MR・MSLの仕事はAIでどう変わる?製薬3社のAI×オペレーション再設計|Veeva Japan Commercial & Medical Summit 2026
.png&w=1920&q=100)
製薬業界のSaaS大手企業であるVeevaが米国・欧州のKOL(Key Opinion Leader)75人に実施した調査では、回答した医師全員が「AIを毎日使っている」と答えたといいます。いまや、この結果に驚く人はいないでしょう。一方でAIの急速な進化は、製薬企業で働く人にも「自分たちの仕事はどう変わるのか」「AIに仕事を奪われるのではないか」という問いを突きつけています。
2026年7月21日・22日の2日間にわたり、「Veeva Japan Commercial & Medical Summit 2026」が東京で開催され、製薬企業の営業・マーケティング・メディカルのDXやAI活用の最新事例が共有されました。本記事では、注目セッションをピックアップしてレポートします。
講演・登壇者情報
Medical Keynote:Reimaging Medical Impact in the Age of AI
MSD株式会社 メディカルアフェアーズ エグゼクティブディレクター 梅田忠志氏
田辺ファーマ株式会社 メディカルアフェアーズ本部 本部長・チーフメディカルオフィサー 地主将久氏
Veeva Japan株式会社 Director, Commercial & Medical Strategy 籔花大氏
MR活動はどこまで変わるのか?AIが実現する次世代のアクションサジェスト
アストラゼネカ株式会社 カスタマーエキスペリエンス&IT本部 フィールドケイパビリティ&ローンチエクセレンス部 部長 大河原美佐紀氏
水平分業から垂直統合へ ~「小さな全体」で実現する、AI時代の顧客エンゲージメント~
Swedish Orphan Biovitrum Japan株式会社 Digital & IT Manager 河上晃一郎氏
AI時代、MIはバックオフィスから最前線のエンゲージメントへ
Medical Keynoteに登壇したMSDの梅田忠志氏は、Medical Information(MI)改革の経験を紹介しました。
医療現場からの問い合わせは多様化・高度化し、チャネルは増え、コンプライアンスを守りながらもタイムリーで正確な情報提供が求められる。「MIはもはやバックオフィス機能ではない。最前線のエンゲージメント・ケーパビリティであると、改革を通じて実感した」と、梅田氏は切り出しました。
同社は2025年、問い合わせの受付・回答を管理するシステム(Veeva MedInquiry)を導入し、マスターデータの不整合、システム間の統合、日本語対応など多くの壁に直面しました。
この経験からの学びは3点です。
- 設計:グローバルで中核を作ってから、日本のニーズに合わせてローカライズする。
- 実装:受け入れテスト(UAT)の反復、継続的なトレーニング、稼働直後の想定外に対応するハイパーケア体制を整え、システムの立ち上げではなく通常業務への定着をマイルストーンとする。
- 人とカルチャー:部門横断のワンチーム、現場のチャンピオン、稼働後も続けるフィードバックが、システム以上に重要である。
「組織を変革するのはシステムではなく、あくまでも人。ワンタイムではなく継続的に取り組むことが重要だ」と梅田氏は強調します。
さらにAI時代の情報提供では、医師が企業にたどり着く前の段階から、AIを通じて正しい情報を提示できるようにするためのGEO(Generative Engine Optimization:生成エンジン最適化)と、社内の知見や医師との信頼関係に基づく見解などAIでは拾えない情報を人が届けるという付加価値の2つが必要になると述べました。
システムの導入とはオペレーティングモデルの再構築であり、プロセスの再設計である。梅田氏はこう総括し、「今日のAIは1年後には100倍の能力に進化しているかもしれない。だからこそ、今すぐ動き出す必要がある」と講演を締めくくりました。
AIでは満たされない「61%」に、MR・MSLの価値がある
後半のパネルセッションには、梅田氏に加え、田辺ファーマの地主将久氏、Veeva Japanの籔花大氏が登壇。Veevaが米国・欧州のKOL75人に実施した調査では、回答した医師全員が「AIを毎日利用する」と回答した一方、61%は「回答が十分ではない」「専門知識を持つ人と議論したい」と回答。AIで大枠を捉えた上で、より詳しい、専門的な情報を求めているニーズが明らかになりました。籔花氏は「ここに製薬企業が関与する余地がある」としつつ、「AIで得られる情報を超える価値を提供できなければ、医師は会ってくれなくなるだろう」と警告しました。
地主氏は「企業がリッチな社内データを使って、チャンピオンMSLのAIエージェントを作れば、その議論は解決してしまうのではないか。しかもこれは欧米の調査だ。日本では情報提供活動が幅広くプロモーションと見なされるため、MSLの活動範囲がより制限されており、深いサイエンスの議論ができるMRもいる。MSLの価値を情報提供の精度だけで測ろうとすると『MSLは必要なのか』という企業が出てくる可能性がある」と切り込みました。
一方、AIの信頼性には疑問も残ります。BMJ Openに掲載された、生成AIが生成する医療関連情報の精度に関する研究結果では、生成AIの回答の約半数に信頼性の問題があり、ハルシネーション(もっともらしい誤情報)はほぼ全員が経験。参考文献リストを漏れなく生成できたLLM(大規模言語モデル)はゼロでした。梅田氏はこれを「人で埋める価値があるエリア」と逆にとらえ、籔花氏は「AIに読み込ませるデータの質がアウトプットの質を左右する」と指摘しました。
活路はどこにあるのでしょうか。地主氏は、地域医療や病院経営など「製薬企業にこんな話をしても」と医師が口にしない領域や、医師自身が気づいていないニーズを医薬品の情報と結び付けられる人はほとんどいないと指摘。今後のMSLの活動は「MR+サイエンスではなく、ロールチェンジが求められる」と強調し、医療全体のエコシステムをとらえる大きな視点と誇りを持って取り組んでほしいと現場にエールを送りました。
AIが訪問計画を提案。MRに必要なのは分析力より「質問する力」
アストラゼネカの大河原美佐紀氏は、AIを活用したMR活動の事例を紹介しました。同社はグローバルで変革プログラム「AI30」を推進中で、2030年と30%を掛けたこのプロジェクトには、ノージョイワーク(喜びを感じられない業務)を30%以上削減する意味が込められています。「AIは人の代替ではなく、人がより価値の高い仕事に集中するための手段」と大河原氏は位置づけます。
同プロジェクトでは多くのユースケースが推進されています。今回の講演で紹介されたのは、アポイントメールの作成を支援する「AI 1to1メール」と、訪問計画・面談準備を支援する「AIコンシェルジュ」でした。いずれもMRやMSLが多くの時間を費やす業務の負担軽減が狙いです。
アポイントメール作成に必要な作業をAIが肩代わり
AI 1to1メールは、Veeva Approved Emailを使ったアポイント取得を効率化するものです。文面の作成、コンプライアンスの確認、日程調整、送信タイミングの検討といったメール1通に潜む作業をAIが肩代わりし、Outlookの予定表と連携して候補日も提案します。送信の最終判断はMRが行います。
次に会うべき医師も訪問計画もAIが提案する
AIコンシェルジュは、CRM内や外部の市場データを横断的に分析し、MRに会話形式で次の行動を提案する仕組みです。AI基盤にはSnowflake CoWorkを用いており、ただ情報を表示するのではなく、推論して提案する点が従来のBIやCRMとの違いだといいます。デモでは、訪問すべき医師5名とその選定理由、特定の医師の訪問履歴から販売実績、他社の動きまで質問1つで提示。あいまいな質問をすれば、AIがその意味を問い返しました。「必要なのは複雑な分析をするスキルではなく、質問する力に変わってきている」と大河原氏は話しました。
このプロジェクトは、立ち上げから4カ月でリリースすることができたといいます。この迅速な進行に重要だった点として、大河原氏は以下をあげました。
- 「AIは魔法ではない」とビジネス部門と認識をそろえて期待値をコントロールすること。
- 良質で鮮度の高いデータを保つこと。
- コンプライアンスや法務を含む部門横断で協力すること。
AI導入は目的ではなく、重要なのはビジネスの価値だと、大河原氏は強調します。KGIは面談の量と質。工数削減は業務ごとの削減時間に実施回数とMR数を掛けて算出し、導入前と比較して定量評価します。「AIがどれだけ使われたかではなく、どれだけ成果につながったか」を重視する設計です。
「これからのCRMは活動を記録するだけのものではない。次に何を提案し何をすべきか、意思決定を支えるパートナーにAIをできるかがポイントだ」と、大河原氏は話を結びました。
実行と検証の単位で人・データ・システムをつなぐ「小さな全体」
Swedish Orphan Biovitrum Japan(Sobi)の河上晃一郎氏は、組織の分断を乗り越えるアプローチとして「小さな全体」を提示しました。
出発点は買い手側の変化です。2013年発行の書籍『THE INVISIBLE SALE』は、売り手より多くの情報を持っており決定権を持つ「セルフエデュケーティングバイヤー」の存在を指摘しましたが、その典型が医師です。生成AIの登場で情報探索はさらに速くなり、売り手が接点を持つ段階では、既に一定の選別が済んでいる状況になってきています。売り手側にも、データ基盤の整備から効果検証まで1人で担うGTMエンジニア(Go-To-Market Engineer)という職種が登場しました。製薬業界に同じ変化が求められたとき、変化できるのか。これが河上氏の問題意識です。
大きな組織では戦略・データ・システム・人が部署ごとに分業されています。そのため、全体を一気に動かそうとすると束ねるだけで膨大な時間とコストがかかります。
そこで河上氏は、「MRが次の4週間にどの施設・医師を優先して訪問するか」「来月どの顧客にどのメッセージを届けるか」といった意思決定の単位ごとに、人・プロセス・データ・システムを垂直につなぎ、小規模でもまず始めてみる。そして、実行と検証を繰り返すという方法を提案しました。
組織全体を一度に変えるのではなく、最小限の機能を束ねて実行から計測までを回すことのできる「小さな全体」をつくって改善サイクルを回し、徐々にこれを拡大していき、最大のアウトカムを創出するという考え方です。限られたリソースで成果を出したいマーケティング部門にも応用しやすい手法といえるのではないでしょうか。
AI導入の先にあるのは、人と組織、運用の再設計
各講演に共通していたのは、AIを新しいツールとして導入するだけでは変革につながらないというメッセージです。AIに何をさせるかだけでなく、人は何を担うべきか、組織をどうつなぐかという問いこそが、これからの製薬マーケティングに求められています。
AIが奪うのは仕事の一部分にすぎません。その先で人に求められるのは、より高度な判断であり、人や組織をつなぎ動かしていく力そのものです。





.png%3Ffm%3Dwebp&w=640&q=75)

