予測の精度向上・効率化が製品戦略とマーケティングを変える|MDMD2025 Summerセミナーレポート

2025年6月に開催されたMDMD2025 Summer。エバリュエート・ジャパン株式会社 Solution Consultant, APAC 吉富志保氏は「売上予測に透明性を-データドリブンな意思決定で、マーケティング・製品戦略を深化」と題したセッションで、医薬品の売上予測に関する現状の課題と、それに対する同社のアプローチ、実際の企業導入事例などを紹介。売上予測を戦略的な意思決定の核として活用するための道筋を示しました。本記事では、そのセッションの内容を紹介します。
製品ライフサイクル全体で変化する医薬品予測の複雑性
「予測」は製品管理の重要な要素であり、特に製薬業界では、製品ライフサイクル全体にわたって重要な役割を果たします。その一方で、製品の開発段階から市場成熟期までの各フェーズで求められる精度や焦点が大きく変化するなど、医薬品の予測には業界特有の難しさがあると、吉富氏は説明しました。
前臨床段階では、製品に焦点を当てるよりも、疾患領域内のより広範な機会を評価することが中心となります。この段階では予測にかけられるリソースも限定的で、アンメットニーズや既存治療法に対する改善可能性を理解し、市場の可能性を見積もることに重点が置かれます。
臨床開発早期に入ると、臨床データが利用可能になり、競合品の発売時期などの市場情報も明確になってきます。これにより、特定の患者グループや市場セグメントを考慮したより具体的な予測が可能になります。ここまでの段階では、疾患市場における過去および現在の製品売上データや、疫学ベースの予測モデルを活用してターゲット疾患を対象とした予測を立てることが通常行われています。
開発後期になると、製品の可能性をより包括的に理解し、市場参入・浸透のための戦略を策定するうえで予測が重要になります。予測モデルをさらに洗練させ、市場参入や競争上のポジショニングに関する戦略的な質問に答えるためのさまざまなシナリオを組み込んだ分析が求められます。
発売直前では、コマーシャル戦略の決定と市場需要への対応準備のため、発売後の最初の数年間に焦点を当てた緻密な予測を実施します。市場の変化、競合状況、規制動向を盛り込んだシナリオプランニングが不可欠となり、製造チームや販売チームなどさまざまな関係者との密な連携が求められます。
そして発売後には、製品予測における変更のインパクトを見積もり、最新の製品パフォーマンスを正確に反映するといった売上パフォーマンス管理が求められます。
このように医薬品予測では、開発の段階によって使えるデータやリソースのみならず、その目的も変化します。
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データドリブンな意思決定を阻む5つの課題
エバリュエート・ジャパンが実施したウェビナー開催時のアンケート調査では、医薬品予測における主要な課題が明らかになりました。
1. 予測に必要なデータの収集や統合
アセットの可能性を包括的に理解するために、さまざまなソースからデータを収集・統合することに苦労している
2. 予測で想定すべきイベントの定義やシナリオの作成
将来のイベントやシナリオを効果的に予測に組み込むことが困難である
3. 予測の一貫性と透明性の確保
複数の予測モデルを使用しているため、チーム間で予測の透明性と一貫性を維持することが難しい
4. 情報の管理と共有
予測ファイルの管理、モデルのアーカイブと検索、多様なアセットやチームにわたる情報の管理と共有が不十分で効率が悪い
5. 予測結果の意思決定への活用
予測アウトプットの統合や分析に多くの手作業が必要で、タイムリーかつ精度の高い情報に基づく意思決定ができていない
製薬企業における課題解決例
エバリュエート・ジャパンでは、これらの課題に対してデータ提供、ソフトウェアツール、そしてコンサルティングサービスを組み合わせた統合的なソリューションまで、多面的なアプローチで解決策を提供しています。吉富氏は、いくつかの製薬企業におけるサポート事例を紹介しました。
事例①予測モデル改善と基盤構築で新規技術立ち上げ戦略とパイプライン優先順位付けをサポート
背景・課題:オンコロジー領域にアセットを有するバイオテクノロジー企業。開発後期(第III相)にある開発品の上市戦略と、続く開発プロジェクトの優先順位付けのための売上予測に取り組む中、使用している予測モデルのデータと手法の妥当性に対する不安と、そのモデルを通じた市場理解と検証の困難さによる意思決定の遅延という大きく2つの課題に直面していました。そこで、喫緊の課題である上市戦略に必要な予測の構築と、長期的に顧客自身が適切な予測を立てられる基盤の構築という2つの目的を設定しました。
アプローチ・成果:現行予測モデルとデータの包括的監査を実施後、実務担当者とのワークショップを開催し、現状と理想の予測像について議論。定義されたニーズに基づき、疾患領域の特性と企業戦略を考慮した患者セグメントを追加しました。さらに、バイオマーカーによる対象患者のセグメント化により、モデルの透明性と柔軟性を強化しました。
成果物であるリードアセットの予測モデルは、エバリュエートが開発したFC+ソフトウェアを活用して作成。モデル説明過程でソフトウェア操作と予測手法のトレーニングも並行実施したことで、担当者自身が予測モデルの前提を理解し、シナリオ検証や他アセットへの応用が可能な自立的運用体制を確立しました。
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事例②不確実性の高い疾患領域での予測精度向上
背景・課題:肺動脈性肺高血圧症のパイプラインを持つ企業。開発早期段階であることに加え、複雑な疾患であり参照可能なアナログデータが極めて限定的であったことから、市場シェアの想定が困難で、予測における不確実性が大きな課題となっていました。
アプローチ・成果:感度分析とシナリオ分析の導入により不確実性への対処を図りました。既存モデルとデータの検証後、予測モデルを改善し、複数シナリオの作成と分析自動化機能、感度分析機能をモデル内に搭載しました。
さらに、専門的な分析技術を持たない担当者でも、多様な要因のインパクトを定量評価し、幅広いシナリオから得られるシェア推定により、データ不足と高い不確実性下でも透明性の高い意思決定が実現。また、複数国・患者セグメント設定や要素の独立変更が可能な柔軟性の高いモデル設計により、さまざまな感度分析にも対応可能となりました。
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事例③予測プラットフォームの実装による業務フロー改善
背景・課題:複数国でブランド管理する企業。使用予測モデル自体は優秀であるものの、国やブランドをまたぐ予測の管理と分析プロセスに課題を抱えていました。特に、財務システムへの頻繁なデータ提出が大きな業務負担となっていました。
アプローチ・成果:ファイル管理一元化プラットフォームFC365を導入し、全ユーザーの即座のファイルアクセスを実現。さらに、PowerPoint資料の自動生成機能と社内財務システムとの連携という2つのデータ抽出自動化を実装しました。
資料作成の繰り返し作業の効率化とミス防止、財務システム連携による業務フロー改善を達成。これらの取り組みは一部製品チームでの試行から始まり、最終的にポートフォリオ全体への拡大を実現しました。リアルタイム分析機能により、売上予測数字だけでなく前提条件やイベントデータも自動抽出され、元モデルを開くことなく詳細な検証が可能となりました。
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予測分析プラットフォームを用いた分析効率化
吉富氏は最後に、予測業務の効率化を実現するクラウドベースのプラットフォームFC365を紹介。なかでも、その機能のひとつであるリアルタイム分析・可視化機能について、潰瘍性大腸炎治療薬「Brand 1」を例に実際の機能を説明しました。
複数の国で潰瘍性大腸炎治療薬として既に販売されている中、それらの国々で現在クローン病治療薬としても開発が進行中であり、近々に発売が見込まれているBrand 1。両疾患について各国での売上予測が立てられ、これらの予測ファイルはFC365上で管理・整理されています。
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国別・疾患別の売上分析のアウトプットをワンクリックで可視化機能に送信すると、疾患別の売上・シェア推移や競合比較をリアルタイムで確認することができます。
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また、予測結果の数字だけでなく、競合品上市や独占権失効などのイベントがポジティブ・ネガティブに与えるインパクトや、各国のピークシェア・アップテイクカーブの前提条件も自動抽出され、元の予測モデルを開くことなく詳細な検証が可能になることなども紹介されました。
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データドリブンな医薬品予測で正確かつ効率的な戦略策定を
医薬品予測の分野では、データドリブンな意思決定の実現に向けて解決すべき課題が複数存在し、統合的なアプローチが求められています。
本講演では、データ提供、ソフトウェアツール、コンサルティングサービスを組み合わせた包括的なソリューションについて紹介されました。また、顧客自身が継続的に高度な予測を実施できる基盤の構築と、そのためのソフトウェア操作や予測手法のトレーニングの有効性も説明されました。
製薬業界における競争環境の激化と意思決定スピードの重要性が高まる中、予測業務の効率化と精度向上を同時に実現するテクノロジーの活用は、企業の競争力を左右する重要な要因となります。データの統合から分析、意思決定に至る一連のプロセスを最適化することで、より迅速で正確な戦略的判断が可能になるでしょう。