製薬企業のCRMとは?VeevaとSalesforceの提携終了で進む移行、製薬主要各社の選択

MRが面会で何を話し、医師がどの資材を読み、どんなメールが行き交ったのか。製薬企業のCRM(顧客関係管理)システムには、そうした記録が日々蓄積されています。
ライフサイエンス業界向けCRM大手のVeeva Systems社(以下、Veeva)が、その基盤を提供してきた同じくCRM大手のSalesforce社(以下、Salesforce)との提携を終了し、業界はいま、CRMシステムの移行期に入っています。この記事では、医薬品マーケティングにおけるCRMの役割と業界の最新動向を紹介し、それが日々の施策とどうつながるかを整理します。
CRMとは?顧客との関係を記録し、次の一手を決める仕組み
CRM(Customer Relationship Management;顧客関係管理)とは、顧客の情報を一元管理し、関係を深めていくためのツールです。ただ名刺の情報をリスト化するだけではなく、誰に・いつ・何を伝え、相手がどう反応したかという接点の履歴を蓄積できることが特徴です。
CRMを導入すれば、従来は営業担当者の記憶や手帳に残っていた情報を組織のデジタル資産に変換し、次に何をすべきかを判断する基盤へと進化させることができます。
近い位置にあるツールに、MA(Marketing Automation;マーケティングオートメーション)やSFA(Sales Force Automation;営業支援システム)があります。MAはメールやWebサイトでの行動をもとにした情報提供の自動化を担い、SFAは商談の進捗や訪問計画といった営業活動そのものを管理します。顧客との関係を記録する土台がCRMであり、その上でMAがデジタルの接点を、SFAが営業の動きを記録するという違いがあります。
ただし、実際のツールでは多くの場合、境界が重なっています。製薬企業向けのCRMはSFAの領域まで含むものがほとんどです。

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なぜ製薬企業にCRMが必要なのか
製薬企業にとっての「顧客」は、医師や薬剤師をはじめとする医療関係者です。MRは担当施設を継続して訪問し、医薬品を適正に使ってもらうために必要な情報を顧客に届けます。一度の面会で終わるわけではなく、前回どの情報を伝え、どんな質問を受けたかを蓄積し、次の面会に備えることが重要です。さらに担当者が交代しても関係を引き継げるように、顧客ごとの履歴を組織内で共有しておく必要があります。
そのための基盤となるのが、製薬企業向けのCRMです。
国内でも、多くの製薬企業がCRMを導入しています。Medinewが2023年に実施した製薬企業デジタル&データ活用 実態調査では、回答者の所属部署におけるCRM導入率は52.0%でした1)。
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CRMの導入理由①:限られた面会機会を十全に活用する
テクノロジーの進化やコロナ禍を経て、医師との面会の在り方は大きく変わりつつあります。医師と直接会える機会・時間は限られ、その中で何を伝えるかがますます問われるようになりました。訪問の前に、相手の専門領域や過去の面会内容、自社のWeb講演会の視聴やメールへの反応まで把握できているかどうかで、その時間の使い方は変わります。その事前準備に役立つのが、製薬企業向けのCRMなのです。
MRの役割をどう捉え直すかという議論も、各社で続いています。これからのMRが医療関係者の期待に応え、次の面会の機会をつかむためには、CRMを使ったこうした事前準備が重要な武器となります。
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CRMの導入理由②:情報提供の厳しい規制に対応する
製薬業界では他業界と異なり、「営業」の記録が求められるという事情もあります。医療用医薬品の情報提供は、社内審査で承認された資材や文面を使うことが前提であり、誰に何を伝えたのかを後から確認できる状態にしておく必要があります。
そのため製薬企業向けのCRMでは、承認済み資材・メール文面を提示し、それに対する反応を記録する機能や、社内審査との連携などが組み込まれていることが多いです。汎用のCRMとの違いは、全ての顧客接点そのものがコード・オブ・プラクティスや販売情報提供活動ガイドラインなどの厳しい規制のもとにあるという前提から生まれています。
CRMの導入理由③:チャネル・部門を超えて同じ医師を見る
そして、医師との接点はMRの訪問だけではなくなりました。自社サイト、メール、Web講演会、サードパーティメディアと、医師とつながるチャネルは多層化しています。営業・マーケティング・メディカルがそれぞれ個別に接点の記録を持っていると、その医師に誰が何を届けたのかが分からなくなります。
部門を超えて同じ顧客との関係構築の記録を見られる・共有できる状態をつくることも、いまのCRMに期待されている役割です。
部門間での情報の壁は、コンプライアンスのために意図的につくられている場合もあります。しかし医療関係者の側から見れば、その壁がCX低下につながっている可能性もあり、適切な設計を再検討する余地があります。
VeevaとSalesforceの提携終了、CRMの勢力図に変化
国内外の多くの製薬企業で使われてきたライフサイエンス業界向けCRMが、Veevaの提供する「Veeva CRM」です。
2007年の同社創業以来、Veeva CRMはSalesforceのプラットフォーム上で提供されてきました。その前提が変わったのが2022年12月です。Veevaは2025年9月に満了するSalesforceとの契約を更新せず、CRMを自社基盤へ移行すると表明しました2)。2023年5月には後継となる「Vault CRM」を発表し、大半の企業の移行時期を2026~2029年と見込んでいます3)。
この移行には期限があります。2026年3月、Veevaは従来のVeeva CRMのサポート終了日を2029年12月末に前倒しすることを発表しました4)。Vault CRMの稼働企業は、同時点で125社を超えたとも説明しています。
一方でSalesforceも2024年4月、ライフサイエンス業界向けCRMであるOCE(Orchestrated Customer Engagement)を持つIQVIA社との提携を拡大5)。ライフサイエンス業界向けの新たなCRMの構築と移行を進めました。2025年10月には、「Life Sciences Cloud for Customer Engagement」の一般提供が開始されています6)。
つまり、既存の製薬企業向け大手CRMを使用してきた企業は、2029年までに次の基盤を決める時期に差しかかっています。これらのCRMはMR活動の記録・管理から医師との接点データの蓄積、コンテンツの審査・管理までがつながった仕組みであり、基盤の移行時には周辺の業務も一緒に動くことになります。
VeevaとSalesforce、主要製薬企業の選択
2023年11月以降、次の基盤を選択する企業が続いています6)~21)。
企業名 | 採用を公表したCRM | 公表時期 |
|---|---|---|
GSK | Veeva Vault CRM | 2023年11月 |
Bayer AG | Veeva Vault CRM | 2023年11月 |
ベーリンガーインゲルハイム | Veeva Vault CRM | 2024年11月 |
武田薬品工業 | Salesforce Life Sciences Cloud for Customer Engagement | 2025年5月 |
アステラス製薬 | Veeva Vault CRM | 2025年6月 |
Merck(MSD) | Veeva Vault CRM | 2025年7月 |
Pfizer | Salesforce Life Sciences Cloud for Customer Engagement | 2025年9月 |
ロシュ | Veeva Vault CRM | 2025年12月 |
アストラゼネカ | Salesforce Agentforce Life Sciences for Customer Engagement | 2025年12月 |
大鵬薬品工業 | Veeva Vault CRM | 2025年12月 |
Novartis | Salesforce Agentforce Life Sciences for Customer Engagement | 2025年12月 |
モデルナ | Salesforce Agentforce Life Sciences for Customer Engagement | 2026年5月 |
田辺ファーマ | Veeva Vault CRM | 2026年5月 |
塩野義製薬 | Veeva Vault CRM | 2026年6月 |
イーライリリー・アンド・カンパニー | Veeva Vault CRM | 2026年8月 |
アムジェン | Veeva Vault CRM | 2026年9月 |
この表は公表資料から分かる範囲でまとめたものですが、ただし、各社がどちらか一方のみを選んだとは限りません。例えば、MR向けCRM(SFA)はVeevaを選びつつ、メール配信などのMAや問い合わせ対応といった用途にはSalesforceを併用する、といった組み合わせもあり得ます。ベーリンガーインゲルハイムはVault CRMへと移行した一方で、患者や医療関係者の体験向上にSalesforceのLife Sciences Cloudを使っているとも公表しています22)。
もちろん、製薬企業で使われるCRMはこの2つに限りません。国内では、株式会社シーエーシーの「MR-Navi」23)、株式会社ミュートスの「Co-ReFit」24)、日鉄日立システムソリューションズ株式会社の「PharMart」25)などのSFA/CRMも提供されています。
CRMをどう使うかが差別化のカギに
CRMは多くの製薬企業が導入しており、それ単体での差別化は生まれにくい状況ですが、一方で医師との関係構築のデータをどこまで適切に蓄積・活用できるかは、各社の運用によっても変わるでしょう。
国内の製薬マーケティングには固有のチャネルやデータベースがあります。医師との連絡に使うLINE WORKSなどのチャットツール、Web講演会の申し込み・視聴データ、卸の実消化データなどを連携できるのかは、日々の運用を左右する要素です。2026年7月のMedinew調査では、製薬企業のデータ利活用の課題として「顧客個人に紐づいた客観的なデータが不足している」を挙げた人が38%にのぼっており26)、改善の余地があることがうかがえます。
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さらに、VeevaとSalesforceの両社がそろって次の軸に据えているのがAIエージェントです4)6)。面会前の情報整理や活動記録の作成をAIに任せられる方向に急速に進化していますが、日々の記録やデータをどれだけ蓄積・連携できるかがAIのアウトプットの質に影響するため、データ基盤の整備がますます重要になると考えられます。
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自社のCRMにいま何が蓄積されているのか
CRMは、医師との関係を組織で記録し、次の一手を決めるための仕組みです。VeevaとSalesforceの提携終了をきっかけに、多くの製薬企業がこの仕組みを支えるシステム基盤の再検討を迫られようとしています。ただ、マーケティングや営業の現場にとって大切なのは、どのCRM製品が選ばれるかよりも、自分たちの施策データがその中でどう扱われるかです。
業界の動きが注目されているいまは、自社のCRMの使われ方を見直すよい機会でもあります。担当する施策のデータがどこに記録され、誰が見て、MRの次の面会にどう使われているか。一度確かめてみると、施策と現場をつなぐ情報の抜けが見つかるかもしれません。
<出典>※URL最終閲覧日 2026.09.30
1)Medinew, 2023.12.10, 製薬企業デジタル&データ活用 実態調査2023レポート – ツール編
https://www.medinew.jp/downloads/research/digital-data-report-tool2023
2)Veeva Systems, 2022.12.07, Form 10-Q for the quarter ended October 31, 2022
https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1393052/000139305222000048/veev-20221031.htm
3)Veeva Systems, 2023.05.02, Veeva Unveils Vault CRM, Next Generation of CRM for Life Sciences
https://www.veeva.com/resources/veeva-unveils-vault-crm-next-generation-of-crm-for-life-sciences/
4)Veeva Japan, 2026.03.05, 世界で 125 以上の製薬企業が Vault CRM を本稼働し Veeva が業界の自律型 AI トランスフォーメーションを加速
5)Salesforce, 2024.04.08, IQVIA and Salesforce Expand Global Partnership to Accelerate the Development of Life Sciences Cloud
6)Salesforce, 2025.09.25, From Burnout to Breakthroughs: Agentforce Redefines Life Sciences Customer Engagement; Fidia, Pfizer Sign On as Early Adopters
https://www.salesforce.com/news/stories/life-sciences-cloud-for-customer-engagement-availability/
7)Veeva Japan, 2023.11.27, バイオファーマ業界トップのGSK、Veeva Vault CRMの導入でグローバルカスタマーエンゲージメント実現に一手
8)Veeva Japan, 2023.11.27, Bayer AG、ライフサイエンス業界特化次世代CRMであるVeeva Vault CRMとVeeva OpenDataをグローバル規模で導入
https://www.veeva.com/jp/news/bayer-commits-to-veeva-vault-crm-and-veeva-opendata-globally/
9)Veeva Japan, 2024.11.25, ベーリンガーインゲルハイム、Veeva次世代CRMへの移行を決定
https://www.veeva.com/jp/news/boehringer-ingelheim-commits-to-veeva-vault-crm/
10)Salesforce, 2025.05.19, Salesforce Engages with Takeda to Bring Cutting Edge AI-Powered Customer Experience Platform to Life Science Industry
11)Veeva Japan, 2025.06.09, アステラス製薬が Veeva Vault CRM をグローバル標準として採用
https://www.veeva.com/jp/resources/astellas-chooses-veeva-vault-crm-as-global-standard/
12)Veeva Japan, 2025.07.30, Merck が Veeva Vault CRM の採用を決定
https://www.veeva.com/jp/resources/merck-commits-to-veeva-vault-crm/
13)Veeva Japan, 2025.12.01, Veeva、ロシュ社とのパートナーシップ拡大を発表
https://www.veeva.com/jp/resources/veeva-announces-expanded-partnership-with-roche/
14)セールスフォース・ジャパン, 2025.12.15, Salesforce、アストラゼネカ社が顧客エンゲージメント変革の統合グローバルプラットフォームとしてAgentforce Life Sciencesを採用と発表
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000334.000041550.html
15)Veeva Japan, 2025.12.10, 大鵬薬品が Veeva の次世代 CRM を導入
https://www.veeva.com/jp/resources/taiho-pharmaceutical-implements-veeva-next-generation-crm/
16)Salesforce, 2025.12.17, Salesforce’s Agentforce Life Sciences Selected by Novartis to Drive More Personalized Customer Engagement Globally
17)セールスフォース・ジャパン, 2026.05.15, モデルナ、SalesforceのAgentforce Life Sciencesを活用し、グローバルでコマーシャル・オペレーションを統合
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000362.000041550.html
18)Veeva Japan, 2026.05.22, 田辺ファーマ、Veeva の次世代プラットフォーム導入でデータ駆動型組織への変革を加速
19)Veeva Japan, 2026.06.02, 塩野義製薬が次世代コマーシャル基盤「Veeva Vault CRM」へのアップグレードを決定
20)Veeva Japan, 2026.08.18, Veeva Vault CRM が、イーライリリー・アンド・カンパニーで採用
https://www.veeva.com/jp/resources/veeva-vault-crm-selected-by-eli-lilly-and-company/
21)Veeva Japan, 2026.09.24, 大手バイオテクノロジー企業、Veeva Vault CRM をグローバルで採用
https://www.veeva.com/jp/resources/leading-biotech-selects-veeva-vault-crm-globally/
22)Salesforce, 2025.08.26, Global pharma and medtech organizations select Life Sciences Cloud for connected clinical trials, patient services, and HCP engagement
https://www.salesforce.com/news/stories/industry-leaders-choose-life-sciences-cloud/
23)CAC, MR-Navi:製薬企業向け営業支援システム(SFA/CRM)
https://service.cac.co.jp/pharma/salessupport/navi
24)ミュートス, Co-ReFit 製薬企業向け営業支援システム
25)日鉄日立システムソリューションズ, 医薬業界特化型ソリューション PharMart
26)Medinew, 製薬企業デジタル&データ活用 実態調査 2026レポート
https://www.medinew.jp/downloads/research/pharma-survey-2607-dl









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