【コラム】第7回 勝負はプロモーションの量や質で決まるのか?

【コラム】第7回 勝負はプロモーションの量や質で決まるのか?

これまで製薬企業のマーケティングやセールスに関する人材育成等のサポートに携わってきた中で、製薬企業の方からさまざまなご質問をいただいてきました。この連載では、わたしたちがトレーニングの際などに聞かれるシンプルかつ根本的な医薬品マーケティングに関する質問にお答えしたいと思います。第7回は「勝負はプロモーションの量や質で決まるのか?」がテーマです。
(トランサージュ株式会社 代表取締役 瀧口 慎太郎)

Q:勝負はプロモーションの質や量で決まるのか?
A:戦略の展開を考えるときにプロモーションの量や質の考察も必要だが、どのセグメントに対して活動のウェイトを置くか、つまりターゲティングも重要である。

<ポイント>
①プロモーションを実施するときに最も重要な視点のひとつは、どのセグメントにウェイトを置いて展開するか、というターゲティングである
②プロモーションの量はターゲティングとパラレルに考察すべき要素である
③プロモーションの質は展開時の顧客のリアクションを見て修正すべき要素である
④デジタルが隆盛する現代では、よりアジャイルな顧客対応が求められている

プロモーションに必ずしも必要のない斬新性や話題性

時折「どうやったら斬新なプロモーションを考えられるのか」「いまどんな方法だと話題の取れるプロモーションができるのか」といった質問を受けることがあります。その質問の背景を聞いていると、広告代理店に提案されたプロモーションのどれを選べば良いかわからない、という話に繋がることが少なくありません。

確かに、次から次へと現れる新たな手法のすべてを追いかけて把握しておくことは容易ではありませんし、そうした手法をよく知っている外部パートナーに意見を委ねることは懸命と言えます。革新的なプロモーション手法はそれを目にしたり体験したりする聴衆の耳目を集めることには役立つかもしれません。ただ、革新的であっても標的顧客の認識を高めることや行動を変えるという本来プロモーションが目的とする効果には必ずしも繋がらないということは覚えておくべきでしょう。

手法の斬新性や話題性は、プロモーションに重要な要素を満たした上でさらに効果を高める意味で有用です。しかし、それだけで十分とは言えない要素なのです。

プロモーションにおけるターゲティング

プロモーションを実施する時に、重要な要素のひとつがターゲティングです。プロモーションにおけるターゲティングとは、戦略上標的としたセグメントの顧客に集中してプロモーションを展開させることです。

実は、このプロモーションにおけるターゲティングが上手に行われていない事例がとても多く観察されます。それほど、このプロモーションにおけるターゲティングは難しい面を有していることがその理由です。

例えば、ある新製品は内科と婦人科の両方で使用する可能性があったとします。マーケティングでは一人当たりの患者数を考えて戦略上婦人科をターゲットと決めていても、セールスが必ずしもそう行動するとは限りません。自分の担当エリアではいくつかの内科クリニックが競合品を少数例処方しているという情報をMSさんから聞きつけ、競合の厳しい婦人科医よりも内科をターゲットにするといったケースは頻繁に起こります。

ターゲティングにおける「パレートの法則」

ここでターゲティングに関する質問です。全国の施設を「施設別の購入予算額」と「施設内の自社品シェア」の2軸でプロットして、プロモーションにおけるターゲティング先を考える(図1)場合、以下のAからDの4つのゾーンのどこに入る施設に、最も資源(リソース)を集中させるべきでしょうか。

図1 どのゾーンの施設に資源(リソース)を集中すべきか?
  1. 購入予算が平均以上に大きく、自社品シェアが平均以上高い、Aゾーンの施設
  2. 購入予算は平均以上に大きいが、自社品シェアは平均以下になっている、Bゾーンの施設
  3. 購入予算は平均以下だが、自社品シェアは平均以上高い、Cゾーンの施設
  4. 購入予算も自社品シェアも平均以下の、Dゾーンの施設

この場合、最もリソースを集中させるべきゾーンは、Bゾーンになります。なぜならば、Bゾーンに入る施設は患者さんが多く(購入予算が大)、かつ開拓ポテンシャルが大きい(シェアが平均以下)ためです。

Aゾーンに最も集中すべきという回答も多いのですが、Aゾーンの施設はすでに全部が平均以上のシェアを持っていてある程度開拓が行き渡ったと考えることができます。あるいは、患者数に関わらず自社品シェアの大きいCにもリソースを傾けなければ自社品シェアが切り崩されてしまう、といった考え方もあります。ただ、無限ではない資源をいかに効率的に配分するべきかという観点では、より患者数の多い施設に集中することへの妥当性が勝ります。

パレートの法則(図2)は「全体の数値の8割は、全体を構成する要素のうちの2割の要素が生み出している」という経験則のことです。例えば、総市場の80%の売上が全ブランドの中の20%のブランドの売上で生み出されている、総市場の80%の売上が全購入者の20%の購入者の売り上げで生み出されている、といったことが典型的な例です。

図2 パレートの法則

ターゲティングはこの法則の応用で、顧客の中で売上の大部分を生み出している顧客を特定してターゲティングすることで、売上増加とコスト削減の両立を可能にします。つまり、限られたリソースを少数に注力することでより多くの成果を生み出すことが、ターゲティングの意味なのです。

プロモーションの量と「ザイオンス効果」

プロモーションにおいては、顧客にどれだけアプローチするか、というボリューム(量)ももちろん重要な要素です。

人間の、ある対象への好感度は、その対象との接触回数に依存する、という理論があります。元々興味がなかったモノや他人に何度も接触を繰り返すことで興味を持つようになるということで、こういった心理的現象を単純接触効果と言います。アメリカの心理学者、ロバート・ザイオンス氏によって発表されたため「ザイオンス効果」とも呼ばれています(図3)。

図3 単純接触効果(ザイオンス効果)

単純接触効果は、プロモーションで実施する広告やメッセージに何度か接触することで、ユーザーの認識や行動に変化が生じる効果です。したがって、プロモーションは、単純接触効果を高め、消費者の商品やサービスに対する好意的な態度を形成させ、購買行動につなげるための重要なマーケティング活動なのです。

ただ、ユーザーに認識や行動の変化を求めるために効果を有する接触回数は、10回程度までと言われています。このことは、10回以上同じ人に接触を繰り返しても認識や行動の変化は生まれないことを意味しています。つまり、セールスが必要以上に顧客へ面談を繰り返すことはリソースの無駄に繋がることを意味します。

そして、プロモーションの量もターゲット顧客を中心に考察されます。ターゲットしている顧客に対して、どのようなプロモーションをどれだけの量で投下することで行動変容を促すのか、という考察がマーケティングでは重要です。言い換えると、ターゲットセグメントに適したプロモーションを展開することが重要であり、過剰なプロモーションは効果を低下させる可能性があります。

プロモーションの質とニーズの把握

プロモーションは、自社が提供する製品がターゲット顧客のニーズに合致していることを伝えることで、ユーザーから製品への関心を促し使用行動に繋げることです。ただやみくもに実施するのではなく、ターゲットセグメントの顧客のニーズに合わせることが重要です。したがって、プロモーションを考察するときには、顧客のニーズを正しく把握し、それに合わせたメッセージやキャンペーンを展開することが重要になります。

プロモーションにおける質とは、実施するプロモーションがどれだけ顧客のニーズに合っているかということだと言えます。したがって、顧客のニーズや関心に合わせたプロモーションを展開し、顧客のリアクションやフィードバックを見ながら、継続的に修正することがプロモーションの成功につながります。

アジャイルなプロモーション修正の重要性

最近では、「データドリブン・マーケティング」や「アジャイル」という言葉を耳にする機会が増えました。

データドリブン・マーケティングは、マーケティングの意思決定にデータ分析を活用するアプローチです。データ分析によって、顧客の行動や嗜好、購買履歴などを把握し、それに基づいて最適なマーケティング戦略を立てることができます。

一方で、アジャイルは、主にソフトウェア開発の領域で発達してきた考え方で、開発プロセスを反復的に進めて素早く製品を完成させることを目指す手法です。アジャイルの特徴として、チーム全員が積極的にコミュニケーションを取り合い、迅速かつ柔軟に対応することが挙げられます。

データドリブン・マーケティングとアジャイルのコンセプトを組み合わせると、プロモーションの実行をより効果的に進めることができます。デジタルを用いたプロモーションであれば、個々の顧客のプロモーションに対する反応からそれぞれのニーズや行動を詳細に把握可能です。その情報をもとに、アジャイルにMRやMSLなどのマンパワーリソースならびにオウンドメディアや3rdパーティメディアなどで提供するコンテンツや媒体、提供するタイミングや頻度などを微調整することで、個々のユーザーのニーズに柔軟かつ迅速に合わせることができます。

アジャイルなプロモーションを実現するには、ブランドチーム内のコラボレーションやコミュニケーションが重要です。つまり、ブランドチームメンバーが迅速に情報を共有し、意見を交換し、迅速かつ柔軟に対応することが求められます。また、アジャイルなプロモーションは市場環境の変化に対応する能力が要求されるため、企業の競争力を高めることができるとされています。

デジタルチャネルによるプロモーションの効果測定

今では主流になった印象のあるデジタルチャネルによるプロモーションの数々ですが、その効果の検証が継続的に実施されているという話を聞くことはまだありません。

デジタル施策の効果測定では、用意したサイトへの訪問者のうち商品購入やフォーム送信などの事前に設定したゴールに到達した人数の割合を示すコンバージョン率(CVR)、広告バナーやリンクをクリックした人数の割合を示すクリックスルー率(CTR)、訪問者がサイト内にどのくらい滞在したかを把握することでサイトの使いやすさやコンテンツの質などを評価するサイト内滞在時間、シェア/コメント/いいねの数量を把握するソーシャルメディア反応計測などがありますが、いずれも中間指標に対する効果測定には有効ですが、最終ゴール(Key Goal Indicator:KGI)に対する効果測定に有効とは言い切れません。

アトリビューション分析による効果測定の可能性

KGIを達成するためには、どのプロモーションチャネルが最も効果的であるかを把握して効果的なチャネルにできるだけ集中させることが理想的です。しかし、デジタルチャネルが増えた現在はどのチャネルが最も効果的かを判断することは困難になっています。

デジタルプロモーションに関する効果測定手法として、私が知っている範囲で最もインパクトの高い方法に、「アトリビューション分析」があります。アトリビューション分析では、KGIに対してどのプロモーションチャネルが最も貢献度が高かったかを明らかにできる分析手法で、KGIとして売上を設定することも可能です。

簡単に説明をすると、アトリビューション分析では顧客が製品購入などのCVに至った際にどのチャネルが最も貢献したかを明確にすることができます(図4)。例えば、ある企業がテレビ広告、インターネット広告、メールマガジン、ソーシャルメディアを使用している場合、それぞれのチャネルが製品購入にどの程度貢献しているかを把握することができます。アトリビューション分析を行うことで、それぞれのチャネルの貢献度を評価し、最も効果的なチャネルに予算を割り当てることができるようになるとともに、より正確な売上予測も可能になります。

図4 アトリビューション分析

また、主なセグメント顧客ごとにアトリビューション分析を行うことで、セグメント別の顧客のチャネル嗜好性や行動傾向などを把握することができ、より的確なターゲティングとより効果的なチャネルミックスを実施することが可能になるなど、総じてアトリビューション分析は重要な意思決定のサポートが可能になると考えています。

デジタル時代のプロモーションは、よりアジャイルな顧客対応が求められる

現代のデジタルテクノロジーの隆盛は、よりアジャイルな顧客対応を求めています。つまり、急速に変化する顧客のニーズや要望に対応するためには、迅速かつ柔軟にアジャイルな対応ができる組織が求められているということです。このことは単にデジタル・チャネルを用いたプロモーションを展開することとは次元の異なる能力への要請があることを示しています。プロモーションの成功には、斬新性や話題性といった瞬間的な打ち上げ花火ではなく、顧客ニーズに寄り添う姿勢が重要です。このプロモーション哲学の実践をするためには、継続的なデータ分析によるニーズ対応のための、アジャイルなプロモーション修正が必須だということお伝えし、今回のお話を終わります。


<参考文献>
図1〜4 「医薬マーケターのためのプロマネ塾 参加者資料」より 2023年 トランサージュ株式会社発行

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