三井物産戦略研究所が分析する、医薬品を取り巻く事業環境の変化とデータマネジメント/ファーマIT&デジタルヘルス エキスポ 2024

三井物産戦略研究所が分析する、医薬品を取り巻く事業環境の変化とデータマネジメント/ファーマIT&デジタルヘルス エキスポ 2024

2024年4月下旬に開催されたファーマIT&デジタルヘルス エキスポ2024。デジタル技術やデータの活用がますます進むなど変化が激しいヘルスケア業界において、業界を取り巻く環境を理解しておく重要性は高まっています。

この記事では、商社シンクタンクの視点から医薬品を取り巻く事業環境変化やデータマネジメントについて解説された株式会社三井物産戦略研究所 技術・イノベーション情報部 主席研究員である加藤貴子氏の講演をご紹介します。

ヘルスケア領域を取り囲む事業環境の変化

三井物産戦略研究所は、商社である三井物産株式会社のインハウスシンクタンクで、医薬品、病院・クリニック、医療人材、検査・診断などのヘルスケア分野に加え、健康に関する食など、幅広くウェルネス分野に関わっています。

ヘルスケアのトレンドを観測・分析している立場から、加藤氏は、はじめにファーマITに関連して、ヘルスケア領域で注目を集めている4つの話題を紹介しました。

患者の変化、生成AI…最近のホットトピックは?

1つ目は「デジタル技術が支えるヘルスケア・コンシューマリズム」です。
近年、ウェアラブル端末や患者SNS、在宅ヘルスケア、疾患管理、テレヘルス、eファーマシーといった、デジタル技術を活用したヘルスケアサービスの社会実装が進んでいます。

これらで起こった変化について加藤氏は、「デジタル技術が支えるヘルスケア・コンシューマリズムが進展している。そのことで、患者がより高い意識や関心を持ってヘルスケアに向き合うようになっていると感じている」と述べました。

2つ目は「自分で判断、選択したいと考える患者の増加」です。
OECDの調査1)によると、「直近の3カ月で医療情報をオンラインで調べた」と回答した人の割合は、2012年から2022年までの10年間で飛躍的に高まりました。ここからは、医薬品を自分で調べて判断・選択したいと考える患者の割合が世界的に増加しているのではないかということが見て取れます。

3つ目は「生成AIの進化」です。
製薬業界でも、さまざまなプロセスにおいて生成AIによる自動化の可能性があると考えられています。リサーチ、研究開発、臨床試験だけでなく、コマーシャル(宣伝)の部分でも生成AIの活用が期待されています。

4つ目は「製薬企業のDirect to Consumer事例」です。
米国のEli Lillyは2024年1月にコンシューマー向けのデジタルプラットフォーム「Lilly Direct」を立ち上げ、医薬品無料宅配、オンライン診療、近隣医療機関検索といったサービスの提供を始めました。加藤氏は「このことは、医療機関が独占してきた治療や処方の権限に、製薬企業が影響を与える一歩となる可能性がある」と注目しています。

スーパーマーケットによるヘルスケア事業への参入が加速

続いて加藤氏は、米国や英国でスーパーマーケットのヘルスケア事業参入が加速しているとし、その事例を紹介しました。

例えば、大手スーパーマーケットのWalmartでは、店舗内クリニックを設け、プライマルケアに取り組んでいます。またKeogerは、保険者事業、臨床治験事業などにも参入しており、独自のエコシステムを構築しています。
そのほか、オンライン診療や店舗内薬局、スペシャリティ薬局、メールオーダーによる医薬品の配送、栄養スコア化アプリや健康指導など、多岐に渡るヘルスケアサービスを各社が展開しています。

2)三井物産研究所レポート、加藤貴子、「スーパーマーケットのヘルスケア戦略に迫る!」、2024年3月

https://www.mitsui.com/mgssi/ja/report/detail/__icsFiles/afieldfile/2024/03/28/2403m_kato.pdf


また、英国のスーパーマーケットの取り組みとして、食品のリフォーミュレーションによって塩分・脂肪・糖分を削減するようなキャンペーンや、薬局薬剤師が学会と協力し患者アセスメントや栄養指導を行う事例なども紹介されました。

2)三井物産研究所レポート、加藤貴子、「スーパーマーケットのヘルスケア戦略に迫る!」、2024年3月

https://www.mitsui.com/mgssi/ja/report/detail/__icsFiles/afieldfile/2024/03/28/2403m_kato.pdf


食事によって病気を予防・管理する「Food as Medicine」が製薬業界に与える影響

米国では「Food as Medicine」がホットトピックになっています。

「Food as Medicine」とは、食事によって病気を予防・管理することを指す考え方です。医療従事者から処方される食事や、貧困層向けソーシャルサービスなどが該当します。

今後、「Food as Medicine」に基づく食事療法や栄養指導の市場は、世界的に拡大していくのではないかと予想されています。

2019年に設立された米国の「Faeth Therapeutics」は、治療の一環としての食事を患者に配送するサービスを提供する企業です。「抗がん剤と食事」の組み合わせで、がん治療の副作用軽減と治療効果向上を目指しています。現在、臨床試験(フェーズI)を行なっており、2024年9月に結果が出る見通しです。

このことから「Food as Medicine」の考え方は、今後製薬企業にも影響を及ぼすのではないかと加藤氏は述べました。

米国のRWD利活用の最前線から見えてくる「製薬×データマネジメント」

ヘルスケアの未来を考える上で、「リアルワールドデータ(以下、RWD)」の話題は避けて通れません。

昨年、ISPOR(国際医薬経済・アウトカム研究学会)を聴講したという加藤氏。ISPORでも臨床試験でRWDがどのように使われていくのかといった議論が、英NICE(国立保健医療研究所)や米Flatiron Healthなどの主導により行われたといいます。RWDを活用した新しい臨床試験のあり方や、欧州の公的インフラ構築、米国IRA(インフレ抑制法)の影響、自然言語処理や機械学習、Longitudinal dataの利活用などが議論の的となりました。
※多くの単位を複数時点で観測した時系列データ

特にLongitudinal dataの利活用について加藤氏は「ペイシェントジャーニーを追えるデータへの関心は非常に高い」とする一方で「病院の電子カルテデータを容易に構造化できない現状、データバイアスの存在など課題は山積している印象」だと述べました。

セミナーでは米国の大手病院グループのデータ利活用に関するインタビューを行った結果も紹介され、個別化医療、経営改善、治療の標準化、治療の質向上、ポピュレーション・ヘルス・マネジメント、バリュー・ベースド・ヘルスケアといった目的で、RWDの利活用が進められている現状がわかりました。

また、米国では患者SNSが大きな影響力を持っており、多くの消費者データがRWDとして蓄積されています。そうしたデータを持つ米国の企業によれば「消費者はデータを提供してもいいが、自分にとって価値があるサービスを受けたいと考えている」といいます。しかし「製薬企業は治験・マーケットスタディ、広告でデータを活用しているが、本当の意味で使えてはいない」のではないかと指摘されました。今後は、よりパーソナライズされたサービスなど、第一にバリューを提供することが重視されそうです。

RWDを活用したバリュー・ベースド・ヘルスケア

バリュー・ベースド・ヘルスケアとは、患者にとっての価値を重視する治療(ヘルスケア)のことです。その一つの形として、近年注目を集めるのがフィジシャン・プラクティス・マネジメント(以下、PPM)事業です。

米国には、ファーマシー・ベネフィット・マネジメント(以下、PBM)と呼ばれる仕組みがあり、保険者の委託を受けた外部組織としてフォーミュラリー(医薬品推奨リスト)を作成することで、薬剤の使用に影響を与えてきました。しかし、PBMはジェネリック医薬品が普及する立役者となった一方で、不透明なリベートビジネスが物議を醸してきた面もあります。

そこで、PBMに対抗するような形で登場した仕組みが、PPMです。

PPMは、PBMが作成するフォーミュラリーに頼らずとも、RWDを活用すれば医薬品や治療の真の価値が見えてくるという考えに基づく仕組みです。医療機関ネットワークから集めたデータを一元化し、データサイエンティストによる解析を行うことで、医薬品の価値検証や治療のベストプラクティス化などが可能になります。その結果を用いて、製薬企業との薬価交渉やフォーミュラリーへの提案を行う仕組みです。

PPMはまだ始まったばかりの業態ですが、今後の台頭により「医薬品のアウトカム研究の進展」「RWDを活用した薬価交渉」「バイオシミラーの利用拡大」「臨床試験の効率化」などの影響が期待されていると加藤氏は強調しました。

ヘルスケア領域を取り巻く環境変化やデータマネジメントの潮流を逃さない

今回のセミナーでは、商社の目線から市場を分析する加藤氏により、医薬品を取り巻く「事業環境の変化」と「データマネジメント」という2つの観点で最新の動向が紹介されました。

最後に加藤氏からは、三井物産では、米国の医薬品治験最適化ソリューション事業者であるLokavant社に出資参画していることも紹介されました。

Lokavant社が提供するのは、複数のシステムに点在する治験情報を一つのプラットフォーム上に統合・可視化し、自社が有する過去の治験オペレーションデータと照合することにより、治験実施中に発生し得る問題の予測・検知を可能とするサービスです。この事業への三井物産の出資からも分かるように、医薬品をはじめとするヘルスケア事業は、業界の垣根を越えて注目を集める市場となっています。今後も、異業種からの参入や生成AIの活用、データ利活用の進歩など、製薬業界に起こる変化から目が離せません。


<出典>※2024.5.6参照
1) OECD, Health at a Glance 2023
https://www.oecd-ilibrary.org/deliver/7a7afb35-en.pdf?itemId=%2Fcontent%2Fpublication%2F7a7afb35-en&mimeType=pdf
2) 三井物産研究所レポート、加藤貴子、「スーパーマーケットのヘルスケア戦略に迫る!」、2024年3月
https://www.mitsui.com/mgssi/ja/report/detail/__icsFiles/afieldfile/2024/03/28/2403m_kato.pdf