アナリスト視点で見る製薬デジタルマーケティングの将来像【インタビュー|前編】

アナリスト視点で見る製薬デジタルマーケティングの将来像【インタビュー|前編】

2022年1月、SMBC日興証券は、顧客向けの業界レポート「ヘルステック業界アップデート‐合従連衡が進むヘルステック、多極化する勢力図と変化軸を考察‐」を編纂しました。これは、製薬企業向けマーケティング支援から医療データ利活用、健康保険組合向けサービスの分野別にヘルステック業界を俯瞰したレポートです。そこで、SMBC日興証券(株)株式調査部 徳本進之介アナリストに、ヘルステック業界の動向をベースに、製薬業界デジタルマーケティングの将来像についてお聞きしました。

デジタルに精通した人材の不足がもたらす、製薬企業とヘルステック企業の連携

―今回、ヘルステック業界に関するレポートを編纂された背景を教えてください

<SMBC日興証券(株) 徳本進之介氏> 私は、SMBC日興証券に入社後、営業経験を経て、アナリスト業務に携わることになりました。元々は精密機器やグローバルテック分野を中心に見ていましたが、コロナ禍によって医療・ヘルスケア分野への注目が高まってきたことから、ヘルステック業界についても継続的にウォッチすることになりました。「ヘルステック業界アップデート」は、 製薬企業の中でデジタルマーケティングの裾野が広がっていく中で、どういうふうにすればマーケット自体が大きくなるのか、そこに外部の目線で何か整理することはできないか 、それが私自身の問題意識であり、レポートを書いた背景です。

―証券アナリストの視点から、製薬企業のデジタルマーケティングの現状をどう見ていますか

製薬業界のデジタルマーケティングは、今後も拡大する可能性が高いとみています。製薬企業のMRが減少傾向にある中で、製薬企業各社がDXに取り組み始め、デジタルマーケティングの裾野が広がってきました。ヘルステック企業各社の業績も順調に拡大しています。この背景にあるのは、 Medinewの調査結果 にもあるように、 製薬企業の中で、デジタルツールやデータの利活用に精通した人材が不足しており、ヘルステック企業のサポートを得る機会が拡大している からだと思います。

一方、デジタルマーケティングのメニューには、 単年で導入効果が出るものばかりではなく、効果測定も難しいことから、この動きが継続するかどうかが、市場の成長拡大を左右するポイント になります。

また、デジタルツールに関するサービスが乱立している市場が多いことから、ある程度スケールメリットをとらないと、市場拡大に時間がかかる懸念もあり、ヘルステック企業の合従連衡による再編が起こる可能性も高いとみています。証券アナリストの視点としては、ヘルステック業界の証券市場での時価総額が3.4兆円程度からいかに大きくなるのかが、一番の関心事です。

アナログからデジタルへ、コミュニケーションのシフトで拡大する製薬企業のデジタルマーケティング市場

―製薬企業のデジタルマーケティング市場は、どのくらい拡大するとお考えですか

将来的には、2,000~3,000億円規模の市場へ拡大する余地があると考えています。製薬企業のMRの人件費を含めた販管費部分は、製薬企業全体の約10兆円の売上の中で1兆5,000億円程度だと推計できます。

しかしながら、現状のエムスリー、ケアネット、メドピア3社の製薬企業関連のピュアな売上を足し上げても、年間で500億円ぐらいしかありませんので、この3社の販管費での浸透率は、現状は2〜3%程度しかありません。今後、MR数が減少し、販管費が1兆円にシュリンクし、アナログからデジタルへコミュニケーションのシフトが進むと、一般的な業界の広告費のオンライン比率を踏まえると30%程度までデジタルマーケティングが販管費を占めることは、十分に予想されるシナリオです。こうした市場のシフトに、製薬企業側でも対策をする必要性が出てくるのは間違いありません。

医師と製薬企業のコンタクト数の内訳
SMBC日興証券株式会社 株式調査部
「ヘルステック業界アップデート 合従連衡が進むヘルステック、多極化する勢力図と変化軸を考察」より

―製薬企業のデジタルマーケティング市場が拡大する根拠や、考えられる課題を教えてください

このデジタルマーケティングの市場規模は、ヘルステック企業各社が新サービスの開発を加速させているコンサルティングの領域での積上げによって、大きく上振れすることもあれば、下振れする可能性も秘めています。

製薬企業側が、戦略立案領域までアウトソースして、そこをヘルステック企業各社と連携する。 既に、エムスリーやケアネット、メドピアでは、こうしたサービスを開発する動きを加速し、優秀なデジタル人材の獲得を進めています。製薬企業側でも、首尾一貫してコンサルティングからマーケティングプロセスをアウトソースすることで、デジタル人材不足を解消し、WIN‐WINの関係を築く検討をしてもいいのかもしれません。

この製薬企業のデジタルマーケティング市場を牽引しているのは、私はエムスリーだとみています。メドピアやケアネットのサービスも、エムスリーに対してどう差別化するかというのが力点になっている印象ですし、JMDCやメディカルデータビジョンなどの医療データを提供する企業も、エムスリーをみて事業戦略を模索されているケースは多いように感じます。したがって、現状ではエムスリーを力点に考えるのがベースになっています。

しかし、医療・ヘルスケア領域は、ステークホルダーが多様であるために、個別のサービスが乱立しやすかったのですが、コロナ禍を経てM&Aが加速し、エムスリー一極に留まらず複数の極ができてきて、各々が切磋琢磨しながら製薬企業のDXを支える方向に移行する可能性も高いとみています。その中で、JMDCグループは、一極を担うことができるポジションを目指せるのではと、株式市場の人間として期待しています。

費用対効果で見直し局面を迎える情報伝達市場

―コロナ禍で急拡大したWeb講演会やWebディテールは、今後どうなるでしょうか

将来的には、中長期で3倍に拡大し、960億円規模の市場に拡大すると考えています。コロナ禍によってMRの訪問が自粛されていた中で、私たちがトラッキングしたところ、対面での訪問は、コロナ前を100とすると、今は70ぐらいという印象を持っています。

一方、Web講演会やWebディテールはコロナ前を100とすると、今は170ぐらいですね。
つまり、対面が30%下がっていても、70%増えたギャップが、足元のデジタル化が進んだ余地と考えてよいと思われます。各社業績を踏まえ、あえて単純化するとWebディテール市場規模は約192億円、Web講演会は約127億円で、デジタルマーケティング支援500億円の中で320億円が、情報伝達の市場規模イメージだと推察できます。 ここから生産性とオンライン比率を勘案すれば、現状の3倍程度拡大する余地は十分にあるといえる でしょう。医師会員サイトを運営するケアネット、メドピアなどの医師会員数も増加傾向にあることから、2社の取引額もここ数年間は上がる傾向が続くでしょう。

Eディテール、Web講演会市場規模の将来シナリオ
SMBC日興証券株式会社 株式調査部
「ヘルステック業界アップデート 合従連衡が進むヘルステック、多極化する勢力図と変化軸を考察」より

しかし、情報伝達の領域は、 長期的な視点では、ローバリューコンテンツであり、配信単価が上昇し続ける可能性は少ない でしょう。ヘルステック企業各社は、Web講演会やWebディテールの配信回数を増やすことに加え、質の高いコンテンツ制作、コンサルティング支援に向けた体制作りを進めていくでしょう。現に、各社の配信される内容をみてみると、数年前よりかなりレベルが上がってきている印象を受けます。

製薬企業の方でも、Web講演会やWebディテールを独自に配信し、その受け皿として医師会員サイトを内製化し開設するなどの取組みも増えてきました。今後は、 製薬企業と医師会員サイト双方のベネフィットを追求する棲み分けを模索しながら、デジタルマーケティングが拡大していく ことでしょう。

一方で、2021年に製薬会社からは、Web講演会などの回数を増やした結果、集客や処方に十分に結びつかないケースも散見し、ある程度中身を今後は精査する必要性が出てくるという意見や指摘をお聞きしました。コロナ禍という特殊な環境下で、オンライン化そのものを至上命題にして進めた2021年と違って、今後は、 製薬企業でも、費用対効果も見極めながらヘルステック企業のサービスを取捨選択するアクセルアンドブレーキが、重要な意思決定になってくる のは間違いありません。

後編では、こうした状況を踏まえ、 成長領域として注目されているスペシャリティ・希少疾患医薬品領域と医療データ利活用 についてお話します。