AIが支える製薬コンプライアンス-制作・審査・モニタリングの最前線|MDMD2025Autumnレポート

日々進化を続けるAI。製薬業界でも活用範囲が着実に広がっていますが、AIだけで完結できる業務はまだ多くないのが現状です。では、AIにどこまで任せ、人はどのような役割を担うべきなのでしょうか。
2025年10月開催の「Medinew Digital Marketing Day(MDMD)2025 Autumn」では、株式会社シャペロンの原口剛嘉氏が登壇。コマーシャルやメディカルの領域に焦点を当て、「人とAIの最適な連携モデル」について解説しました。
技術進歩と共に活用範囲が広がるAI
技術の進歩に伴い、製薬業界におけるAIの活用範囲は広がり続けています。
ボストンコンサルティンググループが2024年1月に発表した調査1)では、製薬企業の主要業務の大半は技術的にAIが活用可能なレベルにあることが示されました。コマーシャルに関連する領域では、コンテンツ管理やパーソナライゼーション、レギュレーションチェックなどが含まれています。
株式会社ミクスの「MR数調査2025年版」2)では、実際に製薬企業がどの程度AIを活用しているかを調査しており、回答企業の約3割がMR活動にAIを利用していることが明らかになりました。AIチャットボットやレコメンド機能の導入、面談準備の効率化、AIロールプレイツールの採用など、現場の生産性向上やディテール強化、スキル向上に直結する領域で活用が進んでいる状況です。
背景としてAIの性能・精度向上が挙げられ、Epoch AIの調査結果3)は、その進化を如実に語っています。同調査によると、Ph.Dレベルの科学的質問への回答精度は、2023年6月時点では「無作為回答」とほぼ変わらない水準だったのに対し、2025年6月には「専門家レベル」へと到達したと報告されています。
AIでコンプライアンス強化とマーケティング効率化を両立
製薬各社はコンプライアンス体制を年々強化してきている一方で、プロモーションコンテンツの量産・迅速投入が難しくなる要因にも繋がっています。このような中、一部の製薬企業では、今まで人間やベンダーが担ってきた業務の一部をAIで代替・自動化することで、コンプライアンス強化とマーケティング効率化を両立している事例が増えてきていると原口氏は解説します。本講演では、コンテンツ制作・審査・モニタリングという代表的な3つのユースケースで、AIをどのように活用できるのかが紹介されました。

コンテンツ制作:骨子作成から制作全般までAIで代替可能

一般的なコンテンツ制作フローでは、キーメッセージやエビデンスをもとに、広告代理店が構成案を作成して、スクリプト・映像作成・ナレーション吹込みと制作を進めていきます。このうち、「審査済みのスライドを解説する動画であれば、構成案作成から制作までAIで実施できる」と原口氏。また、AIが作成要領に準拠した形で制作することで、審査にかかる負荷の一部も削減できると述べます。
シャペロンではこのコンテンツ制作において2つのサービスを提供しています。1つ目が「Shaperonコンテンツ制作AI」。PDFデータからAIが構成やスクリプトを自動生成し、ナレーション付きのスライド動画やHTMLコンテンツを生成。アウトプットに対し、プロンプトで追加指示を反映させることもできます。

2つ目は「ShaperonウェビナーダイジェストAI」。講演会の動画データをレポートやスライド形式のサマリー、ダイジェスト動画へ変換し、講演会後の迅速な情報共有とフォローを支援します。

審査:AIで高精度なリスク解析を実現

従来の審査業務では、MRや資材の作成者からの審査依頼に対し、審査部門または外注ベンダーがファイル全部を目で見て指摘事項を確認していました。原口氏は、このうちスライド・資材の読み込み・指摘事項の列挙については、AIで代替できると指摘。最終的には人が見て指摘事項を確認・調整する必要はありますが、技術の進歩により、AIによる解析精度は着実に向上していると強調します。こうした背景を踏まえ、具体的にどの程度AIが実務で活用できるレベルにあるのかを示す例として紹介されたのが「Shaperon審査AI」です。
Shaperon審査AIは、AI技術と専門家のハイブリッドオペレーションにより、スライド・資材の審査を代行・効率化するAI BPO*サービスです。
*BPO(Business Process Outsourcing):業務プロセスの一部を外部の専門業者に委託すること

審査のベースとなるAIでの解析だけでも、再現率(人が指摘したもののうち、AIも指摘した割合)が90%、適合率(AIが指摘したもののうち、人も指摘した割合)が60%と高い精度を実現しているといいます。AIでの解析では、テキストだけでなくグラフや図の読み込みに対応しているほか、引用された図表や記述が文献の主張・情報と整合しているかのチェックなども可能です。さらにShaperon審査AIでは、製薬業界のレギュレーションチェックや資材作成の豊富な経験を有する専門家チームが再度レビューを行うことで、AIでは検知・判断しきれない項目も的確に指摘することができます。

モニタリング:日常的なコンプライアンスリスクもAIで管理

営業活動のモニタリングでは、MRの日報・メールのログを日次から月次のサイクルでコンプライアンス部門がチェックしています。一方、全件チェックする体制を敷けている企業は少なく、キーワード検索を活用して一部のログのみをチェックしている企業や、コンプライアンスの懸念からCRMにはフリーテキストでの活動記録を残さない企業が多いのが実態です。このモニタリング業務においてもAIで担える部分が大きく、リスクがあるデータのみをAIが抽出し、スクリーニングされた結果を人の目でチェックするフローが業界の標準になりつつあると原口氏は述べます。
「ShaperonモニタリングAI」は、日報・メールをAIでスクリーニング。薬機法や販売情報提供活動ガイドラインなどをもとに、虚偽・誇大表現や他社の誹謗中傷、未承認・適応外といったリスク有無を判定し、その根拠も提示します。原口氏によれば、再現率は99%以上と極めて高いため、リスクありと判定された5~10%以外は、目視チェックを行わなくてもよいレベルに達しているといいます。

原口氏は、モニタリングAI導入企業の事例としていくつかのケースを紹介しました。
- A社
- 導入前
- 日報やメールを、所長や営業企画といった“人”が複合的にチェックしていたが、本社からはチェック内容がブラックボックス化していたうえに、転記作業にも時間を取られていた。
- 導入後
- モニタリングAIを導入することで、網羅的で再現性のあるチェックが可能となり、転記の手間も削減。
- モニタリングAIを導入することで、網羅的で再現性のあるチェックが可能となり、転記の手間も削減。
- 導入前
- B社
- 導入前
- 機械学習型AIを活用して日報をチェックしていたが、スコア根拠が不明で精度に対する不安があり、教師データのメンテナンスも負担になっていた。
- 導入後
- モニタリングAIを導入することで、具体的な指摘箇所・指摘理由を見てレビューすることが可能に。導入時は再現率重視で検知件数が一時的に増えてしまったが、ロジックチューニングを経て検知率はピーク時の1/4に低減され、現在は適正な検知率に抑えられている。
- 導入前
さらに、シャペロンではモニタリングAIを応用し、プロモーションメールの送信前にAIがコンプライアンスチェックを行い、リスクを検知した場合にアラートを出す「メール送信前チェック」や、各種資料から有害事象を自動で検出するサービスも提供しています。これらにより、営業活動のモニタリング業務や安全性情報管理業務を効率化・強化できることがわかります。

「人とAIの最適な連携」は変化し続ける
講演で原口氏は、コマーシャル領域においてコンプライアンスの観点からAI活用を解説しつつ、「現時点では業務のすべてをAIで完結できるわけではない」点を強調しました。コンテンツ制作、審査、モニタリングのいずれにおいても、最終判断は人が担う必要があります。人が関与することで、AIでは難しい柔軟な解釈や文脈の読み取りが可能になるためです。
一方で、AIの進歩によって人が対応すべきチェック作業の負担は着実に減ってきているのも事実です。コンプライアンスを確保しつつマーケティングを効率化するためには、AIと人の役割分担を状況に応じて見直し、最適なバランスを保つことが重要だといえるでしょう。
<出典>※2025.11.18閲覧
1) ボストンコンサルティンググループ, For Pharmaceutical Companies, Three Steps to Value with Generative AI,(https://www.bcg.com/publications/2024/benefits-of-generative-ai-in-pharma)
2) 株式会社ミクス, 「MR数調査2025年版」,( https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=78426)
3) Epoch AI , AI performance on a set of Ph.D.-level science questions,(https://epoch.ai/benchmarks/gpqa-diamond)






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