【コラム】第6回 ファーストインクラスなら成功は約束されているのか?
これまで製薬企業のマーケティングやセールスに関する人材育成等のサポートに携わってきた中で、製薬企業の方からさまざまなご質問をいただいてきました。この連載では、わたしたちがトレーニングの際などに聞かれるシンプルかつ根本的な医薬品マーケティングに関する質問にお答えしたいと思います。第6回は「ファーストインクラスなら成功は約束されているのか?」がテーマです。
(トランサージュ株式会社 代表取締役 瀧口 慎太郎)
Q:ファーストインクラスなら成功は約束されているのか?
A:一般的には、先行者の利としてその市場をずっとリードできると考えがちだが、過去のいくつかのケースを見ても、そうならない場合も少なくない。必ずしもファーストインクラスが成功を約束されているとは言い切れないだろう。
<ポイント>
① 後に登場した薬剤は、ファーストインクラスを上回るプロファイルを持っていることが多い
② 後塵を拝する参入者ほど、先行する製品の強みや弱みを良く把握している
③ 先行者が後から来る製品の強みや弱みを読み間違えることは稀ではない
④ 「ビジネスウォーゲーム」などのワークショップで強みや弱みを把握することがお勧めで必須だ
⑤ 競り勝つためには環境変化を捉え、いち早く自らも変化する必要がある
セカンド以降の新製品がファーストインクラスを凌駕した例
「ファーストインクラス」は文字通り、従来にない新しい作用機序の最初の薬のことで画期的な製剤です。他にも多少ニュアンスは違いますが「ピカ新」とか「ブロックバスター」などさまざまな呼び名があります。ファーストインクラス以外の同じ作用機序で同種同効の新製品でも、かなり後陣を拝した製品は時として「ゾロ新」と呼ばれます。
HMG-CoA還元酵素剤
HMG-CoA還元酵素剤、いわゆるスタチン製剤は脂質異常症治療薬の標準的な薬剤として有名です。スタチン製剤は、それまで脂質異常症治療で一般的だったコレステロール吸着剤などと比べて効果面で大きな優位性を持ち、コレステロール治療薬市場のペニシリンなどとも称されました。
日本でのスタチン製剤のファーストインクラスはプラバスタチンで、1989年登場以来の破竹の勢いはまだ多くの方の記憶にあるかもしれません。このプラバスタチンの市場リードは、その後しばらく経って登場する新製品に取って代えられます。
今ではこの両者それぞれは、マイルドスタチンとストロングスタチンの代表薬の一つとしてカテゴリーされ、両者の製剤プロファイルの違いがその後の市場シェアの決定要因となりました。このファーストインクラスの勢いを止めた製剤、アトルバスタチンの日本市場への参入順位は5番目でした。
ACE阻害薬
前述のスタチン製剤の場合は世代の違いが大きいので当然だよといった声も聞こえてきそうですので、もうひとつの例として、ACE阻害薬を挙げておきます。
ACE阻害薬の日本でのファーストインクラスはカプトプリルでした。当時すでにさまざまなクラスの降圧薬がありましたが、カプトプリルはそれまでにないタイプの新しい降圧薬として大いに市場に受け入れられました。
ただ、3年後に登場したエナラプリルは先行者を追い抜き、慢性心不全への適用拡大ともあいまってその後のACE阻害薬のスタンダード薬としてしばらく市場をリードしました。 この両者の場合、投与法(1日2回と1日1回)の違いは存在しましたが、世代の違いと言えるまでの大きな相違は見当たりません。
これらの他にも、クラス内での競合は当たり前のように起きています。比較的最近の例ではDPP4阻害薬やチェックポイント免疫製剤などにも見ることができます。
後塵を拝する製品の方が先行者の強みや弱みを良く知っている
ファーストインクラスを世間が評価した場合ほど、同種同効のものが登場する可能性は大きくなります。これは医薬品だけでなく、クルマやパソコン、あるいはエアラインなどありとあらゆる商品で言えることです。
トヨタのアルファードは日本だけでなく中国などのアジア圏で大人気なため、最近は中国のカーメーカーが類似の車種を増やしています。エアラインでは、老舗航空会社が高めの価格設定ながら心地の良いきめ細やかなサービスで顧客満足を得ようとしていましたが、サウスウェストの成功に倣えとあっという間にLCCが世界中に整備されました。
先行者の成長に気づいた競合が必ず実施することは、徹底的な先行者の調査です。製品であればそれを市場から手に入れ、分解して構造や機能を確認します。サービスであれば調査官が一般顧客を装ってそのサービスを実際に利用して、あらゆる面から商品や組織を観察します。
医薬品の場合、製品そのものは特許で固く守られているため製剤開発で模倣はできませんが、組織体制やマーケティングに関してはその範疇ではありません。したがって、先行者の営業体制、プロモーション・メッセージ、親密なオピニオンリーダーなどのあらゆる要素について、その側から観察することは可能です。
先行者が後から来る競合の強みや弱みを読み間違えることは稀ではない
別の視点から見ると、先行者は新たな参入者である競合を具体的に観察することはできません。競合カーメーカーが新しく作る車を購入して分解することはできませんし、新しいLCCを利用してみることもできません。
医薬品市場での競合を考えると、ファーストインクラスである先行者は、対象市場で新規参入してくる競合と過去に睨み合った経験がないというケースがかなりあります。つまりその市場で競合がどんな動きをするのか、どんなオピニオンリーダーと親しく、どんなメッセージを発信するかなど競合の立場なら可能な先行者の観察は、先行者であるが故にできないことになります。結果として、先行者は新参入の競合の強みや弱みを見誤ることは不思議ではありません。
客観的に、冷静に市場を見つめることの重要性
仮に詳細な競合分析を完成できたとしても、その分析結果を客観的に理解することは容易ではありません。
一般的に、先行者が大きな成功体験を持っているときや市場開拓に長い間の情熱を捧げてきた領域であるほど「この領域の専門医はそんなに簡単に新薬に流れない市場だ」「そんなに簡単に新しい参入者の薬に切り替えられることはない」といった、期待にも似たバイアスが入りやすくなります。
市場調査結果に対して「この市場でこんなはずはない」「これは調査対象の医師が製品をよく理解していないからだ」と言った発言を稀に聞くこともありますが、これと似たようなことです。
そのようなバイアスは、大事な意思決定をミスリードしてしまいます。したがって、事実は事実として客観的に冷静に受け止めることがとても重要です。
競合分析の要素
競合や自分たちの強みや弱みを知るための要素は多岐に渡りますが、ここで大切だと考えられる要素をいくつかご紹介すると以下の通りです。
企業 | 競合する製品の売上/製品ポートフォリオ/開発パイプライン/財務力/企業風土特性など |
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製品 | 競合する製品の製品名/適応症/用法用量/薬価/作用機序/効果安全性/特徴/使用上の注意/主要疫学研究など |
マーケティング&セールス | MR数/活動量/活動状況/オピニオンリーダー戦略/市場評価など |
こうした情報を収集し、市場ニーズに照らして確認することで初めて強みや弱みを客観的に把握することができます。
競合戦略を考えるための「ビジネスウォーゲーム」の勧め
新参入してくる競合の強みや弱みを把握し、自社の強みや弱みを再確認すること。これを客観的に冷静に行うことは容易ではありませんし、100%完璧な読みをできるわけでもありません。
競合戦略で有名なベン・ギラッド氏はこう語っています。「あるエグゼクティブが大規模なコンピューターによる予測について語っていました。私はそのエグゼクティブの話に、こらえ笑いをしてしまいました。こうした予想のたいていは子供の遊びです。もし本当に分析にこだわるなら、競合企業の特徴に関するきっちりとした情報や、いくつかの単純なロールプレイの規則さえあれば、もっと現実的な予測を導き出すことができるからです。では競合の動きを100%予測することはできるでしょうか。いいえ、それはありません。理由はそのレベルに行こうとすれば会社の中の情報を入手するしかなく、それは違法になってしまいます。ご自身の会社のことを考えてみてください。自分の会社の経営者の決断を100%正確に予測することはできますか。その質問自体、見当違いな部分があります。あなた方のプランの勝算を高めるためには、予測に100%の正確性を必要とはしないからです。大事なことは、競合が最も起こしそうな反応を現実的で実際的に評価することなのです。」1)
ここで述べられているロールプレイは、競合戦略を考えるためにいくつかの競合企業に関して上記のような情報を収集したうえで、それぞれの企業に成り切って戦略を検討して討議を交わすワークショップのことです。ギラッドはこれを「ビジネスウォーゲーム」と命名し著書も著しています。
わたしたちトランサージュでもこのビジネスウォーゲーム(BWG)をさまざまなクライアントと一緒に開催しました。すると、修了後にはほとんどの参加者が「とてもいい刺激になった」「とても参考になった」と語ってくれます。その効果は、競合戦略を考えることに留まらず、チームにやる気を植え付ける、チームの一丸性を養う、などさまざまな効果を得ることができます。製品導入の時や新製品参入が予測される時、新たに戦略を再構築する時など、新たな戦略戦術の考察や改訂のタイミングで用いることを強くお勧めするワークショップです。
競り勝つためには環境変化を捉え、いち早く自らも変化すること
市場環境や競合の動きを客観的に観察し変化を捉えることは、決して容易ではありません。
ギラッドは「すべての産業のパワーバランスは常に変化していますが、それを見定めるのは容易ではありません。・・・そのシグナルはとても弱く、複雑で、曖昧で翻訳が難しいものです。」と語り、市場で競り勝つための動きを取るためには自らに向けられた「変化があることに同意するか。変化に備えているか。自分のプランは変化の中で生き延びられるに十分な強さを持っているか。変化を掴んで優位になれるか」という質問がとても重要だと語っています2)。
こうした質問を自らに発信しながら、常に競合を含めた外部環境にも注意を払うことで変化を察知して自らを変えてゆくこと、変革してゆくことが何よりの競合戦略だと言えます。
戦略、つまりポジショニングは、マーケティング戦略とその実践のための最重要要素だということを改めて強調しておきたいと思います。
<出典>
1) Benjamin Gilad, PhD 著, The Career Press, Inc., NJ 刊, 2009,『Business War Games』第3章 “Can you accurately predict competitors’ moves?” より著者翻訳
2) Benjamin Gilad, PhD 著, The Career Press, Inc., NJ 刊, 2009,『Business War Games』第3章 “What causes markets’ constant imbalance?” より著者翻訳