医師ターゲティング3.0が実現する新たな希少疾患マーケティング|MDMD2025 Summerレポート

医師ターゲティング3.0が実現する新たな希少疾患マーケティング|MDMD2025 Summerレポート

希少疾病用医薬品の開発が急増する一方で、現場のマーケティングリソースは縮小している―この構造的変化に対応するため、データドリブンな医師ターゲティング手法が注目を集めています。2025年6月に開催されたMedinew Digital Marketing Day(MDMD)2025 Summerでは、株式会社医薬情報ネット データベース事業部アカウントリレーションチーム 芳賀 瑞枝が希少疾患領域における医師ターゲティングの最新動向と、具体的な解決事例を解説しました。本記事では、その講演内容を紹介します。

希少疾患市場の拡大と人的リソースの減少。データを活用した医師ターゲティングが不可欠に

厚生労働省の公開データによると、希少疾病用医薬品の指定品目数は令和6年に74件となり、令和2~5年の年間25~36件から大幅に増加しました。この傾向は今後も続くと見られます。

希少疾患領域の品目数
2025.6.4 (株)医薬情報ネット『希少疾患領域の医師ターゲティング最前線:成功事例とデータ活用の新戦略』資料より抜粋

一方で、MR数は2016年から2023年にかけて内資系で27.7%、外資系で29.3%減少1)しており、「届けるべき情報量の増加」と「人的リソースの減少」という相反する状況が生まれています。

希少疾患では少数の専門医が診療・研究・情報発信を兼務するケースが多く、一人ひとりの医師が持つ影響力は極めて大きいものです。そのため、限られたリソースを最適に配分するには、従来の経験や勘に頼った医師ターゲティングではなく、客観的なデータに基づく優先順位付けが不可欠となっています。

希少疾患における単一データソースでの医師抽出と優先順位付けの限界

医師ターゲティングにおいて「データソースは単一でも十分か」という疑問に対し、医薬情報ネットが実際の希少疾患領域の医師ターゲティングの事例にて行った検証では興味深い結果が得られました。

【検証】疾患タイプ別抽出医師数・優先順位付けの難易度
2025.6.4 (株)医薬情報ネット『希少疾患領域の医師ターゲティング最前線:成功事例とデータ活用の新戦略』資料より抜粋

患者数の多い疾患(呼吸器領域、有病率5~10%)の場合、日本語論文のみでも約400名の医師を抽出できました。一方、希少疾患(血液領域、有病率100万人あたり10~20名程度)では、日本語論文のみでは約100名しか抽出できません。英語論文、学会情報、AMED、科研費などの複数ソースを組み合わせることで約200名に拡大することができました。さらに、複数ソースを組み合わせることで発表回数の標準偏差が希少疾患では0.519から1.012へと約2倍に改善されました。つまりこれは、医師間の発表回数の差が拡大するため、優先順位付けの精度が向上することを意味します。単一データソースでは医師間の差が小さく、結果として主観的な判断に頼らざるを得ない状況が生まれてしまうのです。

複数データソース活用の重要性と3つの課題

医師ターゲティングで活用できるデータは、技術の進歩とともに多様化しています。医師個人に関するデータとしては、「医師属性情報」「オウンドメディアデータ」「サードパーティデータ」「学会発表情報」「論文発表情報」「治験活動情報」「研究活動情報」があります。施設に関するデータとしては、「施設情報」「市場データ」「実消化データ」「リアルワールドデータ(RWD)」などが挙げられます。

しかし、多様なデータソースを活用する際には、以下の三つの段階で課題が発生します。

1.データ収集の課題

学会によっては紙媒体の抄録集しか提供されない場合や、Web公開情報が一部の演題に限定される場合があります。また、学会参加登録者以外に抄録を入手できないケースも珍しくありません。Webに公開されている情報についても、筆頭演者と座長のみ記載され、共同演者の情報が欠落している場合や、一部のシンポジウムなど限定的な演題しか掲載されないなど、データの網羅性に問題が生じることがあります。

2.データクレンジングの課題

所属施設名の表記揺れ(略称、英語表記など)や、医師名の表記揺れが同一人物の名寄せを困難にします。具体的には、「斉藤」という姓の漢字の異体字、英語発表での「ITO」と「ITOH」のローマ字表記の違いなど、細かな表記揺れが数多く存在します。特に英語発表の情報と日本語表記の情報を統合する際に、この問題は顕著に表れ、正しく集計されず結果の信頼性に影響を与えてしまいます。

3.データ分析の課題

データ量の増加により、既存のBIツールやExcelでは処理が困難になることや、専門的な分析スキルを持つ人材の不足が挙げられます。また、分析基準が曖昧だと属人的な判断に依存してしまい、担当者が異動した際に「どうやって選んだ先生だったか分からない」という継続性の問題が生じる可能性があります。そのため、明確な基準に基づいた分析手法とリソースの確保が重要になります。

このような課題をクリアし、データをいかに迅速かつ正確に収集し、何を組み合わせて、どのような分析を行うかが、ターゲティングとその後のマーケティング施策の効果を左右する、重要な要素となっています。各社で有するデータは、それほど大きな差がつく状況にはないため、データ活用方法とその速度が、競争優位性の源泉になりつつあるのです。

精度の高い医師ターゲティングを実現する「学会・論文データベース」サービス

医薬情報ネットでは、医師ターゲティングに活用できる「学会情報データベース」と「論文情報データベース」を提供しています。

学会情報データベースは、年間約1,400の国内医学系学会の抄録集・プログラム集を学会事務局から直接入手し、人力でテキストデータ化している点が特徴です。これにより、学会ホームページに掲載されているデータよりも網羅性が高く、かつ精度も高い情報を提供できます。

論文情報データベースについては、日本語論文(J-STAGE)と英語論文(MEDLINE®)の両方に対応しており、英語論文では日本人医師が著者を務めている発表のみを抽出して提供しています。これらのデータには人物コードが付与されているため、社内システムや他のデータベースと連携することが可能になっています。

さらに、公開情報であるAMED(日本医療研究開発機構)、科研費、厚労科研などの研究資金獲得情報や、jRCT(臨床研究実施計画・研究概要公開システム)での治験情報なども活用し、より多角的な医師評価を可能にしています。これらの情報を組み合わせることで、学会発表や論文発表だけでは見えてこない、医師の研究活動の全体像を把握することができます。

また、希少疾患特有の「十分な情報が集まらない」という課題をさらに強力にサポートするため、学会情報データベースに2つの新機能をリリースしました。

1. 主要150学会横断検索機能

従来の「特定3学会×5年分」といった限定的な検索以外に、幅広い学会を対象とした一括検索も可能になりました。ある希少疾患での検証では、従来手法で19演題(26.4%)しか捕捉できなかった情報が、新機能により72演題まで拡大され、網羅率が73.6%まで向上しました。希少疾患の学会発表は、比較的小規模な学会に散在しがちですが、この機能によりカバー率を大幅に向上させることができました。

【検証】演題情報の散らばりの確認
2025.6.4 (株)医薬情報ネット『希少疾患領域の医師ターゲティング最前線:成功事例とデータ活用の新戦略』資料より抜粋

2. 抄録本文検索機能

演題タイトルだけでなく、抄録本文のキーワード検索も可能になりました。シミュレーションによる検証では、タイトルのみの検索では8演題だったものが、抄録検索を含めることで36演題と3.5倍に増加しました。この新機能により、疾患名が演題タイトルに含まれていない場合でも、抄録検索で疾患名をヒットさせられるので、より効率的なデータ抽出が可能になりました。

学会情報データベース新機能のご紹介|②抄録本文検索
2025.6.4 (株)医薬情報ネット『希少疾患領域の医師ターゲティング最前線:成功事例とデータ活用の新戦略』資料より抜粋

実際の活用事例:新薬上市前のKOL発掘

ある希少疾患領域の新薬上市に向けた事例では、従来のデスクトップリサーチでは、抽出できる医師数に限界があるという課題がありました。そこで主要150学会のデータと関連学会10年分のデータを活用し、疾患名、薬剤名、一般名など複数のキーワードを設定して演題を抽出しました。

その結果、従来のリサーチや限定的な学会データベースよりも、網羅的に医師を発見することができ、より多様なKOL候補をリストアップできたと報告されています。複数領域にまたがる疾患特性を考慮し、幅広い学会から該当演題を抽出することで、見落としがちな医師も効率的に特定することが可能になりました。

医師分析プラットフォーム「Doctorna」による作業効率化

「Doctorna」は、医師ターゲティングからさらなる分析まで可能な統合プラットフォームです。このシステムは、「1カ月かかっていた医師リサーチがわずか1時間に」をコンセプトとしており、大幅な医師リサーチの効率化を実現できます。

主要機能としては、以下の3つが挙げられます。

  1. キーワード入力による医師ランキングの自動生成
  2. 企業と医師の関係性分析(スポンサードセミナー実績の可視化)
  3. 医師間の人間関係分析(共同発表経験に基づくソーシャルグラフの描画)


これらの機能により、単なるリスト作成を超えた多角的な分析が可能となっています。

医師ターゲティングの進化:1.0から3.0の時代へ

医師ターゲティングの発展段階は三つに分類できます。

「医師ターゲティング1.0」は、経験や勘、個人的つながりに依存する段階で、属人的でバイアスがかかりやすいという課題があります。「医師ターゲティング2.0」は、定量・定性データを重視し、客観性を高めることでバイアスを極力排除します。「医師ターゲティング3.0」は、多様なデータに基づく高度で迅速な分析を実現するもので、複数のデータを組み合わせた分析に加えて、鮮度とスピードも重視しています。

現在多くの企業が2.0から3.0への移行を目指していますが、データ量の増加に伴い、専門的なリソースや新たなシステムの導入が必要となる場合もあります。

医師ターゲティングの方向性(全領域共通)
2025.6.4 (株)医薬情報ネット『希少疾患領域の医師ターゲティング最前線:成功事例とデータ活用の新戦略』資料より抜粋

データ活用で実現する希少疾患マーケティングの未来

希少疾患用医薬品の開発ラッシュと人的リソースの縮小という構造的変化に対応するには、データドリブンなアプローチが不可欠です。単一データソースでは医師間の差を十分に数値化できず、結果として主観的な判断に頼らざるを得ません。

複数データソースの統合により、抽出医師数の倍増と優先順位付け精度の向上が実現できることが実証されています。さらに、主要150学会横断検索や抄録本文検索といった新機能により、従来手法では見落としがちな重要な医師も効率的に発見できるようになりました。

限られたMRリソースを希少疾患のKOLへ最適配分するためには、「幅」(複数ソース統合による医師数拡大)、「鮮度」(分析プラットフォームによる効率化)、「客観性」(数値に基づく優先順位付け)の三要素が重要です。これらを実現するデータ活用基盤の構築こそが、希少疾患マーケティング成功の鍵となるでしょう。

<出典>
1)公益財団法人 MR認定センター, 2024年7月, 2024年版MR白書-MRの実態および教育研修の調査-