話題のUXグロースを製薬マーケティングに活用するには?|#3 UXグロースの導入プロセス①顧客理解の進め方

話題のUXグロースを製薬マーケティングに活用するには?|#3 UXグロースの導入プロセス①顧客理解の進め方

UXグロースでは、単にデジタルツールの導入で終わるのではなく、顧客に対する価値の最大化を図るために、関係する部署全てが一体となって全社的に取り組む必要があります。では、どのようにして自社にUXグロースを取り入れ、自社製品の成長のために取り組んでいけば良いのでしょうか。今回は、マーケティングに役立つ『顧客への理解を深める調査』にフォーカスし、その進め方や注意点について解説します。

UXグロースの「定義付け」後に、プロマネは何をする?

本コラムの第2回では、UXグロースを取り組む際の初手は「我々にとっての顧客は誰で、その人にどのような価値を提供するのか?」を定義することであるとお伝えしました(図『1. 定義作り』参照)。この定義付けに基づいて、関係各所の担当者が、それぞれの役割でUXグロースに取り組むことになります。

UXグロース導入のプロセス

経営陣ならその立場から、自社の企業文化にまでUXの思想を定着させるためにどのような手を打つ必要があるかを検討し始める必要があります。他の部署も、その部署に任された業務をUXグロースに紐付けながら、さまざまな取り組みが始まります。

ではプロマネは、どのようなことから着手するのが良いでしょうか?

その製薬企業および製品の特性、製品のライフサイクルでどこに位置するのか、オムニチャネルの整備状況、投下できる予算額など、各製薬企業とその製品によってさまざまな状況があります。そのため、一概に「これから着手すべき」と断言することは難しいです。
とはいえ、外してはならないポイントもありますので、まずはそこから見ていきましょう。

プロマネは、顧客を最もよく知る人であるべき

「我々にとっての顧客は誰で、その人にどのような価値を提供するのか?」を定義したら、プロマネが検討すべきは、定義に基づいて、顧客の困り事や顧客が望むあるべき姿を明確にする必要があります(図『2. 顧客理解』参照)。これが明確にならないと、次のステップで何をすれば良いのかが分からず、混乱が生じます。

多くの場合、私たちの顧客は「医師を含む医療従事者・患者さん・患者さんのご家族」などでしょう。プロマネはこれらの方々について精通する必要があります。担当する疾患領域や製品について経験が豊富なプロマネならば、こうした顧客の困り事が想像できますし、疾患特性上のニーズなどもすでにある程度把握できているでしょう。

にもかかわらず、自社製品が狙い通りのポジショニングを獲得できていなかったり、医師が自社製品を思ったような使い方をしてくれなかったりすることもあります。顧客のニーズを把握できていたとしても売上が目標金額に届いていないのであれば、マーケティングプランが疾患市場や顧客にそぐわないプランであるか、マーケティングのメッセージや施策などの何かが顧客のニーズを満たしていないということです。顧客ニーズについての見直しと、さらなる理解が必要だと言えるでしょう。

顧客理解は「顧客そのもの」と「顧客が見ている世界」を知ること

顧客理解のために調べることは大きく分けると下記の2つです(図『2. 顧客理解』参照)。

  1. 顧客そのもの(性別・年齢・疾患・合併症・世帯所得・居住地 など、従来の調査で必ず確認する項目)
  2. 顧客が見ている世界(顧客から見た日常生活の風景、趣味の世界 など)

この「2. 顧客が見ている世界」に関しては、一般消費財のマーケティングではグループインタビューやデプスインタビューなどで、一般の顧客に日常の様子を尋ねることが多いです。

一方、製薬企業が行う調査では、数人の医師や患者会にグループインタビューやデプスインタビューを実施することが多いです。しかも、それらは一般消費財のマーケティングほど頻繁には行われていないようです。これは、製薬業界のマーケティングの場合、ターゲットとなる自社製品の情報提供先が、医師や薬剤師、看護師などの医療従事者に限定されていることが多いという理由が考えられます。そのため、それらの職種に関する理解がある程度得られていれば、一般の顧客が見ている世界にわざわざ触れる必要はありませんでした。

社会の変化が早い現代では、顧客が見ている世界を知ることが重要

現代では、下記のような理由で目まぐるしく社会が変化してきています。そのため、私たちは顧客が見ている世界の変化にもっと注意深くなる必要があります。なぜならば、顧客の世界の変化は、顧客の行動の変化も引き起こすからです。

  • 新しいデジタルツールやコミュニケーションツール、データなどの登場と利用可能な範囲が拡大する。
  • 上記に加え、日本の社会のDX(デジタル・トランスフォーメーション)が加速することで、顧客の価値観が一層多様化する。その速度もどんどん早まる。
  • 営業活動において、新規顧客獲得のためにはコストと時間がかかりすぎる。一方、既存顧客からの収益を上げる方が時間もかからず、コストも安くて済む。
  • 私たちが知らないところで、顧客はさまざまな顧客体験をしている。そのことが、私たちのビジネスにネガティブな影響を及ぼしているかもしれない。


顧客の価値観の変化は、さまざまな形で現れます。
例えばアプリであれば、「ストレスなく快適に操作できるか?」が顧客にとって大変重要な価値の一つです。そのため、アプリのUI (ユーザーインターフェイス)/UX(ユーザーエクスペリエンス)の良し悪しによってアプリ間の優劣、ひいては利用者のシェアが決まります。

このように、DXの浸透と発展によってユーザーの利便性が飛躍的に向上すれば、それが社会のスタンダードとなります。このことは、製品やサービスを提供する側に対して一層の品質と利便性などの向上や、顧客ニーズへの更なる対応を求めます。

したがって、私たちは顧客が見ている世界をもっと理解し、それを踏まえた新たな取り組みにチャレンジして、結果を出していかねばなりません。

顧客理解の進め方

それでは、私たちはどのようにして顧客理解を進めていけば良いでしょうか?従来のマーケティングにおける医師調査や患者インタビューとUXグロースでの調査では、何が違うのでしょうか? 

調査目的の定義

まずは、顧客を理解することの重要性に基づき、調査の目的を定義しましょう(図『2-1. 調査目的の定義』参照)。ここでは、調査を通じて明らかにしたいことを決定するために「誰の」「何を」明らかにするのかを洗い出します。これが調査のポイントになり、質問の原案に落とし込まれます。

上記で見てきたように、例えば

  • 患者さんが日頃見ている生活の風景
  • 医師が見ている外来での患者さんとの診察の風景

など、彼らが理想とする世界と現実などは必須で確認すべきです。この理想と現実のギャップが、課題解決のヒントになるからです。

また、例えばプロマネが担当する製品で、患者の服薬支援や医師の診療支援のアプリを開発中といった場合は、ここでそのプロトタイプについても調査目的に含めて、調べたいことを明確にしましょう。アプリ開発の際、使い勝手を良くするなどのヒントが得られやすくなります。

調査目的を調査設計に落とし込む

調査目的を明確にしたら、それを調査設計に落とし込みます(図『2-2. 調査設計』参照)。
調査目的を明確にする際、「あれも聞きたい」「これも調べたい」とたくさんの質問が沸いて出てきたことでしょう。それらに優先順位をつけて、検証する項目を整理します。

この時に大切なことは、「調査について、仮説をあらかじめ立てておく」ということです。
頻繁に起こりがちなミスとして、仮説を立てずに「いろいろ質問して、たくさん答えが出たら、我々にとって有益な何らかの方向が見えてくるだろう」と安易に調査を行なってしまうことです。

このようなやり方の場合、顧客から重点的に聞きたいことが明確でないために、質問が広く浅くなされることが多いです。そうすると、調査対象者の顧客から何らかの回答を得られたことで調査に満足してしまい、それ以上に深掘りする質問がなされないため、顧客からはそれ以上の回答が出てこないことになります。

これらのようなことが起こると、ちょっと調べればわかることをわざわざ顧客を呼んでヒアリングして、得られた調査結果は内容の薄いものとなり、労力と時間とコストを無駄にすることになります。結果として、顧客を十分理解することは難しくなります。

このような事態を避けるためにも、私たちは事前に顧客のことをもっと徹底的に考え、

  • 顧客は今、こういうことに困っているのではないか?
  • 顧客にとって、こういうサービスがあったら喜んでもらえるのではないか?
  • 患者さんの服薬からの脱落を防ぐには、こういうサービスがあったらいいのではないか?


などの仮説を事前に作っておきましょう。

調査を実施する

調査で私たちの仮説がどうだったか、調査を行い確認します(図『2-3. 実査』参照)。
顧客の理解を深めるには、調査は下記の2つで行います。

  1. 顧客に関するデータを分析する(定量調査:全体の傾向を掴む、全体の中から特徴的なセグメントを探し出す、行動パターンを調べ新たなセグメントを探索する など)
  2. 行動観察調査を行い、顧客に直接さまざまな質問を行う(定性調査:顧客にアプリを実際に操作してもらいなぜそのような操作をしたのかなどを尋ねる、自社のサービスのアイディアに対して率直な印象を尋ねる など)

これらの調査を通じて、「顧客の反応は私たちの予想通りだった」、あるいは「顧客は私たちの予想もしなかったことを考えていた」などと明らかにしていきます。

また、顧客が私たちの仮説を超えて、全く予想しなかった回答をすることもあります。このような時は、すぐにその場で「なぜそのようなことがあったのでしょうか?」「今のお答えの背景には、どのようなことがあるのでしょうか?」などと、その回答の背景に何があるのかを確認しましょう。

このような深掘りを続けることが、顧客の行動観察調査の際には非常に重要です。私たちが得られる顧客の理解が非常に深まります。

ここで、この調査で最も重要で大切なことは、「想定していた仮説が外れることは、素晴らしいこと」だということです。
逆に「事前の仮説通りに顧客から回答が得られました」という結果は、最悪と言っても過言ではない、非常にまずい事態です。

顧客の回答が私たちの仮説を超えてこない場合は、

  • 私たちの仮説が浅く、顧客も気付いていない課題や価値にまで踏み込めていない
  • インタビュアーが質問で顧客を誘導しすぎていて、顧客が本音や率直な印象を語れなかった


という状況が起こっているということです。そのため、この調査から私たちは何も新たなことが得られず、調査が失敗に終わる可能性が高いでしょう。

無駄にならない顧客調査のためのポイントは?

私たちの顧客理解が深まるかどうかは、顧客への調査の出来次第です。私たちの限られた予算を有効活用するためにも、無駄にならない顧客調査のポイントを見ていきましょう。

仮説を立てるためにデータを使うときの落とし穴

仮説を立てるために、顧客に関するデータを見直すこともあるでしょう。この時、顧客のデータに他のデータを組み合わせて、何らかの新しい分析を行う取り組みも見受けられます。
新しい切り口で新しい分析結果を出したいというプロマネの気持ちは非常によく分かります。

しかし、実際には多くの場合、顧客データの分析時に他のデータがノイズとなってしまい、分析結果の解釈が難しくなってしまったり、分析結果の確からしさを損なう結果になってしまうことも多いです。

最近では、顧客理解を深めるための調査の一環として、顧客が自社あるいは自社製品のWebサイトやアプリなどを利用した時のログデータ(アクセス日時、アクセスしたページの遷移と各ページの滞在時間、資料のダウンロードの有無、離脱ページ など)の行動データを利用することが急増しています。

このデータに、例えば医師のリストを参照して、「専門医と非専門医では、ページ遷移に何らかの違いがあるかを検証したい」などという分析を行うことも見受けられます。しかし、この分析をしたいなら、顧客の行動観察調査で明らかにする方が望ましいです。

顧客の行動データを使うのであれば、そのデータのみを単独で扱った方が、調査はスムーズに進みます。行動データから、複数の顧客の行動に基づいて行動のパターン分析を行うなどに留めておいた方が、後からデータを解釈しやすくなりますし、顧客からの回答を誘導するようなことになりにくくなります。

顧客調査の本質をぶれさせない

そもそも私たちは、なぜ調査が必要だったのでしょうか?

「自社製品のマーケティングやプロモーションが、何らかの原因によってうまくいっていないため、結果が出ていない。そのため、その原因を突き止め、解決し、ビジネスで結果を出すために、顧客をもっともっと深く知る必要があったから」のはずです。

であれば、結果が出ていない私たちの仮説を超えたところに顧客の真の姿や本音、ニーズがあるはずです。そして、そこを知ることが、私たちが顧客に対して最高の顧客体験を提供する第一歩です。したがって、私たちの仮説を超えた、真の顧客理解を得ることこそが、私たちの望みだったはずです。

しかし現実には、データを頻繁に分析したり医師調査を頻繁に行なっているプロマネの中には、顧客調査の結果が「自分のこれまでの経験や取り組みの結果とそぐわない」として、顧客調査の結果を軽んじたり、自分の意に叶うように調査結果を書き換えさせる人もいます。これではその製品が一層成功することは、極めて難しいでしょう。

ですから、「想定していた仮説が外れることは、素晴らしいこと」という認識を、チーム全体で共有してください。

顧客理解を深めるために、顧客調査を一層最適化しよう

ここまで、UXを向上させるために行う顧客調査の定義作りから実査までを見てきました。UXグロースのための調査は、従来の製薬業界で実施されてきた定型的なマーケティングリサーチとは、調査の深さと質が異なります。これまでの顧客向けの調査を振り返っていただき、顧客をより深く理解できるように、顧客調査の手法を最適化してみてはいかがでしょうか。

顧客理解を深める調査の概要はここまでお伝えしたとおりですが、実査の『顧客のデータ分析』や『顧客の行動観察調査』、その結果の分析やプランニングなど、私たちが理解しておくべきポイントは、まだあります(図『2-3-1. 顧客のデータ分析』〜『3. プランニング』参照)。これらについては、次回以降、より詳細にお伝えします。

参考文献
1. 藤井保文 小城崇 佐藤駿, 日経BP, 2021,『UXグロースモデル』