【コラム】製薬企業がペイシェントジャーニーを作成する価値を理解しよう

【コラム】製薬企業がペイシェントジャーニーを作成する価値を理解しよう

近年、ペイシェントジャーニーは多くの製薬企業でマーケティングに活用され、製薬業界内にも広く知られるようになりました。しかし、製薬業界のペイシェントジャーニーは、自社製品の売上アップありきで考えられていることが多く、患者さんの実態を捉えていないため、結果が出ていないケースも見受けられます。今回は、「ペイシェントジャーニーの本質を掴み、何を価値として提供するのか」について改めて考えてみましょう。

ペイシェントジャーニーの本質とは?

製薬業界のペイシェントジャーニーは、個別の患者さんの診療フローをマッピングしているものが多いです。もともと医療の世界では、ガイドラインを読んだり、専門医へのインタビューなどで、診療フローがある程度理解することができます。そのため、それらの情報を整理し、多少の肉付けができれば、ペイシェントジャーニーらしきものは作れてしまいます。

しかし、そのペイシェントジャーニーを用いたマーケティングプランで結果が出ていなければ、ペイシェントジャーニーそのものもしっかり見直す必要があるでしょう。なぜそのようなことが起こるのかといえば、ペイシェントジャーニーの本質を理解していないからです。

ペイシェントジャーニーの本質と価値を正しく理解し、作成することは、以下のようなたくさんのメリットを享受することにつながります。

  • 患者さんがどのようにして情報を得て、理解し、行動しているかの全体像が理解できる
  • 患者さんの診療実態を理解できる
  • 医療者がどのタイミングで、どのように介入しているのかが分かる
  • 患者さんが脱落しやすいプロセスがどこかが分かる
  • 医療者が個別の患者さんの診療で、どのようなこと、あるいはプロセスで困ることが多いかが分かる

では、ペイシェントジャーニーの本質とは何なのでしょうか。それは、「患者さんの多様性を理解すること」だと考えられます。
以下、詳しく見ていきましょう。

ペイシェントジャーニーはさまざまな要因に影響される

ペイシェントジャーニーは、精緻に調べ、作り込まなければ、実際の医療との間に大きなギャップが生じます。この時、非常に大切なことは、本来ペイシェントジャーニーとは極めて多様なものなのだということを、私たちが正しく認識するということです。

患者さんは、症状の自覚〜治療後の経過観察までの間、さまざまな要因の影響を受けています。体の不調の自覚、受診する医療機関についての情報収集の結果、基礎疾患、併発する疾患の診断、検査、治療、経過観察はもちろんのこと、居住地とそこの医療提供体制、世帯収入、医療機関までの距離なども、患者さんの診療やその継続に影響を与えます。

さらに、現在の日本は超高齢社会で、患者さんの多くは高齢者です。高齢者は低下する身体能力、代謝能も相まって極めて多様な病態を示し、個々の患者さんで処方薬の選択や用量調整なども含めて検討すれば、非常に多様な経過を辿ります。

ペイシェントジャーニーとは、患者さんの生き方・価値観・人生である

同じ疾患の治療を受けるにしても、世帯収入が異なれば医師が提供可能な治療法や薬物療法が変わるかもしれません。患者さんが自宅での療養を希望しても、在宅医の不足でそれが実現できないということもあります。患者さんの自宅が医療機関から遠いため、オンライン診療が勧められることもあるでしょう。

これらの違いは、全てペイシェントジャーニーの違いとして表現されます。疾患の検査・診断・治療などを順番に並べただけでは、ペイシェントジャーニーとは言えません。ペイシェントジャーニーは、まさに患者さんの生き方・価値観・人生なのです。

医療機関と製薬企業のペイシェントジャーニーの決定的な違いは「視点の違い」

前回お伝えしたように、医療機関では自宅の場所や家族との関係など患者さんを全人的に見ています。患者さんをより深く理解するためにペイシェントジャーニーを活用しているのです。

しかし、製薬企業のマーケティング担当者の多くは患者さんが辿る診療のプロセスを見ています。この視点の違いが、機能しないペイシェントジャーニーが出来上がる真の原因です。

マスマーケティングとペイシェントジャーニーは、相性が悪い

ペイシェントジャーニーは本来極めて多様なため、1 to 1マーケティングにはフィットするのですが、通常のマスマーケティングのプランニングにはそぐわないこともあります。
市場をニーズの塊として捉え、セグメンテーションを行い、ターゲティングし、優先順位をつけてプロモーションの効率を求めるには、ペイシェントジャーニーが多様すぎると施策やリソースが分散してしまい、効率が落ちるためです。

しかし、ペイシェントジャーニーを無視すれば、独りよがりのマーケティングプラン、メッセージング、ポジショニングになってしまいます。思っていたような結果が出ず、市場の動向を正確に把握することもできないでしょう。

製薬企業がペイシェントジャーニーを作成する5つの価値

では、ペイシェントジャーニーを作成する意味はどこにあるのでしょうか。
医療現場における本来のペイシェントジャーニーの作り方から、製薬企業に応用できるペイシェントジャーニーの価値を探ります。

1. 患者さんへ伝えるべき情報が洗練される

ペイシェントジャーニーによって、患者さんがどこから情報を得ているかというタッチポイントを特定できれば、伝えるべき情報が洗練されるでしょう。

医療現場では、個々の患者さんごとにニーズや診療への希望などを深く理解します。その上で、患者さんごとに最適な医療を提供していきます。このとき重要なのは、「患者さんがどのようにして情報を集めるか」「情報をどれくらい理解できるか」を正確に把握することです。

そのため、患者さんの情報リテラシーやスマートフォンをはじめとしたデジタルデバイスの活用状況、資料を渡した後の内容の理解度などを医師や看護師がしっかり確認します。その評価に基づいて、患者さんに最適な情報提供チャネルやツール、指導せん等を特定します。その上で、患者さんの診療への理解と治療に向けた行動変容を促すよう、コミュニケーションを図ります。

このようにコミュニケーションをデザインし、患者さんごとに最適なアプローチで情報提供することは、製薬企業の情報提供の仕方にも通じるのではないでしょうか。

2. 提供した情報が効果的だったかが評価しやすくなる

医療現場では、「医療提供体制」「診療のプロセス」「患者さんの行動プロセス」を知ることで、患者さんの受診行動におけるニーズが把握しやすくなります。そのニーズを満たす活動ができれば、患者さんの定期的な通院が期待できるでしょう。まずこのような望ましい状況を想定し、その後の取り組みで実際に改善が認められたかどうかを分析すれば、取り組みがうまくいったかを評価できます。そのような取り組みを通じて、医療提供体制や医療行為、患者さんとのコミュニケーションなども評価しやすくなるのです。

製薬企業の立場で見れば、患者さんに提供した情報が患者さんの脱落防止につながったかなどを評価することにも役立ちます。その結果、改善点が見つかることもあるでしょう。

3. 改善点の明確化と対策の検討がしやすくなる

2.の改善点の中には、例えば「製薬企業が患者さんと医師のコミュニケーションの質を向上させる支援として、より効果的な患者指導箋を作成し、提供する」といった具体的なアクションにつながりやすい改善点が見つかりやすいです。

その結果、製薬企業に対する医療機関の顧客満足度を高めることにつながることもあります。
診療の効果(アウトカム)を評価する場合、診療前後の患者さんとのエンゲージメントをより詳細に検討できるため、長期的な患者さんとの信頼関係の強化と定着率の向上が可能になります。医療機関は、ここが経営課題でもあります。

患者さんの脱落防止は製薬企業も支援可能な施策であり、医療現場のニーズに応えうるペイシェントジャーニーの活用事例です。

4. 新たな情報提供のチャンスを得ることができる

ペイシェントジャーニーの精度が高く、都度ブラッシュアップし続けると、デジタルコミュニケーションツールの発達や新たなツールの登場などを知り得ることができます。このことによって、患者さんの市場の変化、およびタッチポイントの変化もいち早くキャッチすることができます。

したがって、患者さんの変化を踏まえた適切な情報を、適切な届け方で提供できるようになり、患者さんの脱落を一層防止することになるでしょう。
このように、新たなタッチポイントを駆使できれば、新たなコミュニケーションの開発と構築につながり、自社医薬品に関する情報提供の機会を創出することができます。

5. 医療提供体制の変化に対応しやすくなる

地域包括ケアの推進により、複数の診療科の医師や在宅医、訪問調剤、訪問介護など、患者さんに関与する医療従事者が以前よりも増えています。提供される医療や業務の細分化・分業化が加速する中、ペイシェントジャーニーを活用することで、患者さんが個別にどのような診療を受けるのかが理解できるようになります。また、その地域の特性や課題も見つかります。

そして、誰にどのような情報を提供することが最適なのかがわかるため、具体的な打ち手の精度が高まります。これは、エリアマーケティングを重視する製薬企業であれば、絶対に外せないポイントでしょう。

ペイシェントジャーニーの正しい理解と活用は、医療従事者と患者さんの共感を得やすい

プロダクトマネージャーとして、製品情報に精通しているのは当然のことですが、その製品が処方される対象の患者さんについても精通していることが望ましいのは、言うまでもありません。

また、本社のマーケティング部門だけでなく、MRや所長もペイシェントジャーニーを理解し、活用することもお勧めします。ペイシェントジャーニーを理解し、患者さんの診療上の課題を把握できれば、ディテーリング時に医師の困りごとを特定できるようになります。そして、その解決案として自社製品の処方を提案したり、看護師に患者指導箋の効果的な活用方法を紹介したりと、顧客を全般的に支援することが可能になるからです。

この活動は、One Patient Detailingの考えそのものでもあります。この機会に、ペイシェントジャーニーの価値を見直してみてはいかがでしょうか。

次回は、患者さんの受診行動を精緻に把握するためのペイシェントジャーニーの作り方について解説します。