ノイズを価値に変える。医師に届くオムニチャネル設計|MDMD2025Autumnレポート

ノイズを価値に変える。医師に届くオムニチャネル設計|MDMD2025Autumnレポート

製薬プロモーションにおけるオムニチャネル戦略が浸透する一方で、医師へのリーチに限界を感じる企業も少なくありません。課題の本質はどこにあり、どう解決すべきなのでしょうか。
 
2025年10月開催の「Medinew Digital Marketing Day(MDMD)2025 Autumn」では、株式会社メディカルトリビューンの樋口久仁子氏が登壇。同社が製薬企業と医師を対象に実施した調査をもとに、オムニチャネル戦略のあるべき姿を考察しました。

オムニチャネルプロモーションは、“デジタル中心の1to1マーケティング”が最適解か?

製薬業界では医師へのオムニチャネルプロモーションが不可欠となる一方、医師へのアプローチに限界を感じる企業も増えています。

その理由を探るべく、メディカルトリビューンが着目したのが、オムニチャネルプロモーションの成立経緯です。1980年以降、製薬プロモーションは長くSOV(シェアオブボイス)型が主流で、医師がMRを歓迎する環境のもと“対面の1to1マーケティング”が自然と成立していました。

しかし2019年以降、訪問規制やガイドライン強化により市場環境が変化。医療従事者向けアプリやオウンドメディアの刷新でDX化と情報収集の多様化が進み、MR接点は減少しました。

こうして形成された製薬オムニチャネルマーケティングを、樋口氏は「各社が“デジタル中心の1to1マーケティング”を目指して施策を実行している状態」と説明。一方で、その中心となるデジタルリーチに限界を感じる製薬企業が多い点を指摘します。

デジタル偏重がもたらすリーチの限界

樋口氏は、メディカルトリビューンが製薬企業と医師を対象に実施したWebアンケート結果から、製薬企業が感じるデジタルリーチの限界を分析します。

調査からは、学会イベントや対面講演会・セミナー、MR訪問などの非デジタルチャネルと並び、Web講演会やオウンドサイト、メールなどデジタルチャネルの活用が広がっていることが分かります。

製薬企業がプロモーション活動で利用しているチャネル
2025.10.29(株)メディカルトリビューン『オムニプロモーションはこうして差がつく 医師の行動起点が示すFactとは 』資料より抜粋

しかし、そのリーチ率・行動変容率は総じて低く、各製薬企業における満足度はさらに低い結果でした。

製薬企業のデジタルチャネルにおけるリーチ率
2025.10.29(株)メディカルトリビューン『オムニプロモーションはこうして差がつく 医師の行動起点が示すFactとは 』資料より抜粋

樋口氏は、これがデジタルリーチの限界であり、「デジタル無反応医師」へのリーチができていないことが一つの課題であると述べます。

過剰なメールが医師の認知疲労を引き起こす

デジタルチャネルの成果が伸びない理由として、情報過多による医師の認知疲労を起こしていることがFACTとして明らかになりました。医師向けのWebアンケート調査の結果によると、デジタルチャネルによる情報提供は「数が多過ぎて疲れる」「情報量が多く記憶に残らない」と答えた医師が多いことが判明しました。

さらに、紙媒体を除いたほぼ全施策の基軸がメールであることに着目。製薬企業と医療情報メディアのメールが医師のメールBOX内の4割近くを占めており、“情報の洪水”を引き起こしていると指摘します。

プロモーション活動で活用しているチャネル
2025.10.29(株)メディカルトリビューン『オムニプロモーションはこうして差がつく 医師の行動起点が示すFactとは 』資料より抜粋

医師の多忙さや配信頻度の多さも影響し、製薬企業からのメール開封率は約48%にとどまります。施策の基軸がメールであるために、この低開封率がWeb誘導やeディテールの成果を阻害し、そもそも減少しているMRを開封催促に動かしてしまっている、本質的な課題が解決されていない可能性を示唆しました。

製薬企業から届くメールの開封実態
2025.10.29(株)メディカルトリビューン『オムニプロモーションはこうして差がつく 医師の行動起点が示すFactとは 』資料より抜粋

問題はデジタルリーチの曖昧な定義

その上で樋口氏は、情報発信が過剰になる背景としてデジタルリーチの定義の曖昧さを指摘。調査では、製薬企業に「デジタルチャネルのリーチ率」を評価・判断する際の「リーチした」状態の定義を問う設問に対し、「明確な定義がない」「分からない」が45%に上り、同一企業内でも職種によって認識がばらつく状況が確認されました。

この定義不在がKPIのミスリードを招き、結果としてメールが乱発され、オムニチャネルが“デジタル版のマスマーケティング”化していることが課題であると、樋口氏は指摘します。

チャネル特性を生かしたオムニチャネル戦略とは

では、製薬企業は医師へのオムニチャネルプロモーションをどのように設計すべきなのでしょうか。まず、 MRやデジタルに比べ、紙チャネルは郵送・訪問資材によるフォローに限られ、未接触の医師には十分活用されていなかった点が挙げられます

チャネル特性(接触後の医師の行動)
2025.10.29(株)メディカルトリビューン『オムニプロモーションはこうして差がつく 医師の行動起点が示すFactとは 』資料より抜粋

しかし、他チャネルとの比較によって紙チャネルの可能性が見えてくるといいます。

例えば接触後の医師の行動を見ると、デジタルチャネルは「URLをクリック」「製品情報を検索」「コンテンツを閲覧」「実診療に活用」など、認知から診療までを個人で完結できる一方、「担当MRに相談」といった双方向コミュニケーションは欠けています。

対して紙チャネルには「セミナーの想起」「メールの確認」「ウェブ検索」といった記憶・行動の再起動効果があり、「外来・診療室への掲示」「他の医療従事者への回覧・共有」など時空を超えた情報波及も見られます。

さらに反応傾向を分析すると、デジタルチャネルはメール直後のみ反応が大きく、その後は低下するのに対し、紙チャネルは保管され、都合のよいタイミングで行動が起こるなど、経時的に反応が続く点が特徴として挙げられます。つまり、紙チャネルがデジタルチャネルとは異なる体験価値と接点タイミングを持つといえるでしょう。

チャネルを組み合わせてあらゆる医師をカバー

例えば、新薬上市や適応追加などのタイミングで、既存のWebだけでなく、はがきや新聞への資材同梱などの紙チャネルを組み合わせます。紙チャネルにより医師の空間に情報を残し、デジタルチャネルやMR訪問につなげるのは、チャネル特性を生かしたオムニチャネル設計といえます。

また、ターゲティングのときに、デジタルで反応しない医師に向けて紙チャネルでアプローチする方法もあります。

実際に、Webセミナーの集客でWeb案内とMedical Tribune紙へのちらし同梱を行った企業は、アンケートを実施したところ、約半数は紙チャネルを見たことがきっかけで申し込んだことが分かりました。

実績(Webセミナー集客)
2025.10.29(株)メディカルトリビューン『オムニプロモーションはこうして差がつく 医師の行動起点が示すFactとは 』資料より抜粋

同様の施策を行った別の企業では、紙チャネル経由の視聴者は全体の4%にとどまったものの、その視聴者のうち60分のWebセミナーを30分以上視聴した割合は100%でした。

30分以上の視聴割合はデジタルチャネル経由より約3倍多かったことから、デジタルチャネルは視聴人数、紙チャネルは視聴の質に影響する可能性が示唆されます。

デジタルチャネルは人数、紙チャネルは質に影響
2025.10.29(株)メディカルトリビューン『オムニプロモーションはこうして差がつく 医師の行動起点が示すFactとは 』資料より抜粋

プロモーションをノイズではなく、価値に変えるために

樋口氏が強調するのは、各チャネルの特性を生かして組み合わせることの重要性です。医師のニーズに合わせたプロモーションには、医師がストレスなく情報に触れ、自ら動きたくなる体験設計が不可欠。それができて初めて、オムニチャネルプロモーションはノイズではなく価値に変わると締めくくりました。