医師のWeb行動を「線」でとらえる。データ活用を変える新たな視点|MDMD2026 Summerレポート

オムニチャネル化が進む製薬マーケティングにおいて、チャネルごとの成果は可視化されても、医師が最終的な意思決定に至るまでのプロセスは依然としてブラックボックス化したままです。
2026年6月開催の「Medinew Digital Marketing Day(MDMD)2026 Summer」では、株式会社インテージヘルスケア Rxソリューション部デジタルソリューショングループの浦 成吾氏と、大鵬薬品工業株式会社 CXデザイン室 室長の酒井 健太氏が登壇。行動ログを活用して医師の体験(デジタルCX)を可視化し、具体的なマーケティング戦略へ生かす実践的なアプローチを紹介しました。
「データの断絶」が製薬マーケティングにもたらす3つの課題
まず浦氏は、製薬マーケティングにおいて解消すべき「データの断絶」とは、関心や疑問、意思決定などの医師の体験全体を1つのストーリーとして把握できていない状態であると定義しました。

GoogleアナリティクスなどでPVやCTRといった媒体ごとのデータは取得できても、それはあくまで「点」の動きにすぎません。「なぜ医師がサイトへ訪れたのか」「競合とどのように比較したのか」「情報の接触後にどう行動したのか」というような意思決定の文脈は見えず、データが一本の線としてつながらないのです。
浦氏は、この断絶によって以下3つの壁(課題)が生じると警鐘を鳴らしています。
- 視界の断絶:自社チャネル外の行動が見えず、医師の意思決定プロセスがブラックボックス化する
- 評価の限界:PVなどの「量」は追えても、施策後の行動変化といった「体験の質」が測れない
- 組織の分断:共通の指標がなく、チャネルや部門を横断した連携が難しくなる

医師の意思決定プロセスの「可視化」:行動ログで視界の断絶を解消する
この断絶を解消する基盤として紹介されたのが、同社が提供する医師のWeb行動ログ分析ツール「LogscapeⓇ(愛称:ログスケ)」※です。
※“Logscape/ログスケ” は、株式会社インテージヘルスケアの登録商標です
LogscapeⓇは、許諾を得た医師のWeb閲覧行動をURLごとに秒単位で24時間365日追跡し、検索ワードまで収集します。そのため、例えば「『肥満症 治療』で検索→学会サイトを閲覧→医療メディアの記事を閲覧→薬剤名を検索→競合サイトと自社サイトを比較」といった医師の情報収集プロセスをタイムラインでとらえられるようになります。
自社が把握できる医師のWeb行動はほんのわずか
LogscapeⓇで医師のWeb行動を俯瞰できるようになったことで、ある課題が明確になりました。それは、製薬企業が自社で把握できるデータの限界です。
同社の分析によると、医師がインターネット上で閲覧した全てのページ(Web行動全体)のうち、自社サイトをはじめとする自社チャネルの閲覧が占める割合は僅かにすぎません。医療系の主要プラットフォームをすべて合算しても、閲覧行動の大半をカバーするには至らないのが実情です。
つまり、全体の74.4%は製薬企業からは全く見えないブラックボックスとなっており、医師がどのように検索し、どんな課題を抱えているのかという意思決定に関わる多くの真実は、そこに埋もれてしまっているのです。

医師の体験の質の「評価」:離脱後の検索から真意を読み解く
続いて浦氏は、評価の限界をどう乗り越えるかについて、具体例を交えて解説しました。
従来の施策評価では、eDTLの閲覧数やWeb講演会の参加人数といった「施策の量」の計測に終始しがちでした。しかし、本来マーケターが追うべき指標は、医師が施策に触れた後どのような行動を取ったかという「体験の質」です。そのためには、PVだけで評価を終えるのではなく、閲覧後の行動まで含めて読み解く視点が求められます。

それでは、ログデータからどのように体験の質を読み解けるのでしょうか。浦氏は一人の医師のWeb行動履歴を例に挙げました。
この医師は「【製剤名】 肝障害」と検索し、製薬企業サイトを約40秒閲覧しました。従来ならここで「1PV獲得」とみなして評価は終了します。しかし、離脱後の行動を追うと、疑問が解消されなかったためか「【製剤名】 副作用 肝臓」と再検索し、外部のコラムで情報を補完していたことが分かりました。こうした行動は特殊なケースではなく、同領域を検索した223名の医師のデータを分析しても同様の傾向が見られたそうです。
ここで重要なのは、サイトの役割によって離脱後の検索行動の評価基準は異なるという点です。
疾患やトレンドを網羅的に扱う医療メディアの場合、閲覧後に検索が発生するのは、医師の「もっと知りたい」という関心を動かした証拠であり、情報提供の成果といえます。
一方で、自社製品の1次情報を専門に扱う製薬企業サイトの場合、離脱後の再検索は「サイト内で解決できなかった疑問」の表れです。しかし、これを施策の失敗ととらえるのではなく、離脱後の検索キーワードや情報の補完先まで追跡することで、自社サイトに不足しているコンテンツや打つべき具体的な改善アクションが見えてきます。
デジタルと現場の「連携」:大鵬薬品工業が組織の分断を打破したプロセス
講演の後半では、LogscapeⓇのサービス提供開始前からインテージヘルスケアと議論を重ね、実際に導入を進めてきた大鵬薬品工業の酒井氏が登壇。同社が直面した組織課題と、ログデータを実務に落とし込むまでのプロセスが共有されました。
新型コロナウイルスの感染拡大以降、同社はデジタルチャネルを急拡大させ、活動量やカバー率の最大化に注力してきました。しかし、デジタル施策が定着するにつれ、「本当に顧客価値や自社の成果に結びついているのか」という疑問が生じるようになったといいます。
そこでLogscapeⓇの導入を決めたものの、当初は分析リソースの不足という壁に直面しました。さらに、酒井氏率いるCXデザイン室が20代中心の若いチームだったこともあり、得られた示唆に確信が持てず、次のアクションへつなげられない時期が続いたそうです。
組織の分断を打ち破ったクロスファンクショナル・ワークショップ
この停滞を打破するきっかけとなったのが、マーケティング部門やデータ分析部門を巻き込んだ「クロスファンクショナル・ワークショップ」の実施です。
1つ目のワークでは、サイトカテゴリー別の滞在期間推移などのデータを確認。自社の施策がどのような形でピークにつながったかを分析し、特に関心を引いたピークは、個別の医師のログを確認しながら医師のWeb行動を追跡しました。
その上で、自社と競合のアクセスジャーニーを比較分析し、議論を重ねたことで、「オウンドサイトの設計思想の違いが、医師の体験を大きく左右している」という本質的な事実に、チーム全体で気づくことができたといいます。

次のワークでは、チャネル軸ではなく「誰に・何を・いつ・どう届けるか」という顧客軸でアクセスジャーニーを検討。オウンドメディアを中心とした流入チャネルや流出チャネルを書き出し、うまく機能している部分と今後強化すべき部分の議論を深めました。

医師の適正使用ニーズをとらえたタイムリーな情報提供
ワークショップで議論を深めた成果は、がん領域における新たなデジタル施策として形になりました。
この施策では、医師のデジタル上の行動変化から、薬剤への関心が高まっていると考えられるデジタル行動を察知する仕組みを構築。「医師が薬剤の処方を検討している患者さんを抱えていることが把握でき、より確度の高い情報提供につながった」といいます。
この施策のポイントは、医師が実際に処方を検討する局面をとらえ、適正使用情報が必要とされるタイミングで情報提供につなげられた点です。こうした成功体験は、データを活用した施策への手応えとなり、組織全体のデータ活用を前進させる契機になりました。
ワークショップが組織にもたらした3つの変化
ワークショップを経て、若いチームのデータ活用能力は飛躍的に向上しました。酒井氏はその背景に「3つの変化」があったと総括します。
- 「何を見るか」を揃えた: 目的に応じて注目すべきデータをチームで共有できた
- 「どう考えるか」を揃えた: 「事実→解釈→示唆」という論理的思考プロセスが定着した
- 「どう使うか」を変えた: 個人での検討にとどめず、チームでの議論を通じてアクションに落とし込めるようになった
酒井氏は、「私たちにとって、データの断絶はデータがないことではなく、個が見えない『評価の分断』と、分析結果を活用しきれない『組織の分断』だった」と振り返りました。
現在はLogscapeⓇでデータをつなぎ、ワークショップを通じて実務価値へと変換できたことで、これらの断絶は確実に解消されつつあると強調。そして今後は行動と意図を組み合わせ、より高度な顧客理解に挑みたいと展望を語りました。
誰もがデータを使える環境へ。AI活用が拓く「データの民主化」
講演の最後には再びインテージヘルスケアの浦氏が登壇し、データ活用を組織全体へ広げるための取り組みとして、AI活用の方向性も紹介されました。
ITスキルや分析能力には個人差があるため、ログデータを全社で共有・分析しようとしても、活用の幅にばらつきが出てしまいます。この課題に対し同社は、Snowflakeを活用した環境構築を支援しています。自然言語で「こういうデータが欲しい」と入力するだけでAIがSQLを自動生成するため、専門知識がなくても容易にデータを抽出できます。
一方で、企業特有の略語や文化などをAIが理解できず、質問者やタイミングによって出力結果にブレが生じるリスクも存在します。その解決策として浦氏が提示したのが、データ定義を整え、AIの解釈ブレを防ぐ「セマンティックレイヤー」の構築です。データベースとAIの間にこの共通辞書を挟むことで、回答のばらつきを抑え、分析の精度と再現性を担保できるといいます。

浦氏は、セマンティックレイヤーとAIの掛け合わせによって、個人のスキルに依存しない「データの民主化」を実現できると強調。誰もが一貫した正しいデータにアクセスできる環境は、デジタルマーケティングにおける3つの壁を乗り越え、組織の意思決定の高速化につながるとの考えを示しました。
医師の行動を「数字」ではなく「体験」としてとらえる
PVやCTRなどの指標は、施策を評価するための重要な情報です。しかし、それだけでは医師が何に関心を持ち、何に迷い、次にどのような行動を取ったのかまでは見えてきません。
今回の講演では、チャネルごとのデータを見るだけではなく、医師の行動を一連のプロセスとしてとらえ、その背景にある意図まで読み解く視点の重要性が示されました。その視点は、チャネル設計やコンテンツ改善、MR活動との連携など、さまざまな場面で共通の判断軸になりえます。医師理解をさらに深めるために、データをどう読み解き、次のアクションへつなげるか。その発想が、今後のオムニチャネル施策では一層重要になっていくでしょう。
【関連コンテンツ】
.png&w=640&q=75)



%2520_0716.png&w=384&q=75)




.png%3Ffm%3Dwebp&w=640&q=75)

