#01 なぜ今、Launch Excellenceか-高まり続ける重要性|上市のエキスパートから学ぶ

新薬上市の成否は、発売前の準備と発売直後の数カ月で大きく決まるといわれています。かつてShare of Voice中心の戦略で勝負できたプライマリケア領域の大型製品の時代は終わり、希少疾患などスペシャリティ領域が主戦場となる今、Launch Excellenceの重要性はより高まっています。本連載では、大手製薬企業で多数の新薬上市を経験した筆者が、Launch Excellenceの考え方や実践を解説します。第1回となる本記事では、Launch Excellenceの概要やその重要性、そして上市を成功に導くチームとリーダーの要件を整理します。
(株式会社メディリズム 代表取締役社長 渡辺 太郎)
Launch Excellenceとは?上市を成功させる「全社的な取り組み」
Launch Excellence(ローンチ・エクセレンス)とは、新薬の上市において製品価値を最大化し、市場に迅速かつ持続的に定着させるための全社的な戦略的取り組みを指します。
かつての新薬ローンチは、承認後にマーケティング部門が主導するコマーシャル戦略が重要視されていました。しかし現在では、臨床開発の段階からR&D、サプライチェーン、マーケットアクセス、メディカルアフェアーズ、マーケティングなどの各部門がシームレスに連携して準備していくことが求められています。そのため、新薬のローンチは、その企業のパフォーマンスと組織力をそのまま映し出しているともいえます。
新薬上市の勝負は、発売前と発売直後で決まる
Launch Excellenceが重要である最大の理由は、新薬上市の勝負が早い段階で決まってしまうことにあります。McKinseyが2014年に発表したレポート 「The secret of successful drug launches」1)によれば、新薬の約3分の2(66%)は上市前に立てた1年目の売上予測を下回り、そのうち約8割は翌年も予測を下回り続け、3年目になっても多くが追いつけていないという結果になっています。
IQVIAの調査においても同様に、約80%の新薬は、上市後6カ月の初動と同じ軌道でその後も推移することが述べられています2-4)。つまり、初動でつまずいた場合、その遅れを後から取り戻すことは極めて難しいことが示唆されています。
Launch Excellenceの重要性と難しさが増している3つの理由
上市の初動が勝負を分けるという構図は以前から変わりません。しかしここ数年、その重要性と難しさはますます加速しています。その理由は複数ありますが、大きく次の3点に集約できます。
- 特許の崖(LoE)と新薬の小型化:多くの大型製品が特許切れ(Loss of Exclusivity)を迎える中で、大手製薬企業はそれを埋め合わせるための新薬を立ち上げていく必要があります。しかし近年は、多くの製品で想定売上規模が過去と比べて小さくなっています。そのため、限られたリソースで新薬を成功させなければなりません。一方で、上市直後の実績を見て経営層は投資判断を下すため、初動でつまずけば翌年の予算も人員も細り、その結果さらに勢いを失うという負のスパイラルに入りやすくなります。
- スペシャリティ医薬品へのシフトと市場の集中:かつてローンチの主役はプライマリケア(生活習慣病など)でしたが、現在はがんや希少疾患などのスペシャリティ医薬品がパイプラインの主流になっています。これらの領域はサイエンスに基づいて専門医との関係構築やポジショニングが重要となるため、より難易度が高くなります。また、処方医が限られた専門医コミュニティに集中しており、この狭いネットワークでの経験・処方による実感が定着すると、それを後から変えることは容易ではありません。
- コロナ禍により加速したデジタル化:コロナ禍を経て、医師と会うハードルは上がり、今もなおコロナ禍以前の水準には戻っていません。その中でいかにデジタルチャネルも用いながら、いわゆるオムニチャネル戦略を立てて効果的に新薬を広げていくかが重要となっています。
「Share of Voice」から「Share of Insight」へ。スペシャリティ時代に問われるもの
歴史的に製薬マーケティングは、いわゆるSOV(Share of Voice)戦略が重要だとされ、大規模疾患市場において、MRの数と訪問(ディテール)回数、広告宣伝費で競合を上回ることで処方シェアを取るという前提が強くありました。実際、プライマリケア領域の大型製品においては、この戦略は合理性が高いといえます。この観点でいえば、たとえLaunch Excellenceとして成功とはいえずとも、その後のSOV戦略により巻き返しができる可能性があります。
しかし、前述の通り近年のトレンドはスペシャリティ、特にがん領域と希少疾患が多くのパイプラインを占めています(GLP-1などの例外もありますが)。これらの領域では、プライマリケア領域とは市場の性質が大きく異なり、上市にあたっては次の3点が成否を左右します。
- 患者数が限定的で、診断されていない患者の掘り起こし(疾患啓発)や非専門医が疾患を疑い専門医へ紹介する流れづくりが重要
- 処方医は限られた専門医に集中し、MRの数よりも質、サイエンス的な情報活動が重要
- 治療フローやガイドラインに新薬がどう位置付けられるべきかが、極めて重要(メディカルアフェアーズの活動)
このような環境下では、SOV戦略で勝つことは難しく、競争の基軸は「Share of Voice」から「Share of Insight」へと移りつつあるともいえます。つまり、どれだけ多くの宣伝を行ったかではなく、どれだけ顧客・市場を理解した上で意思決定を行い正しい戦略を立案しているかどうかが勝負を分けます。
だからこそ、Launch Excellenceは単なる上市のための準備プロジェクトではなく、Patient Journey、診療実態、KOLネットワーク・患者団体などの市場環境を包括的に捉えた上で新薬の戦略を整理する大切な取り組みです。時期としては、上市の1.5〜2年前から始動するケースが多くみられます。
Launch Excellenceは部門横断チームとリーダーで決まる
上市に関わる主要部門と、それを束ねるLaunch Excellenceチーム
Launch Excellenceを実装するには、マーケティング部門だけでは完結しません。New Product Planning(NPP)、Medical Affairs、Market Access (Pricing)、Sales、Training、Supply Chain、Regulatory、Clinical Development、そしてGlobal部門まで、多数の部門・機能が有機的に連動する必要があります。
会社によって組織構造や名称は異なりますが、機能としてはほぼ共通する主要プレイヤーを整理すると、以下のようになります。

これらの部門を横串で束ね、上市に向けて管理・実行していくのがLaunch Excellenceチームです。会社によって巻き込まれる部門が異なったり、Launch Excellenceの専任組織・担当者がいたりすることもありますが、マーケティングやNPPの担当者がLaunch Excellenceチームをリードするケースが多くみられます。
マーケティングがLaunch Excellenceチームをリードする理由
なぜマーケティングがリードするのか。それは、製薬企業において製品のコマーシャル責任者がマーケティングだからです。製品戦略の立案責任と、売上予測(Forecast)に対する説明責任はマーケティングにあります。Medical Affairs、Market Access、Sales、Supply Chainといった各部門の活動は、いずれも製品戦略を構成する個々の要素であり、それらを一つの戦略として統合し、上市に向けた全体のプロジェクトマネジメントを担うのは、構造的にマーケティングの役割になります。
ただし、リードするとは他部門に指示を出すことではありません。各部門の専門性と制約を理解したうえで、意思決定の質とスピードを上げる調整役を担うということです。では、その調整役として、どのような資質が求められるのでしょうか。
ローンチを成功に導くリーダーの要件
McKinseyの調査によれば、初めて新薬をローンチする企業(First-time Launchers)の成功率は、経験豊富な企業と比べて著しく低いとされており、ローンチを成功に導くリーダーの要件が次の5点に整理されています5)。
- Connect the dots(点と点をつなぐ):膨大な定量データと、医師やKOL(キーオピニオンリーダー)からの定性的なインサイトを統合し、市場の全体像を俯瞰する能力
- Think strategically(戦略的に思考する):既存の常識を疑い、不確実性を管理しながら、ローンチに最も影響を与える少数の重要な決断にリソースを集中させる能力
- Find the edge(エッジを見つける):臨床データだけでなく、患者の感情や体験に寄り添った、記憶に残る魅力的なナラティブを構築し、製品を際立たせる能力
- Inspire and mobilize(鼓舞し、巻き込む):製品のアイデンティティと目的を明確に示し、社内および外部ステークホルダーのエネルギーをローンチに向けて結集させる能力
- Get things done(やり遂げる):形式的なプロセスに捉われず、優先順位をつけ、現場からのフィードバックに合わせて計画をアジャイルに変更・実行する能力
これらの要件はいずれも、一朝一夕に身につくものではありません。マーケティング人材の評価において新薬のローンチ経験の有無が重視されるのは、そのためです。
では、上市の1.5~2年前から何を考え、どう動くべきなのでしょうか。次回以降は、時間軸に沿ってLaunch Excellenceの流れや重要な点について解説していきます。
<出典>
1)McKinsey & Company, 2014.03.01, The secret of successful drug launches(https://www.mckinsey.com/industries/life-sciences/our-insights/the-secret-of-successful-drug-launches#/)
2)IQVIA, First six months are critical for launch(https://www.iqvia.com/solutions/commercialization/launch-strategy-and-management)
3)IQVIA, 2025.07.30, Launch Excellence IX: Embracing change and unlocking efficiency(https://www.iqvia.com/locations/emea/library/white-papers/launch-excellence-ix)
4)IQVIA, Launch Excellence V: Surviving and thriving when launching in an increasingly specialised world(https://www.iqvia.com/-/media/quintilesims/pdfs/launch-excellence-v.pdf)
5)McKinsey & Company, 2022.08.04, Developing pharmaceutical launch leaders and company-wide capabilities at scale(https://www.mckinsey.com/industries/life-sciences/our-insights/developing-pharmaceutical-launch-leaders-and-company-wide-capabilities-at-scale)








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