生成AIがヘルスケアの未来を変える。米国デジタルヘルス最前線|塩野義製薬データサイエンスフェス

生成AIがヘルスケアの未来を変える。米国デジタルヘルス最前線|塩野義製薬データサイエンスフェス

「データサイエンスとデータエンジニアリングの融合による新たな価値創造」をテーマとするオンラインイベント「SHIONOGI DATA SCIENCE FES 2024」が2024年2月末に開催されました。米国を拠点とするベンチャーキャピタルのKicker Venturesの清峰氏が米国におけるデジタルヘルス・医療AIの現状と今後の展望について紹介した講演「米国のデジタルヘルス・医療 AI の最先端」の内容をレポートします。

投資先として注目されるデジタルヘルス・医療AI

Kicker Venturesは、「未来のヘルスケア」をテーマにシードおよびアーリーステージのスタートアップに投資活動を行っています。最近特に注目しているのが、生成AIを活用したヘルスケア領域のスタートアップです。Kicker Venturesが投資する11社のうち、10社がデジタル要素があり、ほとんどがAIを活用しているといいます。

従来の識別系AIが既存のデータをもとに新たなデータを「判別・識別する」のに対し、生成AIは既存のデータから新しいデータを「創出する」ことができるAIです。生成AIは、医療分野における応用が期待されており、清峰氏は、生成AIによって、これから10年でヘルスケア業界が根本的に変革する可能性が高いと述べています。

医療現場では本来の医療行為に専念できる環境の整備を期待してAI活用が進む

米国では、すでに700件以上のAI駆動型医療機器がFDAの許認可を受けており、特に放射線科や循環器系の領域で導入が進んでいます。

AIの精度の向上も医療分野での活用を後押ししており、すでにいくつかのタスクにおいて、AIが熟練した人間と同等もしくはそれ以上のパフォーマンスを発揮し始めているといいます。それに伴い医療現場でのAI活用に対する期待感も高まっており、事務作業の効率化やコスト削減、医療従事者の負担軽減などが検討されています。

Tebra社が2023年4月に実施した医療従事者500名に対するインタビュー1)では、実際に医療従事者の10人に1人がAIを利用しており、近い将来に導入を希望する割合は50%にのぼりました。AIを活用することで、データ入力やスケジューリングといった事務作業の効率化を図り、本来の医療行為に専念できる環境を整備することが期待されています。一方で、約42%の医療従事者はAIの導入に対して前向きではないという調査結果もあり、新技術への抵抗感も一部に存在しています。

ヘルスケア領域全体における生成AIの現状

Boston Consulting Groupのレポート2)によると、生成AIは医療分野のさまざまなステークホルダーの業務にインパクトを与えつつあります。現在、生成AIの導入が進んでいる領域は、製薬企業では医薬品のディスカバリ・デザイン、個別化医療、病院では患者のスクリーニング、ドキュメンテーションの自動化などです。一方で、製薬企業の臨床試験の計画や、保険会社のクレーム自動処理などの領域では、まだ導入は初期段階にあります。

2024.2.29 塩野義製薬(株)「SHIONOGI DATA SCIENCE FES 2024」講演資料より抜粋
2)Generative AI Will Transform Health Care Sooner Than You Think(
https://www.bcg.com/ja-jp/publications/2023/how-generative-ai-is-transforming-health-care-sooner-than-expected



アメリカの大手ベンチャーキャピタルであるGSR Ventures社のレポート3)では、生成AIのヘルスケア分野での活用について、技術的難易度と浸透率の観点から分析しています。メモ作成や事前承認など、技術的難易度が低い領域では浸透が進んでいる一方、コンパニオンAIのように技術的難易度が低くても浸透が進んでいない領域もあります。逆に、創薬・医薬品開発やセキュリティ、コンプライアンスのように、技術的難易度が高くても、重要度やマーケットの大きさから浸透が始まっている領域もあるというのが現状です。

2024.2.29 塩野義製薬(株)「SHIONOGI DATA SCIENCE FES 2024」講演資料より抜粋
3)Where Generative AI Meets Healthcare: Updating The Healthcare AI Landscape(
https://aicheckup.substack.com/p/where-generative-ai-meets-healthcare


生成AI×ヘルスケアのスタートアップ動向

生成AI×ヘルスケアのスタートアップは、米国とカナダだけでも150社以上存在すると言われています。清峰氏は、それらの企業を6つのカテゴリーに分けて紹介しました。

1.ライフサイエンス・研究開発
新規タンパク質治療薬の開発にAIを活用するGenerate Biomedicinesは、7億ドルに近い資金調達を実施し、アメリカの大手ベンチャーキャピタルがサポート。自然界の化合物の多様性とAIを組み合わせた新薬開発を目指すEnvidaも2億ドル近い資金調達を実施し注目を集めています。

2.診断
がん診断のAI化に取り組むPAIGEは、初のAIによる自律的ながん診断システムでFDA承認を取得しました。

3.病院(アドミン)
医療面談を録音し、重要な情報を記録するアプリケーションを開発し、医療現場での事務作業効率化を目指すAbridgeは、2億ドル以上の資金調達を実施し、急速に病院への導入を進めています。

4.データ・モデル系
信頼性の高いAIモデル構築に取り組むHippocratic AIは、シリコンバレーの大手ベンチャーキャピタルから資金調達を実施しました。

5.治療・慢性疾患管理
メンタルヘルスにフォーカスしたWysaや、マイクロバイオーム×AIのJONAなど、疾患領域に特化したスタートアップも登場しています。心不全に特化したISHI HealthはTakeda Digital Venturesから資金を調達しています。

6.ケアナビゲーション
電子カルテデータや患者データを活用した、ケアプランの最適化を目指すMEMORA HEALTHなどが代表的な企業です。

これらのスタートアップは、多様なデータとAI技術を駆使して、医療のさまざまな場面で効率化や精度向上、新たな価値創出を目指しています。

デジタルヘルス・医療AIを浸透させていくために克服すべき課題

一方で、AIの信頼性やバイアス、プライバシーの問題など、克服すべき課題も残されていると清峰氏は指摘します。

最もクリアすべきハードルとして清峰氏は「信頼性」の問題を挙げました。JAMAに掲載された研究4)によると、電子カルテからAIにサマリーを作成させた際に、再現性の問題やプロンプトの影響、情報の推測などの問題が発生したことが報告されています。AIモデルの信頼性を確保することは、医療分野での活用において最も重要な課題だと言えるでしょう。

また、医療データの多くは欧米、特に白人男性のデータに偏っているため、「バイアス」の問題も指摘されています。女性の心臓病のデータを集めるBLOOMER TECHのような企業や、文化的背景を考慮した治療AIを開発するanise healthなど、データの多様性を確保する取り組みも始まっています。

「プライバシー保護」の観点からは、シンセティックデータ(合成データ)の活用や、フェデレーテッドラーニング(連合学習)によるデータ共有など、新たなアプローチも探られています。

また、規制当局であるFDAは生成AIへの対応に苦慮している状況ですが、プロアクティブに取り組んでいる姿勢が見られ、その対応や許認可プロセスについては業界でも評価されていると清峰氏は述べました。

一方で、患者側の期待感も高まっています。デジタルヘルスや生成AIの進歩は、患者の健康状態改善、医療費削減、患者満足度の向上、医療従事者の負担軽減という4つの目標「クアドラプルエイム(Quadruple Aim)」の達成に寄与すると期待されています。

生成AIがもたらすヘルスケアの未来への期待と課題

本講演では、米国のデジタルヘルス・医療AI分野では、生成AIを中心とした最新技術を活用したスタートアップが続々と登場していることが紹介されました。ライフサイエンス・研究開発、診断、事務作業の効率化、データ・モデル、治療・慢性疾患管理、ケアナビゲーションなど、さまざまな領域で革新的なソリューションが生み出されつつあります。大手ベンチャーキャピタルからの大規模な資金調達が相次ぎ、業界の注目度の高さが伺えます。

一方で、データや生成AIの医療分野での活用を浸透させていくためには、信頼性、バイアス、プライバシーといった課題への対応も求められています。これらの課題を克服し、患者や医療従事者に真に価値をもたらすソリューションの開発が進むことで、未来のヘルスケアの姿が大きく変革していくことでしょう。

AI研究の第一人者である Andrew Ng氏が「データが21世紀の石油であれば、AIは新しい電気である」と述べているように、AIは「新しい電気」として、ヘルスケア業界に光明をもたらすことが期待されています。清峰氏は、生成AIがもたらすヘルスケアの未来に対して期待感を持っていると述べ、講演を締めくくりました。

<出典>※2024.4.26参照
1)Perceptions of AI in healthcare: What professionals and the public think
https://www.tebra.com/theintake/medical-deep-dives/tips-and-trends/research-perceptions-of-ai-in-healthcare
2)Generative AI Will Transform Health Care Sooner Than You Think
https://www.bcg.com/ja-jp/publications/2023/how-generative-ai-is-transforming-health-care-sooner-than-expected
3)Where Generative AI Meets Healthcare: Updating The Healthcare AI Landscape
https://aicheckup.substack.com/p/where-generative-ai-meets-healthcare
4)JAMA. 2024;331(8):637-638.
https://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/2814609