ重要な情報を整理し、手元に届ける仕組みです。例えば、特定の疾患領域における最新のトピックや論文の要約、学会の速報などが整理された状態で、毎朝スマートフォンやPCに配信されるようになります。

医師を取り巻くAI環境の変化
2026.6.4(株)メディカルトリビューン『AIが「答え」を担う時代、企業は医療メディアをどう活用すべきか』資料より抜粋



AIエージェントを介して医療ニュースや学会情報に接する機会が増えることで、医師の中に判断の土台となる知識が自然と蓄積されていくため、医師側の情報環境の変化を見据え、製薬企業もプロモーション設計のあり方をアップデートしていく必要があります。

調査から見えた、医師と製薬企業に潜む「情報源」の認識ギャップ

環境変化の実態を捉えるため、メディカルトリビューン社は2026年3月に医師1,218名および製薬企業関係者43名に対し、AI時代の情報収集に関する調査を実施しました。その結果、医師の実際の情報収集行動と、企業が想定している医師の情報源との間にはギャップが存在することが明らかになりました。

企業はAIを過大評価し、医療情報メディアを過小評価する傾向

まずは、「日常診療で疑問が生じた際の情報源」についてです。

生成AIやAIエージェントを「利用している」と回答した医師は41%だったのに対し、製薬企業側の想定は58%に上りました。一方で、医療情報メディアの利用については、75%もの医師が利用していると回答したにもかかわらず、企業側の想定は67%にとどまりました。

企業側はAIの存在感を強く意識するあまり、従来から利用されている医療情報メディアの影響力を過小評価してしまっている傾向が見受けられます。

日常診療における情報源 医師と企業のギャップ
2026.6.4(株)メディカルトリビューン『AIが「答え」を担う時代、企業は医療メディアをどう活用すべきか』資料より抜粋



中でも、医師と企業の認識にひときわ大きな乖離が見られたのが、処方行動に影響を与える情報源です。

企業側は、「MR」や「論文・ガイドライン」の影響力が高いと想定(「MR」が77%、「論文・ガイドライン」が93%)していたものの、実際の医師の回答は、「MR」が37%、「論文・ガイドライン」が44%にとどまり、実に最大49ポイントにも上る認識のズレが存在しています。

処方に影響がある情報源 医師と企業のギャップ
2026.6.4(株)メディカルトリビューン『AIが「答え」を担う時代、企業は医療メディアをどう活用すべきか』資料より抜粋

急速に浸透するAIと、見直されるMRの役割

日常診療で疑問が生じた際に利用する頻度が高い情報源を聞いた質問では、「論文・ガイドライン」(81%)が最も多く、次いで「臨床情報アプリ」(67%)、「医療情報メディア」(63%)でした。いずれも1年前と比較して利用頻度は大きく増加しています。

「生成AIやAIエージェント」は39%で最も低いものの、1年前と比較して利用頻度が「増えた」と回答した医師は81%に達しており、急速に浸透していることがわかります。

情報源の利用状況
2026.6.4(株)メディカルトリビューン『AIが「答え」を担う時代、企業は医療メディアをどう活用すべきか』資料より抜粋



一方、1年前と比較して利用頻度が減少した情報源は「MR」(63%)のみでした。

MRを情報源として利用している医師の17%が利用頻度が「減った」と回答しており、さらに46%の医師が「これまでMRに確認していた内容をAIツールで代替することがある」と回答しました。特にイノベーター層の医師において新しい情報手段としてAIツールを取り入れるケースが多く、MRから得ていた情報の一部がAIに代替されはじめている現状が確認できます。

MRの利用頻度が減少した背景には、MRの人員が限られており、従来通りに情報提供を行うことが難しくなっているという実情もあると考えられます。しかし、MRの役割の一部がAIに代替されはじめている状況を踏まえると、「何をMRが担うべきか」という視点で役割を見直す必要があるといえます。

AIツールと医療情報メディアの根本的な役割分担:「検索」と「理解の下地」

AIエージェントが普及し、医師が自動的に情報を収集できるようになれば、医療情報メディアの価値は低下してしまうのでしょうか。光藤氏はこの疑問に対し、「医療情報メディアの役割はむしろ構造的に重要になっていく」との見解を示しました。

「触れて広がる」医療情報メディアと「取りに行く」AI

まず、医療情報メディアとAIツールは異なる目的で使い分けられていることがわかります。

医師情報メディアの記事やコンテンツの視聴場面/AIツールの利用目的
2026.6.4(株)メディカルトリビューン『AIが「答え」を担う時代、企業は医療メディアをどう活用すべきか』資料より抜粋



医療情報メディアは、論文やガイドラインの要点把握や、非専門領域の網羅的な把握、専門家の見解の参照などの目的で多く利用されています。個別の疑問を解決するだけでなく、情報の背景や文脈を含めて理解を深める場面で活用されているようです。

一方で、AIツールは、情報取得の効率化や即時的な疑問解決など、知りたいことが明確な時に、必要な情報をピンポイントで能動的に取得する検索的ツールとして機能しています。

医師が処方判断に至るまでの情報と認識のプロセス

両者には利用目的の違いはあるものの、AIエージェントの普及によって医療情報メディアの機能も一部代替されていくでしょう。

しかし、医療情報メディアにはAIでは代替しにくい独自の価値があります。それは、医師の中に新たな関心や知識の土台となる「理解の下地」を形成する役割です。


医師の関心はどのように形成されていくのか
2026.6.4(株)メディカルトリビューン『AIが「答え」を担う時代、企業は医療メディアをどう活用すべきか』資料より抜粋



医師が特定の疾患や製品を「重要な関心事」として捉えるまでには、段階的なプロセスが存在します。光藤氏は、認識が形成されていく過程と、その先の処方判断に至るまでの医師の認識ステップを3つのレイヤーに整理して解説しました。

文脈を支える情報構造と役割分担
2026.6.4(株)メディカルトリビューン『AIが「答え」を担う時代、企業は医療メディアをどう活用すべきか』資料より抜粋


【一次情報レイヤー】
論文や学会発表、専門家の知見といった、医療情報の出発点となるレイヤーです。情報価値は極めて高いものの、医師自身が能動的に探しに行かなければ得られません。

【文脈化レイヤー】
一次情報を臨床現場で理解しやすい形に整理し、医師間で共通の「理解の下地」を形成するレイヤーです。医療情報メディアが最も力を発揮する部分であり、AIには代替が難しい重要な役割を担います。特に希少疾患や専門性の高い領域では、疾患の理解や背景知識が十分に浸透しづらいため、文脈化レイヤーの存在が医師の理解に大きく影響します。

【利用判断レイヤー】
実際の処方検討を行うレイヤーです。医師は、文脈化レイヤーによって形成された知識や関心をもとに、新たな情報を理解・比較し、実際の処方検討へとつなげていきます。

今後は、この構造にAIエージェントが加わることになりますが、AIが担うのは、すでに形成されつつある知識や関心を整理・要約しながら支える役割です。つまり、AIは新たな文脈を生み出す存在ではなく、形成された理解をさらに深めたり定着させたりする「体験価値を加速する装置」という位置づけになります。

AI時代のプロモーションに求められる視点

これまで製薬企業のマーケティングは、Web講演会やMR活動などをどう組み合わせるかという「手段の最適化」に注力してきました。

しかし、AIによって情報取得の効率化が進むこれからの時代には、さらに一段上の視点として、「医師がプロモーションに触れるまでに、どのような情報に接し、どのような理解や関心を形成しているか」を捉えることが重要になると光藤氏は説明します。

そのため今後は、施策やチャネルの組み合わせだけでなく、医師の理解形成のプロセス全体を見据えた情報設計が求められるといいます。

メディカルトリビューンが展開する「理解の下地」形成へのアプローチ

こうした考えのもと、メディカルトリビューンでは医師が日常的に疾患や治療への理解を深められる情報環境づくりを進めています。

年間100学会以上を取材し、ガイドライン改訂や新薬エビデンスなど、実臨床に直結する情報を継続的に発信している他、睡眠障害やアレルギー、ワクチン、がんなど毎月特定の領域を深掘りする特集企画も展開しています。

「World IBD Day(世界IBDデー)」に合わせて今年5月に実施したIBD(炎症性腸疾患)特集では、患者コミュニティとの協業や専門医への取材、栄養管理に関するコンテンツなど、多様な視点から疾患を取り上げました。最新の診療動向をはじめ、専門医と地域をつなぐ連携事例、栄養管理の解説動画などを交え、Webサイトと紙媒体(新聞)の双方を活用して多角的に情報を提供することで、疾患に対する医師の「理解の下地」をより厚く形成する狙いがあります。

さらに同社では、承認前の疾患啓発や学会情報の発信から、上市後の患者発見支援、成熟期における地域連携や診療事例の共有まで、製品ライフサイクルに応じたコンテンツを展開しています。

情報を網羅するだけでなく、各フェーズにおける医師の関心や心理変化に寄り添い、適切なタイミングと文脈でアプローチし続けることで、一過性ではない持続的なコミュニケーションを可能にしています。

医師の「理解の下地」を中立的な立場から継続形成
2026.6.4(株)メディカルトリビューン『AIが「答え」を担う時代、企業は医療メディアをどう活用すべきか』資料より抜粋

AI時代こそ、プロセス全体を見据えたプロモーション設計を

AIの進化によって、医師の情報収集のあり方は大きな転換期を迎えています。生成AIやAIエージェントの活用が広がることで、必要な情報へ迅速にアクセスできる環境は今後さらに整っていくでしょう。

一方で、調査からは医療情報メディアが依然として多くの医師に利用されている実態や、AIと医療情報メディアが異なる役割を担っていることも見えてきました。AIが情報取得や疑問解決を効率化する一方で、医療情報メディアは一次情報を整理し、背景や文脈を含めた理解を支える役割を果たしています。

医師の認識や判断は、単発の情報接触だけで形成されるものではありません。日常的な情報接触の積み重ねによって生まれる「理解の下地」が、その後の情報の受け取り方や意思決定にも影響を与えます。

AI時代のプロモーションに求められるのは、チャネルを最適化することだけではなく、医師がどのような文脈の中で情報を理解し、判断に結び付けるのかというプロセス全体を捉える視点です。AIと医療情報メディアが共存するこれからの情報環境においては、その理解形成のプロセスを踏まえた情報設計が、これまで以上に重要になるでしょう。



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