製薬マーケティングに活かす地域医療の基礎知識【前編】地域医療構想の現状と2040年に向けた変化とは?

製薬マーケティングに活かす地域医療の基礎知識【前編】地域医療構想の現状と2040年に向けた変化とは?

近年、「地域医療構想」というワードをよく耳にするようになりました。地域医療構想は現在、2040年を見据えて議論が進められており、近い将来、地域ごとに多様な医療提供体制が構築されていくことになります。
しかし製薬業界では、まだこの地域医療構想を踏まえたマーケティング戦略についての議論はあまり聞かれません。そこで本記事では、製薬業界が知っておくべき地域医療構想のポイントと、それを踏まえたマーケティングの考え方や展開方法について解説します。

地域医療構想とは?製薬業界は地域医療の変化に敏感であるべき

地域医療構想とは、日本の社会の高齢化や労働人口減少などによる医療需要(医療ニーズ)の変化に対応するため、地域ごとに効率的で不足のない、各地域に適した医療体制を作ろうとする取り組みです1)団塊の世代が75歳以上に突入する「2025年問題」、そして来たる2040年にマイルストーンを置いてさまざまな議論がなされています。
 
地域医療構想によって、製薬マーケティングも大きな影響を受けると予測されます。これまでの製薬業界でのマーケティングでは、全国で画一的な製品メッセージを届けることが主流でしたが、この手法は近い将来には通用しなくなるでしょう。
なぜなら、都道府県ごとに人口の増減の様子が異なり、それぞれの地域に異なるニーズが発生しているからです。
 
そのため、地域医療構想や実際の地域の取り組みを理解することは、今後の製品マーケティングやエリアマネジメントにも大いに役立ちます。
 
今後、プロマネや地域に密着する営業所長、マネージャーの皆様は、地域医療の変化に敏感であることが求められるでしょう。
実際に、一部の製薬企業では医療政策や地域医療などを扱う専門部署を設置しています。これらの部署は、医療機関などへの情報提供と議論を通じて、関係の強化を図っています。

2040年を見据えた厚生労働省の医療需要予測と地域差

厚生労働省はすでに、2040年以降を踏まえた医療のあり方を検討しています。その基礎資料として、日本の人口動態や外来および入院患者数の予測、医療ニーズの推移の予測、在宅患者数や要介護者数などを予測しています2)

医療需要の変化は、都市と地方で様相が異なる

2040年頃には65歳以上の人口のピークを迎えることで、患者数の増加が予想されます。
一方、生産年齢(15歳〜64歳)は現時点ですでに減少傾向にあり、2025年以降さらに減少が加速します。これは、医療者の不足を予想させるものです。

年齢別人口の推移と将来推計
厚生労働省,令和4年度 在宅医療関連講師人材養成事業 研修会, 2022.3.4, 総論①政策からみた在宅医療の現状について 資料1, https://www.mhlw.go.jp/content/10802000/001090217.pdf

都道府県別に見ると、2025年から2040年にかけて、65歳以上の人口が減少する県が21県(秋田県、山口県、鹿児島県、長崎県、山形県、青森県、新潟県、高知県、岩手県、大分県、宮崎県、島根県、徳島県、愛媛県、熊本県、和歌山県、福島県、鳥取県、香川県、佐賀県、富山県 人口の減少数順)あります。

一方、人口が増加する都道府県は26県あり、その中でも東京都や神奈川県をはじめとする都市部では人口の増加数が大きいです。
 
75歳以上の人口では、この年齢層の人口が減少する府県は17府県(大阪府、山口県、京都府、富山県、和歌山県、高知県、広島県、岡山県、奈良県、香川県、岐阜県、島根県、愛媛県、徳島県、石川県、秋田県、大分県 人口の減少数順)で、特に大阪府の75歳以上の人口減少数が大きいと予測されています。そのほかの都道県では、75歳以上の人口がゆるやかに増加するとみられています。

日本の地域別将来推計人口
厚生労働省,令和4年度 在宅医療関連講師人材養成事業 研修会, 2022.3.4, 総論①政策からみた在宅医療の現状について 資料1, https://www.mhlw.go.jp/content/10802000/001090217.pdf

これを2次医療圏単位に細分化すると、2015年から2025年にかけて、多くの2次医療圏で、65歳以上の人口の増加と生産年齢人口が減少します。
その後、2025年から2040年にかけては、65歳以上の人口が増加する2次医療圏(132の医療圏)と減少する2次医療権(197の医療圏)に分かれます。また、多くの2次医療圏で生産年齢人口が急減します。

日本の地域別将来推計人口部分布
厚生労働省,令和4年度 在宅医療関連講師人材養成事業 研修会, 2022.3.4, 総論①政策からみた在宅医療の現状について 資料1, https://www.mhlw.go.jp/content/10802000/001090217.pdf

2035年頃に医療の需給バランスは均衡、以降は医療過多に陥る見込み

さらに、医療の需要と供給のバランスは、2033年ごろに約32万人で均衡し、その後医師の供給過多になると予測されています3)

医師の需要水系の結果について
厚生労働省, 医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会(第4回),2016.3.31, 医師の需給推計について, https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000120209.pdf

国は、医師の人数が増え続ければ医療費の増大につながりやすいと考えているため、看過できない状況になります。現在の高齢の患者数の増加に対して、単純に医師の人数を増やせば良いというものではないということです。
 
このように、都道府県別ごとに人口全体の増減、年代別人口の増減の状況が異なるため、ターゲット医師の総数や国内の分布の状況も変化します。
そのため、全国画一的なマーケティングプランや製品メッセージでは、効果が出る地域と、出ない地域が生じてしまうのです。地域ごとに異なる医療ニーズを把握し、それに対応した販売戦略を策定する必要があります。
 
2025年と2040年では、人口や患者さんの属性、医療提供体制が異なるため、自社製品の売上予測の立て方やリソースの最適配分も変わってくるでしょう。

2040年を見据えた新たな地域医療構想の議論が活発化

地域医療構想は現在、2025年をゴールとする現行のものと、2040年を念頭におく新たな地域医療構想とがあり、議論が活発化しています。特に後者は「新地域医療構想」と呼ばれることもあります。
これらの2つの違いを、前述の地域医療の環境変化を踏まえ、簡単に下記にまとめます4)

  • 2025年の地域医療構想の特徴:入院医療体制の見直しが主眼
  • 2040年の新地域医療構想(正式名称は未定)の特徴:入院にとどまらず、外来・在宅医療、かかりつけ医機能、医療・介護連携なども踏まえた総合的な医療提供体制改革が主眼

この違いは、以下のように医薬品の処方状況が変化する可能性を秘めていることを感じさせます。

  • 今後患者さんの居場所が、急性期病院の病棟から自宅あるいは介護施設などに一層シフトしていくか?
  • 在宅医やかかりつけ医が、医薬品の処方に大きな影響を及ぼすようになるのか?

 
地域医療に関心がなければ、このような変化には気づきにくいかもしれません。

地域医療構想の進捗状況は、都道府県別、医療機関別に差

地域医療構想は、「地域医療構想調整会議」を通じて各医療機関が協議することが求められています5)。これまでにも話し合いを重ね、さまざまな調整も図られてきました。
 
2023年3月末時点で、地域医療構想に「合意・検証済」に至った医療機関は60%、病床単位では76%と、調整が進捗していることが確認されています6)
都道府県別に見ると、「合意・検証済」の医療機関の割合が80%を超える都道府県が16府県あります。
これらの都道府県や医療機関を明らかにすることで、今後のターゲティングの最適化や売上予算とリソースの最適配分がしやすくなるでしょう。
 
一方、「合意・検証済」「協議・検証中」の割合が50%に満たない都道府県が9県あり、地域によって取り組みに差が生じています。ここは、今後の議論の進捗を注視する必要があります。
 
なお、地域医療構想に関しては、国は以下について、全ての医療機関が「2025 年に向けた対応方針」として定め、地域医療構想調整会議において合意を得るという方針を示しています5)
 

  1. 2025 年を見据えた構想区域において担うべき医療機関としての役割
  2. 2025 年に持つべき医療機能ごとの病床数

 
各都道府県の地域医療構想が出揃うのは2025年の予定です。

今後の新地域医療構想の予測と製薬業界がすべき3つの戦略

2040年問題は、製薬業界のマーケティングに大きな影響を与えることが考えられます。そのため、プロマネや営業所長なども地域医療構想への対応が必要となるでしょう。
 
本来、地域医療構想は、医師の働き方改革と医師の偏在対策と合わせて議論され、その地域の医療提供体制を整えるための設計図です。この点を理解することが、地域ごとの今後の医療提供体制を深く理解するためには欠かせません。
 
また、2024年の診療報酬改定では、医療と介護の連携に関わる改定項目もありました。これらは密接に関係しながら、地域医療構想は進んでいく見込みです。
 
以上を踏まえ、筆者が重要と考えるポイントを以下に3つ挙げます。

①医療の機能分化と連携の一層の推進

  • 従来からのこの取り組みは、引き続き推し進められていきます。
  • 病院から介護施設、あるいは患家に至るすべての患者さんの居場所で自社製品が処方され続ける仕組み作りが必須です。
  • 特に、2024年以降は医療と介護の連携が加速する見込みであり、2024年の診療報酬改定や医師の働き方改革に敏感な病院の事務長らが、介護施設との連携に力を入れています。今後実際に連携していく動きが加速しそうです。

②医師の働き方改革に合わせたプロモーションの推進

  • 医師の働き方の変化によって、医師がどこから情報を得るかも変化します。それによって、医師とのコミュニケーションのデザインの見直し、Pull型のプロモーションの推進が必要となりそうです。
  • 医師の働き方改革に伴う大学による医師の派遣の中止・引き上げによって、医療機関や医師のターゲティングも見直しが求められる地域も出てきています。

③医師の偏在対策の推進

  • 2024年4月30日時点、厚生労働省は医師のキャリアの中において、研修医が特定の診療科で一定期間診療にあたることを検討し始めました。
  • 今後、若手医師への自社製品関連の情報提供が、自社製品の最適なポジショニング獲得につながるかもしれません。

プロマネは地域医療構想を踏まえ、エリアと連携することが重要

日本の地域医療は都道府県ごと、および2次医療圏ごとに状況が異なることから、プロマネが自社製品のマーケティングにおいて全国共通のプランを策定することは非常に難しいでしょう。製品メッセージがどのようにフィットするかは、地域によって異なると考えられるためです。
 
むしろ、プロマネは、地域ごとのターゲットを攻略の基本的な考え方とやり方を理解し、営業所長らから問い合わせがあった場合は対応できるようにしておくことが現実的な取り組みと考えられます。
 
そのような専門部署を作り活動している製薬企業もありますが、製薬業界全体で見ればそうした企業はまだ一部で、実際には現場に委任している企業が多い状況です。
 
また、プロマネが地域医療構想を読み込む中で、地域にフィットする「自社製品が提供できる価値」を見つけ、それをヒントに製品メッセージを磨き上げることができることもあります。
そこで、後編では地域医療構想の読み解き方について具体例を交えて詳しくお伝えします。
 
<出典>※URL最終閲覧日 2024.6.12
1)厚生労働省, 2020.10.9, 第1回医療政策研修会 第1回地域医療構想アドバイザー会議, 資料2, https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000686050.pdf
2)厚生労働省, 令和4年度 在宅医療関連講師人材養成事業 研修会, 2022.3.4, 総論①政策からみた在宅医療の現状について 資料1, https://www.mhlw.go.jp/content/10802000/001090217.pdf
3)厚生労働省, 2020.3.31, 医療従事者の需給に関する検討会 第4回 医師需給分科会 資料1. 医師の需給推計について, https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000120209.pdf
4)厚生労働省, 2022.12.16, 第18回医療介護総合確保促進会議 資料3, https://www.mhlw.go.jp/content/12403550/001024544.pdf
5)厚生労働省, 地域医療構想, https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000080850.html
6)厚生労働省, 2023.5.25, 第12回地域医療構想及び医師確保計画に関するワーキンググループ 資料1. 地域医療構想調整会議における検討状況等調査の報告, https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001100421.pdf
 
<参考>
・厚生労働省, 地域医療構想に関する主な経緯や都道府県の責務の明確化等に係る取組・支援等, https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001232705.pdf
・厚生労働省, 2024.3.21, 第107回社会保障審議会医療部会 資料1. 地域医療構想の更なる推進について, https://www.mhlw.go.jp/content/10801000/001230825.pdf
・厚生労働省, 2024.4.26, 第4回医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会 資料1. 医学部臨時定員の配分方針と今後の偏在対策について, https://www.mhlw.go.jp/content/10803000/001250705.pdf