イベントサマリー/ITで患者中心の医療を実現するには?Patient Support Programの現状と今後の展望

イベントサマリー/ITで患者中心の医療を実現するには?Patient Support Programの現状と今後の展望

2023年4月に開催された、国内最大級のデジタル/IT×製薬業界をつなぐイベント 『ファーマIT&デジタルヘルス エキスポ 2023』。本記事では、ファーマITで行われたPatient Support Program(PSP)をテーマとする3つのセミナーから要点をまとめて紹介。患者中心の医療の実現のために注目されるPSPの現状と今後の展望をレポートします。

デジタルで実現する患者さん中心のPatient Support Programのインパクト

近年、多くの製薬企業が取り組むPatient Support Program(PSP)。株式会社セールスフォース・ジャパンの早田氏は、同社のPSPのソリューション「Health Cloud」を題材として、デジタルで実現する患者中心のPSPについて紹介しました。

PSPが注目される背景とは

PSPとは、その名前の通り「患者をサポートするプログラム」のことであり、ヘルスケア業界がPatient Centricity(患者中心主義)に基づくサービスを提供するものです。PSPは「患者の本質的なQOL向上を優先課題とし、治療に対する患者の積極的な姿勢(アドヒアランス)や、患者の状態変化(治療アウトカム)の向上」を目的としています。

近年、患者による主体的な治療へと変化してきた背景について、ヘルスケア・医薬ライフサイエンス領域でコンサルティング事業を展開するPwCは、以下の3つの要因を挙げています1)。 

  1. インターネットやSNSの出現による患者やその家族が得られる情報量の増加
  2. 「健康」に対する価値観の変化
  3. ウェアラブルデバイスやモバイル端末用アプリの普及、AIを用いたパーソナライズドサービスの台頭


特に、COVID-19の影響で、健康や免疫に対する考え方が大きく変わったと考えられます。一般の方々の健康に対するリテラシーが上がったことにより、PSPの注目度が増していると推測されます。

Salesforceがデジタルで実現するPSPの3つのベネフィット

早田氏は、Salesforceがデジタルで実現するPSPのベネフィットを3つ挙げています。

  1. 治療までの期間短縮(患者のPSP登録までの時間短縮20%)
  2. 作業効率の向上(コールセンターのトランザクションあたりコスト削減率27%)
  3. アドヒアランスの改善(患者の治療参加増加率21%)


さらに、Health Cloudを使ったPatient Support Programとして、米国のイーライリリーとAmgenの事例が紹介されました。

イーライリリーでは、患者向けアプリケーションと連携し、患者から提供される情報をもとに看護師資格を有したオペレーターが、電子カルテやPHRから連携されたデータを確認しながらサポートを行いました。

Amgenでは、患者の治療へのアクセスと服薬アドヒアランスを向上させるプラットフォームを構築しました。このプラットフォームを通じて患者や医師・看護師などの医療従事者、Amgenのコールスタッフが情報共有し、ペイシェントジャーニー全体における継続的かつ適切な治療・サービスを提供しました。結果として、患者は能動的にコミュニケーションに参加するようになり、症状改善率も増加したと言います。

PSPは製薬企業の新たな推進力になる

Health Cloudは、上記2つの事例の基盤となっています。その大きな特徴は、EHR(電子健康記録)とPHR(個人健康記録)を1つのプラットフォームに連携している点です。

格納されたこれらのデータをもとに患者と医師やケアマネージャーなどの医療従事者、そして製薬企業が情報共有・連携することで、患者の治療体験を変革することができるのではないかと考えています。

早田氏は、「製薬企業にとってPSPは、患者さんに貢献しながら製品価値を最大化するための新たな推進力になると考えています。引き続き、PSPで患者さんの治療体験の向上に貢献していきたい」と語りました。

患者中心医療への今後の期待と展望について -患者SNS「ミライク」を活用したMROCの事例紹介-

病気で悩む人が支えあう患者SNSアプリ「ミライク」を活用し、患者の医療格差の解消に取り組む株式会社buzzreach。登壇者の杉本氏が、医療や介護現場での課題と解決のヒント、ミライクの活用方法について紹介しました。

医療情報の格差を解決するためのポイント

インターネット上で提供されている医療情報の中には信頼性が低いものが含まれていることがあります。また、居住する地域によっても医療の質には差があるとされています。こうした医療格差の課題を解決するためのポイントとして、杉本氏は以下の2つを挙げました。

  1. 地域や、誰に出会うかでの情報アクセスの不平等をなくす
  2. SNSを通して社会的なつながりをフェアに提供する


健康には社会的な環境が密接に関係しているといわれています。社会的な環境を変え、地域での信頼関係を築き、コミュニティを形成することが、医療や介護現場の課題解決のヒントになる可能性があるのです。

患者SNS「ミライク」とは

患者SNS「ミライク」は、「同じ境遇の人たちとつながり、実際の経験や知りたい情報を共有できるQ&Aコミュニティ」です。ユーザー名、生年月日、疾患名などの情報を入力後、質問を投稿すると、他のユーザーがその質問に回答やリアクションをすることができます。今後はグループ機能も実装し、患者会のような活発なコミュニティ形成を検討しているとのことです。

現在、リアルワールドデータと言うとカルテ情報や処方データなどの客観的データがありますが、患者SNSでは患者同士の主観的な発言や、痛み、不安、悩みといった非構造的な言語データを取れるようになることが特徴だと言えます。

患者同士の交流が共感や行動変容につながる

患者SNSに寄せられた投稿について、患者3名の事例が紹介されました。

1例目は肺がんの患者で、手術後の痛みについての弱音を投稿しました。すると、同じ境遇を経験した患者さんから共感の声や対策などのコメントが寄せられ、「苦しんでいるのは自分だけではない」と気づき、心が軽くなったそうです。

2例目は乳がんの患者で、この方はホルモン療法中の爪について悩んでいました。相談を投稿したところ、爪のケアについてのコメントが多数寄せられ、情報の調べ方を含めて新たな発見があったそうです。

3例目の乳がんの患者は、抗がん剤治療による副作用で生じた便秘により痔になってしまったものの、「医師に相談するのも恥ずかしい」と悩んでいました。投稿をしたところ他の患者から医師への相談を勧められたことにより、主治医に相談して薬をもらうという行動変容につながったそうです。

MROC(Marketing Research Online Community)としてのミライク

MROC(Marketing Research Online Community)とは、オンライン上のクローズドなコミュニティの中で参加者の行動を観察したりすることでインサイトを明らかにしていくリサーチ手法のことです。杉本氏からは、ミライクを活用したMROCの可能性や今後の展望についても話がありました。

マーケティングリサーチを行う際、対面のインタビューだと、インタビュイーが思い出しながらの回答となるため、不確実であったり、記憶に残っていなかったりといった課題が発生してしまいます。一方、オンラインコミュニティの中で患者の情報をリアルタイムで集めれば、正確性や網羅性が高まり、長期的なペイシェントジャーニーの構築が可能です。

匿名性も高いため、女性特有の悩みなど機微な情報も得られる上に、医師や介護者との会話の内容など、患者の体験が得られるという点も特徴です。また、写真も投稿できるため視覚的に確認することも可能です。そのため、患者のより深いインサイトを得ることができると考えられます。杉本氏は「ミライクのMROCを患者・市民参画(PPI)の活動にも提供していきたい」と今後の展望を語りました。

AIとLINEを活用した次世代型Patient Support Program

スマホや携帯電話所有者の約80%2)が利用しているとされているLINE(2023年1月、NTTドコモ モバイル社会研究所調べ)。そんなLINEとAIを融合させた次世代型のPSPを、株式会社Smart Opinionの山並氏が紹介しました。

LINEを活用した新しい形のPSP

次世代型のPSPのコンセプトは「コールセンターでも医療機関でもない、 医師のいるサポートチームが患者に寄り添うサポート」です。具体的には、LINEボットを活用して症状モニタリングを行うePRO を提供しています。
*ePRO=Electronic Patient Reported Outcome(患者報告アウトカム電子システム)

LINEを活用したePROの魅力は、患者が症状の状態を自分でLINEに入力することで、医師などの医療従事者は患者の状態を把握でき、コミュニケーションが取りやすくなることです。例えば、患者から「腹痛と下痢がある」という相談をされたとします。しかし、実際に詳しく状況を確認すると「下痢はほとんどなく、腹痛はかなりひどい」という状況もあり得ます。

症状の程度が分からなければ、医師も正しい対応が難しいでしょう。薬剤の副作用によって症状が出ているのであれば、薬剤変更や他の治療を選択するきっかけにもなります。正しい状況を把握できるかどうかで、対応は大きく異なります。

Value Based Healthcareの実現と次世代型PSP

アプリを制作しても、実際に使ってもらえないものでは意味がありません。「このLINEボットによる症状モニタリングを行うePROは使いやすく、患者さんのエンゲージメント率が高いのが特徴」だと山並氏はその有用性について述べています。

また、PSPはValue Based Healthcareの実現のためにも必要だとし、次のようにまとめました。

「LINEボットによるPSPは、ITを活用して医師とのサポート体制をしっかり築くことによって『患者中心の医療』『リアルワールドデータの活用』『医療経済性』すべてに対応できると考えています。これからの医療の潮流の中に溶け込んでいくものになるでしょう。」

日本での積極的な取り組みが期待されるPSP

患者中心の医療の実現に向けて、すでに欧米では根付き始めているPSP。アドヒアランスの改善や医療費削減が認められたという報告もされています。

また、PSPは製薬企業にとっては治療アウトカムの向上による製品価値の最大化、医療機関にとっては医療資源の最適化につながると考えられます。今後は日本でも、患者・医療従事者・製薬・テクノロジー企業が連携しながら、積極的にPSPに取り組んでいくことがますます望まれていくでしょう。

<出典>※URL最終閲覧日2023.05.25
1) PwC Japan, ペイシェント・サポート・プログラム(PSP)とは( https://www.pwc.com/jp/ja/industries/healthcare/hpls-consulting/patient-support-program.html )
2) NTTドコモ モバイル社会研究所, LINE利用率83.7%:10~60代まで8~9割が利用, 2023年4月17日( https://www.moba-ken.jp/project/service/20230417.html )