医師理解・体験設計・体験提供をデータとAIで回す、アストラゼネカのCX戦略|MDMD2026 Summerレポート

医師理解・体験設計・体験提供をデータとAIで回す、アストラゼネカのCX戦略|MDMD2026 Summerレポート

データの蓄積やAIの進化により、医師一人ひとりの関心や置かれた状況をより深く理解し、それに沿った情報提供が可能になりつつあります。一方で、医師が接する情報量は増え続けており、「何を伝えるか」だけでなく「どのような体験として届けるか」も重要になっています。
  
2026年6月開催の「Medinew Digital Marketing Day(MDMD)2026 Summer」では、アストラゼネカ株式会社 カスタマーエクスペリエンス&IT部 執行役員 本部長の馬光宇氏が登壇。株式会社医薬情報ネット 代表取締役の笹木雄剛をモデレーターに、データとAIを活用した顧客理解の高度化と、その理解を体験設計や体験提供につなげるCX戦略について紹介しました。

AIと「3つの“リアル”」で実現するアストラゼネカのCX戦略

医師ごとにカスタマイズした情報提供が可能になりつつある一方で、その実現に必要なデータや顧客接点はますます複雑化している現在、顧客体験(CX)をいかに設計し、継続的に改善していくかは、多くの企業にとって課題となっています。 

  

そんな中、アストラゼネカは真のCX実現に向けた戦略を発表。顧客理解を深めて体験設計に生かし、体験提供から得られた学びを再び顧客理解へと還元するループを構築しながら、CXの質を高めていく方針を示しました。

  

すべては「リアル」から
2026.6.4アストラゼネカ(株)、(株)医薬情報ネット『アストラゼネカが取り組む真のCXに向けた再発見 ― データとAIがもたらす医師理解の進化』資料より抜粋

ベストプラクティスなき時代は、個人・組織・AIの協働が重要

真のCXを支えるうえで、馬氏がまず強調したのが組織体制です。

  

従来の製薬マーケティングには一定のベストプラクティスがあり、社員一人ひとりが顧客理解・体験設計・体験提供を担っていました。

  

しかし、顧客ニーズの変化、顧客接点の多様化などにより、正解がほぼ存在しない現在は、部門や会社を超えた協力体制が重要になります。そこでアストラゼネカは、コマーシャルのみならずR&Dやメディカルといった社内部門、地域・国の政策立案者、メドテックなどのスタートアップを、共に山を登る“登山仲間”と位置付けました。

  

さらにAIエージェントもCX戦略の重要な主体と捉え、個人・組織・AIが共に学習しながら顧客の変化に適応し、施策そのものを進化させ続けることを目指しています。

AIを活用し、人が「ケアし、創造し、リードする」ことに集中

アストラゼネカの「AI30コミットメント」
2026.6.4アストラゼネカ(株)、(株)医薬情報ネット『アストラゼネカが取り組む真のCXに向けた再発見 ― データとAIがもたらす医師理解の進化』資料より抜粋

AIは、アストラゼネカのCX戦略を支える重要な要素です。AI活用の指針「AI 30 Commitment」では、「Smarter(より賢く)」「More Precise(より正確に)」「Faster(より早く)」を掲げ、顧客への価値提供の高度化を目指しています。馬氏は、AIは人を代替するものではなく、社員がより人間らしく人をケアし、創造し、責任を持ってリードしていくために力を与えるものだと説明しました。

真のCX実現を支える「3つの“リアル”」

AIを活用してCXループを回すうえで、アストラゼネカが重視しているのが「3つの“リアル”」です。

  

1つ目は、“リアル”ワールドデータです。レセプトデータや電子カルテ、調剤レセプトに加え、病院情報システム(HIS)や臨床意思決定支援システム(CDSS)などから得られるリアルタイムの情報を活用し、企業が届けたい情報を発信するサプライ起点ではなく、医療現場のシグナルに応じて情報提供を行うデマンド起点への転換を目指します。

  

2つ目は、“リアル”タイムフィードバックです。医師に情報を届ける前にシミュレーションを重ね、フィードバックを得ながら体験を磨き上げる考え方を指します。

  

3つ目は、“リアル”インパクトです。情報を届けるだけでなく、どの情報や体験が医師の意思決定や行動に影響を与えたのかを分析し、次の顧客理解につなげようとしています。

データとAIを活用したCX実現の取り組み

それでは、アストラゼネカでは実際にどのような取り組みを行っているのでしょうか。顧客理解、体験設計、体験提供のそれぞれにおける具体的な事例を見ていきます。

顧客理解:精緻なプロフィールを生成し、医師像を立体的に把握

データとAIが拓く、かつてない顧客理解
2026.6.4アストラゼネカ(株)、(株)医薬情報ネット『アストラゼネカが取り組む真のCXに向けた再発見 ― データとAIがもたらす医師理解の進化』資料より抜粋

顧客理解を深めるために取り組んでいるのが、医師プロフィールの高度化です。社内外に散在するデータを統合し、リアルな医師のペルソナに近い分身をAIツイン上に構築。「この医師ならこう考える」を再現しようとしています。

  

特徴は、統合するデータの幅広さです。レセプトや面談ノート、医師向けサーベイといったコマーシャルのデータに加え、学術情報などのR&D・メディカルのデータ、テリトリーアサインメントを含むHRのデータも一つの基盤に集約。AIがそれらを横断的に参照しながら、医師ごとの詳細なプロフィール「XXタイプ医師.md」を生成します。属性情報だけでなく、関心領域や想定される反応なども整理することで、より立体的な顧客理解につなげるのが狙いです。

体験設計:AIを活用したシミュレーションと企画書評価で、品質を担保

次に、AIで生成した医師プロフィール群を活用し、ロールプレイや壁打ちを行い、「どのようなメッセージであれば共感を得られるか」「どのようなオブジェクションが想定されるか」を事前に検証。各医師により適した精度の高い体験設計につなげようとしています。

  

個別コンテンツ企画書がNSPの戦略内容に合致しているかを評価
3つの軸からAIを活用した企画書評価
2026.6.4アストラゼネカ(株)、(株)医薬情報ネット『アストラゼネカが取り組む真のCXに向けた再発見 ― データとAIがもたらす医師理解の進化』資料より抜粋

また、CXの出来は企画段階で決まると考え、力を入れているのが企画書の改善です。AIを用いて、企画書の項目が揃っているかを確認する「形式評価」、戦略との整合性を確認する「戦略整合性評価」、TPOや医師特性に即した表現になっているかを確認する「文章表現評価」を実施。これによって企画書修正の手間を減らして業務を効率化しつつ、企画段階での品質も担保しようとしています。

体験提供:インタラクティブ講演会で、視聴継続率とインパクトを向上

体験提供の取り組みとして、馬氏が特に強調したのがDtoD(Doctor to Doctor、医師間での情報提供)のアプローチです。

  

従来、アストラゼネカが実施してきたオンライン講演会では、開始後まもなく視聴医師の半数近くが離脱し、その後も「つけっぱなし」とみられる視聴が多く、本質的なインパクトを与えられていませんでした。

  

あるD2D講演会の視聴時間と参加者ヒストグラム
2026.6.4アストラゼネカ(株)、(株)医薬情報ネット『アストラゼネカが取り組む真のCXに向けた再発見 ― データとAIがもたらす医師理解の進化』資料より抜粋

この原因は一方通行性にあると考え、導入したのがインタラクティブ講演会です。講演中に症例に対する診断・処方方針の投票を実施するほか、リアルタイムQ&Aや講演後に演者と交流できるバーチャル空間も提供。馬氏は「視聴医師が主体的に参加できる体験へと変えたことで、離脱率やつけっぱなし視聴が大幅に改善した」と成果について説明します。

  

開催中の離脱やつけっぱなしを大幅に削減
2026.6.4アストラゼネカ(株)、(株)医薬情報ネット『アストラゼネカが取り組む真のCXに向けた再発見 ― データとAIがもたらす医師理解の進化』資料より抜粋

さらに、こうした講演中のアクティビティに参加した医師とそうでない医師との間では、その後の売上にも統計的に有意な差が見られたといいます。「疾患によるが、アクティビティに参加した医師群では、その後の売上や処方が広がる確率に25~128%の差が見られた」と馬氏は明らかにしました。

データ整備と組織づくりが、CXの土台に

真のCX実現に向け、着実に歩みを進めるアストラゼネカ。しかし、モデレーターの笹木から「苦労したポイント」を問われると、馬氏は「データ整備も組織づくりも、どちらも大変だった」と振り返りました。

  

まずデータ基盤については、AI活用を前提とした状態(AI-ready)ではなかったため、多額の投資を行って整備しなければなりませんでした。加えて、プライマリーマーケティングリサーチのデータなどは、ビジネス部門による囲い込みを防ぐため、トップダウンで「データ統合必須」の方針を打ち出す必要があったほか、部門ごとの重複購買を防ぐガバナンス整備も進めたと言います。

  

また組織面では、IT・デジタル部門が現場を十分に理解しないまま施策を提案し、ビジネス部門の協力を得られないことが課題だったと馬氏。そこで、現場に直接足を運び、必要なものを聞くことを徹底するとともに、ビジネス部門とIT・デジタル部門を組織として統合。さらに、ビジネス部門のブランドマネージャーをIT・デジタル部門に配置し、ビジネスとデータをつなぐ橋渡し役を担ってもらうことで、連携を強化してきたと語ります。

  

これを受けて笹木氏は、「頭の中だけで施策を考えるのではなく、それが現場で本当に使われ、評価されるのかを確かめながら進めることが評価につながっているようだ」とコメント。データやAIの活用が注目される一方で、現場起点で施策を磨き続けることの重要性を改めて示すセッションとなりました。

CXの根本は「人間理解」

真のCXの根本にあるのは、「人間理解」だという馬氏。顧客は何に興味を持ち、どのような体験であれば価値を感じるのか。「AIも活用しつつ顧客をしっかり理解し、質の高い体験を設計したうえで、データとさまざまな仕掛けを使って体験を提供していくことが重要だ」として、講演を締めくくりました。

 

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