調査や他業界事例から導く、アフターコロナの製薬企業オウンドメディア戦略|MDMD2025 Summerレポート

調査や他業界事例から導く、アフターコロナの製薬企業オウンドメディア戦略|MDMD2025 Summerレポート

2025年6月に製薬・医療機器業界の有識者が集結し開催されたMedinew Digital Marketing Day(MDMD) 2025 Summer。セッション「アフターコロナにおける製薬企業のオウンドメディアと集積データの活用とは」では、株式会社メディクト 代表取締役 下山直紀氏が、コロナ禍で急拡大した製薬企業の医師向けサイトが訪問者数減少という新たな課題に直面している現状を踏まえ、他業種の成功事例分析や同社の調査を交えながら、競争激化の中で選ばれるサイトになるための戦略について解説しました。

コロナ禍が変えた製薬企業のデジタル戦略と現在の課題

コロナ禍により製薬企業のマーケティング手法は大きく変化しました。MRの対面訪問が制限される中で医師向けサイトが重要な役割を担うようになりましたが、現在は新たな課題に直面しています。

 

Medinewが毎月公開する「製薬企業オウンドメディア定期レポート」より、大手製薬企業5社の医師向けサイトの訪問者数を合計したデータの推移を見ると、2021年のコロナ禍でピークを迎えた後、2025年3月時点では50%以上も減少していることが明らかになっています。

医療関係者向けサイト訪問者数推移
2025.6.4 (株)メディクト『アフターコロナにおける製薬企業のオウンドメディアと集積データの活用とは』資料より抜粋

下山氏は、この減少の背景には複数の要因があると指摘しました。まず、MRの訪問活動が徐々に回復し、医師が情報を取得する手段が多様化したことが挙げられます。さらに、多くの製薬企業が医師向けサイトを新設・拡充した結果、サイト数やコンテンツ量が大幅に増加し、医師が接触する情報サイトが増加したため、1社ごとの接触頻度が減少したと考えられます。

 

加えて、2024年4月に施行された医師の働き方改革により、医師の可処分時間が減少していることも大きな影響を与えています。同年11月にメディクトが実施した医師調査によると、働き方改革開始後にWebサイトやメールの利用タイミングは「昼休み」「勤務時間の休憩中」「移動時間」「診療開始前」などの隙間時間が増加しました。その結果、より短時間での効率的な情報取得が求められていることがわかります。

「医師の働き方改革」開始後に増加したWebサイトやメールの利用タイミング
2025.6.4 (株)メディクト『アフターコロナにおける製薬企業のオウンドメディアと集積データの活用とは』資料より抜粋

Amazonの戦略に学ぶ、強固なロイヤルティの築き方

このような状況において、下山氏は他業種の成功事例としてAmazonのECサイト戦略に注目しました。特にAmazonのECサイト戦略には、製薬企業のオウンドメディア運営に活かせる多くの要素が含まれているといいます。 

Amazonが選ばれる理由

国内のECサイト上位3社の取引総額を見ると、Amazonが約6兆8000億円、楽天が約5兆6000億円と上位2社が圧倒的であり、3位のYahoo!ショッピングの約1兆8000億円を大きく引き離しています1)

 

Amazonが利用される理由として、下山氏は4つのポイントを挙げています。1つ目は圧倒的な品揃えで、利用者が「Amazonに行けば何でも見つかる」という安心感を持てることです。2つ目に使いやすいインターフェースで、ユーザーが求めている商品を素早く見つけられるナビゲーションやPC・スマートフォン・アプリでの最適化が図られています。3つ目に迅速な配送で、検索から購入、到着までの目的達成を最短手順で提供していることです。

他業種の成功事例 ECサイト分析
2025.6.4 (株)メディクト『アフターコロナにおける製薬企業のオウンドメディアと集積データの活用とは』資料より抜粋

パーソナライズの最適化により、多くの顧客がおすすめ商品を購入

そして4つ目に、顧客にパーソナライズされたおすすめ商品表示を挙げています。これは過去の購入履歴や閲覧履歴に基づく提案、協調フィルタリングによる類似ユーザーの行動データ活用、人気ランキング、関連商品の提案など、複数のロジックを組み合わせて実現されています。下山氏は、Amazonの売上の35%がこのレコメンド機能から生まれているというマッキンゼーの調査結果2)も示し、その有用性を強調しました。

他業種の成功事例 ECサイト分析
2025.6.4 (株)メディクト『アフターコロナにおける製薬企業のオウンドメディアと集積データの活用とは』資料より抜粋

さらにAmazonの強みとしては、これらの顧客データや購入データをもとに、AI、機械学習、ディープラーニングといった最先端技術を駆使して、一人ひとりのニーズに最適化された商品を常に進化させながら提案していることだと下山氏は指摘します。 

医師向けサイトへの応用は?おすすめ表示機能の実装率は3割以下

Amazonでのこうした成功要因は、製薬企業の医師向けサイトにも応用可能だと下山氏は指摘します。

 

例えば、Amazonの圧倒的な品揃えは、製薬企業では疾患や製品に関する包括的な情報提供による安心感の提供に置き換えることができます。

 

使いやすいインターフェースは、医師が短時間で目的のコンテンツにたどり着けるナビゲーションやスマートフォン対応の充実として実現できるでしょう。

 

迅速な解決は、医師のニーズに応える機能や手段の適切な配置として考えられます。例えば、問い合わせボタンの見つけやすい場所への設置、資材ダウンロードの簡素化、チャットボットによる回答提供などです。

 

そして最も重要なのが、パーソナライズされたおすすめ表示機能です。

他業種の取り組みを医師向けサイトで活用
2025.6.4 (株)メディクト『アフターコロナにおける製薬企業のオウンドメディアと集積データの活用とは』資料より抜粋

しかし、メディクトが製薬企業90社を対象に毎月実施している調査によると、現在「おすすめ表示」機能を実装している医師向けサイトは国内企業で30.9%、外資企業では11.8%にとどまっています。医師の可処分時間が減少し、多数のサイトが存在する中で、利用時間の短縮と欲しい情報をいち早く見つけることができるこの機能の重要性は高まっているといえます。 

MAツールの活用とAIによるハイパーパーソナライゼーションへ

パーソナライズされたおすすめ表示機能を実装するための具体的な手段と、将来的にAI技術を活用することで実現される可能性について、下山氏は具体的なアプローチと今後の展望を示しました。 

MAツール「BtoD」でオムニチャネル対応とRWD活用

パーソナライズされたおすすめ表示を実現するためには、まず会員化による顧客データの集積が必要です。そしてマーケティングオートメーション(MA)ツールを活用した顧客データ蓄積、顧客の分析・分類、個別のパーソナライズ施策の設計と自動化を行います。

 

メディクトが提供するMAツール「BtoD」では、オウンドメディアでのアクセスログや動画視聴履歴、ペイドメディアでの行動データ、さらにはMR活動によるディテーリング情報など、幅広いチャネルのデータを統合的に管理できます。

 

また、同社はJMDCグループの一員であることの強みとして、レセプトデータや電子カルテデータなどのRWD(リアルワールドデータ)との連携も可能になり、より精度の高い分析と効果測定が実現できます。

顧客データの修正と必要チャネルへの連携
2025.6.4 (株)メディクト『アフターコロナにおける製薬企業のオウンドメディアと集積データの活用とは』資料より抜粋

AIによるペルソナの仮想再現でハイパーパーソナライゼーションの実現へ

さらに将来的には、AI技術の活用により「ハイパーパーソナライゼーション」の実現が期待されていることが紹介されました。電通総研が発表した「People Model」5)は、自社保有の大規模調査データを大規模言語モデルでファインチューニングすることで、1億人規模の高解像度なペルソナを仮想再現するAIモデルです。

 

このような技術が医師向けマーケティングに応用されれば、限られたデータから足りない部分を補完し、すべてのターゲット顧客に対しパーソナライズされた最適なコミュニケーションの設計と実施が可能になるといいます。高解像度なペルソナの仮想再現、仮想アンケート調査、マーケットシミュレーション、ジャーニー設計など、従来では不可能だった精度でのマーケティング施策が実現できると期待されています。 

顧客体験の最適化が差別化のポイントに

製薬企業の医師向けサイトは、コロナ禍を経て大きな転換点を迎えています。単に情報を掲載するだけのサイトから、医師一人ひとりに最適化された体験を提供するプラットフォームへの進化が求められています。

 

医師の限られた時間の中で選ばれるサイトになるためには、Amazonが実践しているような顧客中心のアプローチが不可欠です。特に、現在3割程度の実装率にとどまっているパーソナライズされたおすすめ表示機能は、今後の差別化要因として重要な位置を占めるでしょう。

 

MAツールによるデータ統合から始まり、リアルワールドデータとの連携、そして将来的なAI技術の活用まで、段階的な取り組みによって今後ハイパーパーソナライゼーションの実現が可能になっていくと考えられます。下山氏は、メディクトではオムニチャネル設計やデータ分析、BtoDの提供といったデジタルマーケティング支援をおこなっていることに触れ、「JMDCグループのもつ医師向けメディアや各種リアルワールドデータなどとも連携し、製薬企業の集客に貢献していきたい」と講演を締めくくりました。

 

<出典> ※最終閲覧日2025.7.7

1)    eccLab, 2023.7.24, 2023年時点最新【2022年EC流通総額ランキング】国内21・海外25のECモール・カート・アプリの流通総額から見る市場トレンド(https://ecclab.empowershop.co.jp/archives/82303)

2)    McKinsey & Company, 2013.10.1, How retailers can keep up with consumers(https://www.mckinsey.com/industries/retail/our-insights/how-retailers-can-keep-up-with-consumers/)

3)    Millward Brown Digital(2015年調査), Retail Dive, 2015.6.26, Amazon Prime posts massive conversion stats: study(https://www.retaildive.com/news/amazon-prime-posts-massive-conversion-stats-study/401384/)

4)    Invesp, 40 Most Important Conversion Rate Statistics for 2024(https://www.invespcro.com/cro/statistics/)

5)    株式会社電通総研, プレスリリース, 2025年5月19日, 国内電通グループ、AIネイティブ化を加速する独自のAI戦略「AI For Growth 2.0」を発表(https://www.dentsusoken.com/news/release/2025/0519.html)